軍国主義の亡霊
小野田寛郎さんが一昨日の1月16日に東京で亡くなられました。心からご冥福をお祈りします。
その小野田寛郎さん死去のニュースを、NHK-BS【ワールドWave】イギリスBBCで、
小野田寛郎元少尉が91歳で亡くなったと報じていたので記録しました(青字はナレーション)
NHKアナ「・・・このニュース、スペインのTVAなど各国のメディアが伝えていますが、イギリスBBCのリポートをご覧ください。」
女性アナ「第二次世界大戦終了後、投降拒否して29年間、一人で戦い続けた元少尉の小野田寛郎さんが91歳で亡くなりました。小野田さんは1974年に元上官からフィリピンのジャングルから出てくるように説得されて、ようやく終戦の事実を受け入れました。」
これは1974年3月の様子です。小野田寛郎元少尉がついにフィリピンのジャングルから出てきました。 第二次世界大戦終了から29年後の事でした。30年近く小野田さんは戦争は終わったのだという試みに抵抗してきました。空から冊子が落とされ、巨大なメガホンでメッセージが伝えられましたが、全て無駄に終わりました。
最後には小野田さんの戦時の上官がフィリピンに飛びました。ジャングルに入り、小野田さんに投降を命じました。何年も後に小野田さんは抵抗の理由を語りました。
小野田さん「全ての日本兵は死ぬ覚悟でした。しかし情報将校として私が命令されたのは、ゲリラ戦を戦い死なない事でした。私は兵士だったので命令には従う必要がありました。」
小野田さんは東京で大観衆に歓声を受けました。
階段の下には年老いた両親がいました。両親が最後に息子を見たのは彼が22歳の時でした。この時、52歳でした。
リポーター「小野田さんの投降は世界中で報じられ、日本では英雄扱いでした。しかし彼の知る日本はそこにはありませんでした。
天皇陛下は自分が命を捧げると誓った神では、もはやなく、東京は人口2000万の大都市圏になっていました。小野田さんはそれが嫌で堪りませんでした。」
1年後彼はブラジルに行き、牛の牧場を買いました。
しかし日本には頻繁に戻り、90歳の時も児童たちにサバイバルの秘訣を教えていました。
小野田さんはその時代が残した最後の人でした。
「正気を失った人だ」と言う人も一部いますが、多くの人にとっては英雄でした。以上
”「正気を失った人だ」と言う人も一部いますが”の部分・・その一部って日本のマスコミと文化人なんですよね・・・
帰国の際に「天皇陛下万歳」を叫んだ事や現地軍との銃撃戦によって多数の軍人や住民が死傷した出来事が明らかになった事(フィリピン政府当局の判断により、小野田への訴追は行われなかった)、また本当に敗戦を知らなかったのかという疑問が高まるに連れて、マスコミや文化人からは「軍人精神の権化」、「軍国主義の亡霊」といった批判もあった。
小野田に対し、政府は見舞金として100万円を贈呈するが、小野田は拒否する。拒否するも見舞金を渡されたので、小野田は見舞金と方々から寄せられた義援金の全てを、靖国神社に寄付している。天皇との会見も断り(自身が勝手に潜伏していたので、陛下は声の掛け様が無いだろうと判断)、小野田は戦闘で亡くなった島田と小塚の墓を参っている。
サヨクにとって、小野田さんが英雄視される事は許しがたい事だったわけです。
保守系の活動家でもあり、日本を守る国民会議、日本会議代表委員等を歴任。社団法人日本緑十字社理事にも就任した。慰安婦問題の真偽に対しては日本の責任を否定する立場であり、2007年7月13日に米国大使館に手渡された米下院121号決議全面撤回を求めるチャンネル桜主導の抗議書には夫婦そろって賛同している[6]。また、政府見解と異なる懸賞論文を投稿したとして更迭された、田母神俊雄元航空幕僚長を支持する「田母神論文と自衛官の名誉を考える会」には、発起人として妻と共に名を連ねている。2009年5月15日には、「小野田寛郎の日本への遺言」と題した講演を2時間に渡って行った[7]。その後も講演活動を続けていたが、2014年1月16日に東京で死去した[8]。
サヨクにとっては邪魔な存在でも、小野田さんはやはり日本の英雄で、一昨日英霊になられたと思います。
最後に、3年前に書いた小野田さんが慰安婦について語った記事を再び読んで頂きたく紹介します。是非是非読んで下さい!
《今こそ知るべし! 小野田寛郎「私が見た従軍慰安婦の正体」》
(従軍)慰安婦問題、韓国は女子挺身隊を慰安婦だと言っている等々を先日記事にしましたが、
つい最近も、韓国が国連で慰安婦問題を提起したり、在韓日本大使館前の慰安婦碑設置計画とか強気で日本攻勢をしかけてきてますね。
竹島の不法占拠・実効支配強化と一緒で、ないものをあることにしようとしてる。
で、その強硬姿勢に洗脳されている日本人が多いのをとても危惧しています。(]みのもんた とか・・・)
韓国が昔の売春婦の証言が証拠だというなら、
私達も、元日本軍人の証言に今こそ耳を傾けるべきだと思い、小野田寛郎「私が見た従軍慰安婦の正体」 を横書きに直し、赤字加工し、参考画像を入れて記録しました
ブラジルでは最初こそ苦労されたけど、牧場で大成功して政府から表彰されたとか。
でも、小野田さんには、日本人として本当に申し訳ないと思っています。 合掌
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