池田大作
TBSが入手できた最も古い池田氏の映像として1964年のものを流していたけど、
以前テレ朝は、大阪で結党前の1956年に創価学会が初めて国政進出を果たした時の選挙で、陣頭指揮を執った、青年室長で当時28歳の池田大作氏を映していました。
この際、その番組「宗教組織が集票マシーンになっている。創価学会丸抱えの公明党の選挙戦」、 須田慎一郎氏総力取材も紹介します。
安住アナ「さて、今夜はこのニュースからです。宗教法人、創価学会の池田大作名誉会長が今週水曜日になくなっていた事が分かりました。」若い人は知らないでしょうけど、今の創価学会の一大勢力の根本は、凄まじい勧誘から
創価学会の池田大作名誉会長が15日の夜、老衰の為亡くなっていた事が分かった。95歳だった。奇しくも創価学会の創立記念日だった今日、本部がある東京・信濃町では・・
創価学会員(50代)「世界の羅針盤が亡くなったという事です」「ニュースを聞いて少しでも近くに寄りたいなぁと言う事で、、」
創価学会員(60代)「何度もお会いしてるので」「僕の命の中に入っているから」
創価学会員(10代)「僕にとって彼は"心の支え"それは僕が生まれた時からだ」(英語で)
池田氏は1928年、東京出身。海苔製造業を営む一家の五男として生まれた。19歳の時、創価学会に入会すると1960年には第3代会長に就任。学会が激しい勧誘活動を展開し批判の対象となった事もあったが…。
これは私達が入手できた最も古い池田氏の映像。1964年4月静岡富士宮市の大石寺に建てられた客殿の落成式だ。
-アナ「拍手に迎えられて式場に入る池田大作会長。」
「南無妙法蓮華経 南無妙法蓮華経」
アナ「会場いっぱいに充満する若いエネルギー・・」
同じ年には創価学会を政治母体とする政党、公明党を結党。政教分離の問題が取り沙汰される中、自民党の池田勇人、佐藤栄作、福田赳夫ら歴代首相経験者と親交を深め、政界でも強い影響力を保ち続けたとされる。
また、海外との大物政治家との会談の場を設けては独自の民間外交を展開していった。
中国との交流にも力を入れ、2008年に当時の胡錦涛国家主席が来日した際も、30分間にわたり会談を行った。
海外の著名人にも池田氏の影響を受けたとされる人物は多いようで、ユニセフ親善大使を務める俳優のオーランド・ブルームがウクライナのゼレンスキー大統領を訪問した時にはこんな一幕が。
「私の"心の支え"は池田大作という男。池田大作のこの言葉を送ります。」『時代は変わる。力が正義とされる時代から正義が力となる時代へ』
「ダイサク イケダ ありがとう 光栄です」
訃報を受け岸田総理はSNSでコメントを発表。「深い悲しみにたえません。池田氏は、国内外で、平和、文化、教育の推進などに尽力し、重要な役割を果たされ、歴史に大きな足跡を残されました。」
一方で自民党内からは「公明党、創価学会の弱体化は避けられず、中長期的には自公の連立関係にも影響が出てくるだろう」との声も上がっている。
葬儀は既に近親者だけで行われ、後日「お別れの会」をする予定としている。
これは昔、母親から聞いたことあります。
— あみあみ🌸 (@catbamiami) November 19, 2023
母の友人が仏壇を壊され泣いていたと…。
勧誘にも大勢で取り囲み話すとも。#創価学会 #宗教団体
pic.twitter.com/N8gx9cGHQa
ではここから、以前、テレ朝で、創価学会員の選挙戦の活動の実態を取材し報道していたものを紹介します
≪公明党の組織選挙・集票力の実像(前半) 【フロントライン】 ≫2010年07月26日
須田慎一郎氏「・・あらゆる組織が弱体化していく中で、未だにですね、日本の最強の集票力を誇る組織が公明党なんですね。その支持母体・創価学会は公称で827万世帯と言われています。えー、実は公明組織戦の実態がですね、テレビで放送された事は滅多にないんですねぇ。是非ご覧頂きたいと思います。」(中略)
そして、公明党の山口代表は・・・・公称827万世帯の創価学会を支持母体に持つ公明党はこれまで比例1千万票を目標に掲げてきた。しかし、今回は比例800万票、11の改選議席の維持という実現可能な目標に留めた。
さらに71万、40万、72万、の公明票があるとされる3選挙区に絞り総力戦を展開。当選を至上命題とした。
中でも大阪選挙区は、結党前の1956年に創価学会が初めて国政進出を果たした特別な地で、”伝統の1議席”と呼ばれてきた。この選挙で陣頭指揮を執ったのが、青年室長で当時28歳の池田大作名誉会長だった。
そして今回、大阪選挙区に公明党は18年振りの新人候補となる36歳の元外交官・石川博崇氏を擁立した。
石川氏「この大阪を元気にしていく為に、皆様方と一緒になって悩み、皆様と一緒になって苦しみ、そして皆様と共々に一体何が出来るのかその事に挑戦し続けたい、、」
これまで、大阪や兵庫は圧倒的な集票力で勝ち続け、常勝関西と称されてきた。
ところが去年の衆院選、大阪と兵庫の小選挙区で6人全員が落選。常勝関西神話も崩壊した。
そして去年10月、関西創価学会の最高責任者が西口総関西長から池田大作名誉会長の長男・博正氏に交代した。
Q:今回野党での選挙に支持者や創価学会の危機感は?
北側氏「去年の夏、あのような結果でしたから、まっこの参議院選挙についてはね、(支持者は)『負けれない』と『負けたくない』というのはね、そういう本当にあの気持ちを持って頂いているというのは有難いです。」
大阪選挙区は、民主、自民の現職のほか、タレントの岡部まり氏など10人が立候補した激戦区。こうした中、新人の石川氏を支えたのは総勢243人の府議や市議、そして公明党員たち。タレントや応援弁士が連日駆けつける中、会場の準備から案内まで地方議員と党員が連携して進めているという。
党員「(私達は)心が一つですのでね(笑)、本当にボランティアでもう本当にね、(石川)候補に勝ってもらいたいーっていう思いが強いですからねー。」
Q:公明党を支持している? 党員「私は生まれた時から、はい。」
公明の強みは、党員本人の票だけでなく、支持者が友人・知人にも支援を呼びかけるところにある。これは"交流"活動や"友好"活動、またフレンドの頭文字をとり"F活動" と言われている。
支持者「もう友好活動が一番大好き。友好活動が一番好きやねん。・・選挙で戦えるようにせんと、、」
支持者「前のね、あの衆議院選挙のときはね、あの民主党やっぱりな、変えてもらいたいから入れたって。でもな、結局ええことなかったゆうてね、今度ね『(今回は)石川さん入れる』ってゆうてくれて、うれしかったわぁー。」
支持者「毎年ね、選挙あってもなくても、もうとにかくずっと選挙やと思てやってますのん。『あと8ヶ月の命』言われて、そしてね48年生きてますねん。もう歳いってますねん。28歳で入信してね、、」
選挙区の外から応援に駆けつける支持者も多い。
「和歌山から来たんですよー。」「奈良から来ましたー。」「滋賀から来ました。」
”伝統の1議席”を死守する為、さらにこんな作戦も取った。
公明党は比例重点候補8人を当選させる為、全国をブロック割りにし、候補者名を浸透させる作戦を取っていた。関西ブロックには現職の浮島氏が割り当てられていた。その為、大阪も選挙区は石川、比例は浮島で売り込むと思われたが、今回何故か比例は浮島とせず、公明としたのだ。
佐藤氏「我々の支持層の中にもですね、あのー非常に高齢者も多くなって来てますし、選挙区の方ともう一つ比例区の方と二つ名前を覚えて頂くというよりも、一つキチッと名前を覚えてもらって、もう一つはやっぱり衆議院の比例区でもずっとやって来た『公明党』という名前で比例区の方は通した方が非常に分かりやすいと、、」
72万の公明票があるとされる大阪は、関西ブロック一の大票田で、この作戦を取ると比例の浮島氏が厳しくなるのは明らかだった。これはそれでも”伝統の1議席”を死守する為に取られた苦肉の策だった。
佐藤氏「あの昭和31年の党が出来る前から連綿と守ってきた議席ですから、そこを最優先に、まず1議席をしっかりと守り切ると、その事が我々としてはもう最優先課題であると、、」
選挙戦最終盤、石川陣営は緊迫した空気に包まれていた。
「大変に今、厳しい状況でございます。これ程素晴らしい候補はもう二度と出ないと思います。負けるわけにはいきませんっ。勝たしてください。」
新聞各社は、民主2候補と自民現職、そして石川氏。更にみんなの党の新人が横一線と報じていたのだ。支持者も必死だった。この女性は会場に4人の友人を連れてきていた。
Q:前回の衆議院選挙は違う候補(党)に投票? 「ワタクシはね、今回初めてです。」
Q:じゃあ今回は? 「公明党さんに、はい。」
Q:こうやってお友達を誘われた甲斐がありましたね?
党員「ありました。皆さん地域の役員の方なんです、実はね。だからとっても有難いです。そういう方からね、やっぱり命が替わってくれれば、本当に輪が広がっていくんじゃないかなって思います。」
東大阪で町工場を営む党員の浜口さんも仕事の合間をぬって公明支持を呼びかけていた。
浜口氏「うちの石川が駅前に来ますねん。そいで山口さんも代表も来るんですわ。もし良かったら、、明日。山口さんね、一回見てもらったら石川もまだ会って頂いてないから、、」
公示日とラストサンデーに二度、大阪入りしていた山口代表だったが、最終盤急遽、3度目の大阪入りを決めた。府内4箇所を回るスケジュールで東大阪市に入るのは初めての事だという。当日、会場に向かう浜口さんの姿があった。
彦摩呂氏「もう一歩、もう一押し、あと二日しかありません。おかあさーん!昔の彼氏に電話して。お父さんも奥さんに内緒で行ってるスナックのママにも頼んどいて。」
山口氏「民主党政権にはレッドカードを突きつけようではありませんか、みなさーん。」
「石川ひろたか大勝利、がんばるぞーー。(おー)がんばるぞーー(おー)がんばる(ぞー)、、
ありがとうございました。ありがとうございました。」
浜口氏「もっともっと我々語っていかなアカンな、公明党のこの凄さをね、なかなかやっぱり語らん限り、ねー、ああいうテレビとか討論だけ見てただけではね(山口代表の)本当の人柄なんかもわからへんやろうしね。石川候補も良いね、候補、、我々も戦えるんで、まぁそれだけでも大阪は幸せやなと思いますわ。」
浜口さんは公明党を支持する理由についてこう述べた。
浜口氏「だいたいあのー(創価)学会の方が多いですから地方議員の方は。
だから共に一緒に活動して、あのー色んなその人の性格知っている人が多いんですわ。
だからそれから我々議員に推薦されたら拍手するんですわ『この人だったら大丈夫や』そこからやっぱり公明党全体を僕らは見るんでね。だから目線はもう『誠実な人』っていうのがあの公明党を応援する原点はそこでしょうね。」
そして石川氏勝利を確信していると話した。
Q:石川さんに良い結果が出ると?
浜口氏「ああ、もう確信します。もうホントに。みんながねぇもう待ちに待った大勝利迎えたいなと。もう前回(衆院選)は本当に涙を呑みましたからねぇ。今回はちょっと喜びをねぇ、うーん喜びの当日を迎えたいなぁと思います。」
そして11日の夜。
「劇的大勝利、バンザーーイ!」「バンザーイ」「バンザーイ」「バンザーイ」公明党は東京と埼玉の2候補も当選。選挙区は改選議席を維持した。
石川氏「あのー、今回、多大なるご支援を頂ました、党員、また支持者の皆様、なかんづく創価学会員の皆様には、血の滲む様なご支援を頂きました事に、心から感謝を申し上げたい、その思いでいっぱいでございます。」
一方、今参院選全体の勝敗を分けた一人区。民主と自民が激しく競る中、実は水面下であの選挙協力が進められていた。
去年の野党転落を機に、選挙区で公明が自民候補を支援し、見返りに自民が比例区で公明票の上積みに協力するバーター協力は白紙となった。
山口氏「政党対政党として、選挙協力をする事は今考えられる状況にはありませんので、基本的には白紙で臨むと、、」
その為当初、公明の比例票は伸び悩むと思われ、改選第3党の座が危うくなっていた。
池坊氏「みんなの党なんていうのが出てきてますっ。あれは皆さん『自分の党』です。だってなーんにも出来ないし、なーんにも実績がないではありませんか。」
そして全国の一人区で民主と自民が大接戦となる中、九州や四国で自民候補と後援会レベルでの選挙協力が相次いで結ばれていったのだ。(長くなったので 、後半へ続く・・)
創価学会会員は熱心に政治活動していますよね、何かにつけて声を上げるし。
創価学会の集票システムは民主主義として許されるものなのか?疑問です。
芸能界、創価学会員リスト pic.twitter.com/wd8tnANdCq
— TOYO (@toyo1126Q17) November 19, 2023
池田氏は親中で有名ですが、
池田大作氏死去、中国メディアも速報 「中日友好に努めた」 | 毎日新聞 2023/11/18【日本と韓国・朝鮮に関する見解】をみても
日本を卑下し、韓国を尊重する見識の無さ、思慮の浅さ・・(以下略)和光新聞のコラムに掲載された歴史観
- 「貴国(韓国)は、まことに日本に“文化の師匠”の国で、教育でも兄さんの国です。私は心深い所から尊敬しています。それにもかかわらず、……貴国を侵略した日本はいくら愚かだったか。」[51]。
- 豊臣秀吉の朝鮮出兵を、朝鮮から仏教を初め、様々な文化的恩恵を受けたことを踏みにじる侵略だとして強く非難[52]。
- 日本は韓国と友情を結んで、韓国を尊敬して、韓国の心を学べばこそ平和と、繁栄の方向に進むことができる。しかし、韓国に対して傲慢になったら日本は必ず衰退して滅亡する。これが万代にかけて生命に刻まなければならない歴史観でまた人間の道だ」[53]。
- 「韓国が日本文化の“大恩である”ことは言うまでもない。仏教を含めてすべてのものに恩恵をこうむったと言っても過言ではない。(日本は)どうして“大恩である”国を裏切っただろうか」[54]。
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美濃部都政時代に、東京都が朝鮮大学校を認可した件で、
三浦小太郎氏が、美濃部氏の著書から引用しながらその背景を語った4年前の動画を文字起こしして記録しました(やや要約です)
『外国人学校』法案、今後の日本の国益を考えると、もう絶対に通すべきだと思います!
三浦小太郎】美濃部亮吉「都知事12年」と朝鮮大学校認可[桜H24/5/10]2012/05/10 に公開
かつて東京にあった黒歴史「美濃部都政」。革新都政を旗印に、進歩的言論人とタッグを組んで、在日・北朝鮮の利権拡大に邁進したツケは、現在も朝鮮学校無償化問題を始め様々な形で残留している。今回は、北朝鮮問題に精通しておられる三浦小太郎氏をお招きし、主に朝鮮大学校認可を巡る失政と、美濃部亮吉の中にあった北朝鮮・金日成への憧憬を中心にお話ししていただきます。
水島氏「・・今日は美濃部亮吉都知事12年と朝鮮大学校の認可という、いわゆる朝鮮総連の問題だが、美濃部都政というトンデモない財政赤字を増やした社・共・(公)都政が生まれたという事だが、今に繋がっている話を三浦さんにしてもらう。」
三浦氏「この「都知事12年」は美濃部さん自身が書かれた本で、今日は公平を期する為に美濃部さんが書かれた本から全部引用する。
これは『金日成の主体思想について』の本で、内容は金日成の演説を翻訳した物。これの出版が今日話題にしたい朝鮮大学校の翻訳出版。
この本が出た1968年に、朝鮮大学校は東京都によって認可された。
悪しき所は皆分かっていると思うが、基本的には金日成教育であり、朝鮮民族の教育じゃない。その内容が徹底的に悪くなったのが67、68年。これはその年に北朝鮮で金日成の独裁体制が完全に確立した時。
だから逆に言うと総連・朝鮮大学の中でも比較的マトモな人、例えば日本の学校で教育を受けた人とかは、金日成が世界で一番偉いとか信じられない訳だが、そういう人間が朝鮮大学から徹底的に粛清され、追放され、中には自殺を図った人も居た。というのが67、68年の事。この最悪の事態の時に美濃部さんがこの大学を認可した。
あれは社・共都政ではなく、実態は美濃部さんは共産党よりは公明党に近かく、社・公・共なんです。この本の中で美濃部さんは池田大作さんに2回秘密裏に会っていると堂々と書いていて、『非常に偉大な宗教家で政治家だと分かった』と。そして『公明党には非常にお世話になった』と。『共産党は時々法案に反対するが、公明党は約束をいつも守ってくれた』と。
この美濃部都政に最も激しい都知事選となったのが、いま都知事の石原慎太郎さんとの選挙だった。
水島氏「その中心に朝鮮総連が居たという事ですね?」
三浦氏「1967年の段階で、それまで日本政府としてては朝鮮学校を各種学校として新たにドンドン認可していくのはもう危ないと。止めようという考えに立ち、色んな案を出していた。
その中で私が今再評価した方が良いと思っている『外国人学校』法案があり、
1968年に美濃部氏が朝鮮大学校を認可すると言った時に、政府というか文部省だろうが、それを通して外国人学校全般の普遍的な法律を作るから、待ってくれと言ったが、美濃部さんはそれを押し切り、しかも『外国人学校』法案は自民党も最終的には及び腰で国会で通せず廃案になった。この中に非常に重要な事が明記されている。
外国人学校は国際環境の友好の為に作るんだと。だから外国人学校においては、夫々の国の誇りを教えるのは良いが、わが国との友好関係を著しく阻害し、わが国の憲法の機関が決定した施策を殊更に非難する教育、又わが国の国益を害すると認められる教育は行ってはならない。
これが当時は『非常に差別的な法案である』と。『日本への同化を強制するものだ』という事で通らなかった。これを通しておけば今こんな事はない。」
水島氏「分かります。1968年は大学生だったので、思い出すとこの雰囲気は出ただろう。これは健全な指摘だと思う」
三浦氏「言いにくいが、今からでもこの法案を再検討して、時代に合うようにして通せばいい。」 水島氏「まったくそう思う。」
三浦氏「今日是非言いたかった事の1つが、外国人の人権問題というと、『多文化共生』とよく言うが、多文化共生には賛成で、その原則がこれ。
夫々の民族の友好と、今住んでいる国に対して反対はしていいが、敵対的な行動を取ったり、その国の国益を意図的に損する教育や分解は行わないという前提の上での多文化共生ならば推進すべきだと思っている。
ただ多文化共生は、まだなんでもOKなら良いが、逆に言うと現在の日本の法律や日本の秩序や伝統に対する否定の隠れ蓑になってる傾向がある。それは多文化共生ではなく、文化の衝突。そのような事は最低限抑えなくちゃいけない法律が、当時の自民党でも通せなかった。
そして美濃部さんの当選後、真っ先にやって来たのが、(皆さん知らないだろうが『世界』という雑誌を編集していた安江良介さんで、『とにかく朝鮮大学を認可してくれ』と。それに対して美濃部さんは、認可しようとその場で考えた。
その時、非常に面白い指摘をしていて、朝鮮大学に関して、、確かに言葉として当たっているが、、『小さな異国』と言っている。
ここで美濃部さんはハッキリいっている。『この朝鮮大学の認可はイデオロギー抜きで法律だけで通す、進める』と。『しかしそれは私の建前で、本音ではこれで美濃部都政の革新性を実証するには一番打ってつけだ』と。
もう1つは、政府・自民党は朝鮮大学校は資本主義体制の日本の中に、全く異質の社会主義体制、、本当は社会主義でもないが、基盤とした教育の場を設けたものであると。
そして政府・自民党はそれが小さいとはいえ、1つの敵国のようなものとうつるものであったと。だからこそ自分は通すんだとハッキリと言っている。
そしてこれに対して、政府や色んな方々の反対もあったが、逆に当時は朝鮮大学を認可せよという声の方が、少なくとも知識人の間では圧倒的に多くて(そうでしたね) そしてこの認可は1968年に成立した。」
水島氏「それが一番分かりやすいのは、共産党が民主連合政権という事を言ったり、ハッキリ言って日本は社会主義に向かうというような流れの意識がかなり1960年代後半にはあり、私が大学生だった時もそういう雰囲気があった。それに乗って美濃部都政が生まれた、社・公・共という、、公明党も当時は仏教社会主義と言った。今は知らんふりで全く言わないが。」
三浦氏「大事なのは、美濃部さんは自分の誇るべき業績として、ギャンブルを無くした。しかし残ったのがパチンコ。もしも本当にギャンブルを否定するのならパチンコに関しても真剣に考えるべきだった。
そして1971年に平壌を訪問して、後に『朝鮮民主主義人民共和国を訪問した際にも、金日成主席から、この大学の認可を非常に感謝された。それ以降、同国の方は来日される度には、必ず私を訪ねて来られる。お土産の朝鮮人参は一生あり余るほどになった』と。
美濃部さんが平壌に行った時の話は、、死者を貶めたくないので引用したくないが、酷い事を言っている。
『ここは東京都の庁舎に居るより素晴らしい。私は社会主義が資本主義に勝利する事に確信を持った』と。
そして金日成とも会っているが、『金日成の素晴らしい業績を日本に紹介し是非持ち帰りたい。日本の都政の為にも役立てたい』
向こうに行って褒めるのは良いがここまで卑屈にならなくてもいいだろうと思う位の事を言っている。」
水島氏「そこに書いてあるのは私も驚いたが、槙枝委員長とか日教組がそういうのを言ってたのは有名だが美濃部亮吉まで、、当時そんな連中が都政を握っていて大赤字を出したが、、いま朝鮮大学の認可に繋がっている。総連への甘い態度とかね、この人達は北朝鮮が素晴らしいと思ってた訳ですからね。」
三浦氏「本当にそう思っていたのかは分からないが、平壌で良い所だけ見るし、『全くゴミがないのは社会主義が素晴らしいからだ』と。『東京のゴミ戦争にも生かしたい』とかメチャクチャ言ってる。 1972年に『世界』という雑誌に堂々と文が載っている。
そして過去の事として考えて頂きたくないのは、この朝鮮大学が朝鮮高校・朝鮮中学の先生を輩出している。もちろん全てではないが。
そして朝鮮学校が対南工作の拠点の1つになった。60、70年代。
そしてこの朝鮮大学校を美濃部さんが認可した68年の1月には、青瓦台のゲリラ事件が起きている。それを知っていながら総連の言い分を全部呑んだ。
皆さん、朝鮮大学をいまHPで開いてみてください。学部は全部準備中。研究業績はHPに繋がらない。各種学校だから大学レベルにしなくてもいいが、もうこれ大学じゃない。何をやっているかもう分からない。
やはり認可をしたというのは東京都の過ちです。そして間違った教育をずっと許してきたというのは、実は在日の味方ヅラをしてきた人達の中には無意識の内に、結局朝鮮民族を殺し続けた金日成。金正日に加担したという事。
今からでも過ちは改め、認可の調査が不十分だったので再考すると。 今居る生徒さん達は守らなきゃいけないけど、朝鮮大学の認可は取り消されるべきものだと思う。」
水島氏「こういう人達が工作員になる教育を受けているので、石原さんは是非やっていただきたい」
三浦氏「これは地方自治でできる事。・・・このような事はこれからも続く。多文化共生が誤解されている間は他の民族との間でも起きる。
将来、中国人大学とかもし出来たらとか、宗教大学とか、イスラム教大学とか・・多文化共生は、どこまでが許されどこからが許されないのか真剣に考えない限りこういう事は繰り返される。
社・公・共の持っていた社会主義信仰的というより、中国・北朝鮮の美化。この水で薄めた慣れの果てのような政権が、実は東アジア共同体を唱えている今の民主党政権。昔の東京都が愚かな選択をした。今のボク達には関係ないとは考えないで頂きたい。」
水島氏「パチンコの問題も含めてこれは大事な事。20兆産業になっている、美濃部さんの罪は大きい。」
(以下 略)
三浦氏のいう、「現在の日本の法律や日本の秩序や伝統に対する否定の隠れ蓑になってる傾向。それは多文化共生ではなく文化の衝突」・・・在日の政治運動にみるように今問題になっていますね。日本の政治・文化に口出し、対立を煽るような教育する外国人学校を認めるなんてあってはならない事。
『多文化共生』・・一番大事なのは『共生』の部分。日本で共生するには当然ルールが必要なので、 新『外国人学校』法案を通すべき。
奇しくも、小池百合子さんが都知事になり、「都民ファースト」を宣言されているし、拉致問題の解決を考えると尚更です
【朝鮮大学校 60年の闇(上)】小池百合子都知事、朝鮮大学校認可取り消し視野 美濃部亮吉氏が政府無視、強引に認可 2016.9.20
朝鮮大学校が「日米壊滅」を目指す…正恩氏に送られた衝撃の手紙 ZAKZAK
朝鮮大学校(東京都小平市)が5月、日米壊滅を目指す手紙を北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長に送っていたことが分かった。産経新聞が20日、朝大関係者の証言として報じた。東京都の小池百合子知事は現在、朝鮮大学校の認可の妥当性について再検討しており、その判断にも影響しそうだ。・・・
美濃部都政・石原都知事・民主党政権関連記事です
《民主党マニフェストで日本の行く末 『踊るマニフェスト』【新報道2001】》 2010年4月 4日
フジテレビ【新報道2001】で、美濃部都政と民主党政権をダブらせながら、 民主党のマニフェストの検証?をしていたので、 そのVTR部分だけ記録しました。(青字はナレーション)
前回民主党に投票してしまった人に、冷静に読んでほしい。
アナ「さっ、この後は、シリーズ企画第1段です。民主党のマニフェストで日本は復活するでしょうか。」
民主党のマニフェストは歴史的政権交代をもたらした。
麻生氏「財源のないバラマキは同様に無責任だと思っております。」
鳩山氏「財源はあります。」
選挙前から懸念されていたマニフェストの財源。結局この不安は的中し、国債発行額は過去最高のものとなっている。
いよいよ党内からもこんな声が・・玄葉氏「財源なくして政策なしという事を、どこかで意識しながら修正をしていかないと、皆様からの信頼は得られないのではないかと、、」
先週、参院選に向けたマニフェスト作りの研究会が開かれた。取り仕切るのは玄葉議員。話題は地方への一括交付金。各省庁を通さず国から直接お金を配ろうというもの。
大塚氏「一括交付金は、今の現状では土台無理みたいな説明をする人もいてですね(笑)、それはちょっとあのー、マニフェストをね、実現する為に政権を作ったという半年前の状況から考えると、あのー、いかがなものかと、、」
マニフェストとは国民との契約。それとも選挙の道具なのか。我々はマニフェストの正体を探った。
シリーズ 踊るマニフェスト 第1章 その約束は守れるのか
民主党マニフェストについて、石原都知事はこう苦言を呈した。
石原氏「美濃部都政の時にね、典型的なバラマキがあって財政メチャクチャになっちゃった。
それがねぇ、今度は全国的に敷衍するんじゃないかという懸念は抱いてますけども、、」
美濃部都政とは・・高度成長を迎えた1960年代。官僚主導の政治が企業を牽引し、日本経済が奇跡的な発展を遂げる影で、東京では住宅難や交通渋滞、公害などの問題が深刻化。そんな中・・
美濃部氏「一般都民の生活防衛の為に立候補致したものであります。都民の実生活を最優先にする政策を行っていきたいと、、」"都政を都民のものに"をスローガンに掲げた美濃部都知事が誕生。
老人医療の無料化・児童手当・教育費の負担軽減などいわゆるバラマキ政策を行った。
佐々木氏「民主党が言っている、子供手当だとかですね、高校の無料化だとか、まぁそういう"人"に対する直接給付を重視すると、、この点では(美濃部都政と)良く似ているんじゃないでしょうかね。」
都民は美濃部都政に熱狂、二期目の選挙では史上最高の得票率を記録するほどの人気となった。しかし、その数年後・・
石原氏「ジョーロでバーッと水撒くようなことをしたってですね、私たちの税金は活きてこないんです。」美濃部在任中に財政赤字が急増。直接の原因は71年のドルショックと73年のオイルショック。その後の赤字が増え続けたのには別の理由もあった。
佐々木氏「福祉などに
いわゆる直接給付型の行政をやるっていうのは、
ある種、人気は出るんですが、
これは非常に既得権益化して固定化しますよね。
財政は硬直化すると、、にっちもさっちもいかなくなると、、」
都民のサイフに直結した政策は、景気が悪くなったからといって、取り下げる事は出来ない。これが都の財政を危機に追い込んだ大きな要因となったのだ。同じく直接支援を掲げ、政権交代に導いた民主党マニフェスト。これも財政破綻を無視した単なる人気取りのマニフェストだったのか。・・
「直接給付」とか「人に投資」など社会主義的政策を前面に打ち出す政治家は要注意。
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テレビ朝日【フロントライン】で、公明党の選挙戦を特集していたので記録しました(青字はナレーション)
なんか、おばちゃんパワーに、ドン引き・・
シリーズ参院選最終章・公明の組織選挙。その死闘の舞台裏を我々のカメラだけが捉えた。
小宮氏「特集は日本最強といわれる公明党の組織戦、その実像に迫ります。」
アナ「(ねじれ国会の説明・民主党と公明党は政策が比較的近く、もし連立すれば参議院は過半数、衆議院は2/3に届くので民主と公明はベストカップルと言われているという話 略)」
女子アナ「須田さん、このベストカップルは誕生するんでしょうか?」
須田慎一郎氏「はい、今日のVTRでですね、その可能性があるのかないのか、その一端が見えてくると思いますねぇ。あの、先週この番組で建設団体、かつての自民党の集票マシーンがついに決壊した事をお伝えしましたが、あらゆる組織が弱体化していく中で、未だにですね、日本の最強の集票力を誇る組織が公明党なんですね。その支持母体・創価学会は公称で827万世帯と言われています。えー、実は公明組織戦の実態がですね、テレビで放送された事は滅多にないんですねぇ。是非ご覧頂きたいと思います。」
女子アナ「はい、早速こちらからご覧ください。」(VTR)
「向こう見て、向こう見て。写真撮ってる。こっち来て、こっち来て、、」
何故か取材班を撮影する男性。公明・比例候補の浮島陣営はピリピリしていた。原因は去年放送したこの映像にあった。
「・・池田(大作)先生に勝利の結果を報告できるまで戦い続けて戦い抜いてやって参ります。」
これは男子部創価班の反省会を捉えた映像。彼らの奮闘空しく、前回衆院選で公明は小選挙区の全議席を失う歴史的な大敗を喫した。
ディレクター「公示から4日。公明党・浮島候補の政談演説会が間もなくこの会場で開かれます。しかし何故かテレビカメラでの撮影は拒否されました。」
今回、我々の取材に厳戒態勢をしいた浮島陣営だが、公明の選挙はいかなるものだったのか。(大躍進のみんなの党の開票・花つけ後のインタビュー 略)
空中戦に力を入れたみんなの党と、異なる次元で改選第3党の座を競っていたのが公明党だ。街頭演説や個人演説会で常に黒山の人だかりを集める最強組織は、特に比例区では他の候補を圧倒してきた。
島田歌穂氏「有名人を候補者に立てて、マスコミを利用して、ただただ票を集めるだけの選挙なんてもうーたくさんです。働けない議員に払う給料ほど税金の無駄遣いはありませんっ。」岸本加世子氏「昨日今日大阪に住民票を移したような候補に”伝統の1議席”を渡すわけにはまいりません。勝たしてください。石川を勝たしてくださいっ。何が何でも、何が何でも勝たしてくださいっ。」
去年の衆議院選で当時の党代表や幹事長が落選する中、結党以来の惨敗に見まわれた公明党。今回の参院選は党の再建をかけ負けることが許されない選挙戦でもあった。
山口氏「文字通り、党の命運をかけた乾坤一擲の戦いとなります。全議員が団結をし、心を一つにして戦い抜き、断じて勝利してまいろうではありませんか。」
公称827万世帯の創価学会を支持母体に持つ公明党はこれまで比例1千万票を目標に掲げてきた。しかし、今回は比例800万票、11の改選議席の維持という実現可能な目標に留めた。
さらに71万、 40万、 72万、の公明票があるとされる3選挙区に絞り総力戦を展開。当選を至上命題とした。
中でも大阪選挙区は、結党前の1956年に創価学会が初めて国政進出を果たした特別な地で、”伝統の1議席”と呼ばれてきた。この選挙で陣頭指揮を執ったのが、青年室長で当時28歳の池田大作名誉会長だった。
そして今回、大阪選挙区に公明党は18年振りの新人候補となる36歳の元外交官・石川博崇氏を擁立した。
石川氏「この大阪を元気にしていく為に、皆様方と一緒になって悩み、皆様と一緒になって苦しみ、そして皆様と共々に一体何が出来るのかその事に挑戦し続けたい、、」
これまで、大阪や兵庫は圧倒的な集票力で勝ち続け、常勝関西と称されてきた。
ところが去年の衆院選、大阪と兵庫の小選挙区で6人全員が落選。常勝関西神話も崩壊した。
そして去年10月、関西創価学会の最高責任者が西口総関西長から池田大作名誉会長の長男・博正氏に交代した。
Q:今回野党での選挙に支持者や創価学会の危機感は?
北側氏「去年の夏、あのような結果でしたから、まっこの参議院選挙についてはね、(支持者は)『負けれない』と『負けたくない』というのはね、そういう本当にあの気持ちを持って頂いているというのは有難いです。」
大阪選挙区は、民主、自民の現職のほか、タレントの岡部まり氏など10人が立候補した激戦区。こうした中、新人の石川氏を支えたのは総勢243人の府議や市議、そして公明党員たち。タレントや応援弁士が連日駆けつける中、会場の準備から案内まで地方議員と党員が連携して進めているという。
党員「(私達は)心が一つですのでね(笑)、本当にボランティアでもう本当にね、(石川)候補に勝ってもらいたいーっていう思いが強いですからねー。」
Q:公明党を支持している? 党員「私は生まれた時から、はい。」
公明の強みは、党員本人の票だけでなく、支持者が友人・知人にも支援を呼びかけるところにある。これは"交流"活動や"友好"活動、またフレンドの頭文字をとり"F活動" と言われている。
支持者「もう友好活動が一番大好き。友好活動が一番好きやねん。・・選挙で戦えるようにせんと、、」
支持者「前のね、あの衆議院選挙のときはね、あの民主党やっぱりな、変えてもらいたいから入れたって。でもな、結局ええことなかったゆうてね、今度ね『(今回は)石川さん入れる』ってゆうてくれて、うれしかったわぁー。」
支持者「毎年ね、選挙あってもなくても、もうとにかくずっと選挙やと思てやってますのん。『あと8ヶ月の命』言われて、そしてね48年生きてますねん。もう歳いってますねん。28歳で入信してね、、」
選挙区の外から応援に駆けつける支持者も多い。
「和歌山から来たんですよー。」「奈良から来ましたー。」「滋賀から来ました。」
”伝統の1議席”を死守する為、さらにこんな作戦も取った。
公明党は比例重点候補8人を当選させる為、全国をブロック割りにし、候補者名を浸透させる作戦を取っていた。関西ブロックには現職の浮島氏が割り当てられていた。その為、大阪も選挙区は石川、比例は浮島で売り込むと思われたが、今回何故か比例は浮島とせず、公明としたのだ。
佐藤氏「我々の支持層の中にもですね、あのー非常に高齢者も多くなって来てますし、選挙区の方ともう一つ比例区の方と二つ名前を覚えて頂くというよりも、一つキチッと名前を覚えてもらって、もう一つはやっぱり衆議院の比例区でもずっとやって来た『公明党』という名前で比例区の方は通した方が非常に分かりやすいと、、」
72万の公明票があるとされる大阪は、関西ブロック一の大票田で、この作戦を取ると比例の浮島氏が厳しくなるのは明らかだった。これはそれでも”伝統の1議席”を死守する為に取られた苦肉の策だった。
佐藤氏「あの昭和31年の党が出来る前から連綿と守ってきた議席ですから、そこを最優先に、まず1議席をしっかりと守り切ると、その事が我々としてはもう最優先課題であると、、」
選挙戦最終盤、石川陣営は緊迫した空気に包まれていた。
「大変に今、厳しい状況でございます。これ程素晴らしい候補はもう二度と出ないと思います。負けるわけにはいきませんっ。勝たしてください。」
新聞各社は、民主2候補と自民現職、そして石川氏。更にみんなの党の新人が横一線と報じていたのだ。支持者も必死だった。この女性は会場に4人の友人を連れてきていた。
Q:前回の衆議院選挙は違う候補(党)に投票? 「ワタクシはね、今回初めてです。」
Q:じゃあ今回は? 「公明党さんに、はい。」
Q:こうやってお友達を誘われた甲斐がありましたね?
党員「ありました。皆さん地域の役員の方なんです、実はね。だからとっても有難いです。そういう方からね、やっぱり命が替わってくれれば、本当に輪が広がっていくんじゃないかなって思います。」
東大阪で町工場を営む党員の浜口さんも仕事の合間をぬって公明支持を呼びかけていた。
浜口氏「うちの石川が駅前に来ますねん。そいで山口さんも代表も来るんですわ。もし良かったら、、明日。山口さんね、一回見てもらったら石川もまだ会って頂いてないから、、」
公示日とラストサンデーに二度、大阪入りしていた山口代表だったが、最終盤急遽、3度目の大阪入りを決めた。府内4箇所を回るスケジュールで東大阪市に入るのは初めての事だという。当日、会場に向かう浜口さんの姿があった。
彦摩呂氏「もう一歩、もう一押し、あと二日しかありません。おかあさーん!昔の彼氏に電話して。お父さんも奥さんに内緒で行ってるスナックのママにも頼んどいて。」
山口氏「民主党政権にはレッドカードを突きつけようではありませんか、みなさーん。」
「石川ひろたか大勝利、がんばるぞーー。(おー)がんばるぞーー(おー)がんばる(ぞー)、、
ありがとうございました。ありがとうございました。」
浜口氏「もっともっと我々語っていかなアカンな、公明党のこの凄さをね、なかなかやっぱり語らん限り、ねー、ああいうテレビとか討論だけ見てただけではね(山口代表の)本当の人柄なんかもわからへんやろうしね。石川候補も良いね、候補、、我々も戦えるんで、まぁそれだけでも大阪は幸せやなと思いますわ。」
浜口さんは公明党を支持する理由についてこう述べた。
浜口氏「だいたいあのー(創価)学会の方が多いですから地方議員の方は。
だから共に一緒に活動して、あのー色んなその人の性格知っている人が多いんですわ。
だからそれから我々議員に推薦されたら拍手するんですわ『この人だったら大丈夫や』そこからやっぱり公明党全体を僕らは見るんでね。だから目線はもう『誠実な人』っていうのがあの公明党を応援する原点はそこでしょうね。」
そして石川氏勝利を確信していると話した。
Q:石川さんに良い結果が出ると?
浜口氏「ああ、もう確信します。もうホントに。みんながねぇもう待ちに待った大勝利迎えたいなと。もう前回(衆院選)は本当に涙を呑みましたからねぇ。今回はちょっと喜びをねぇ、うーん喜びの当日を迎えたいなぁと思います。」
そして11日の夜。
「劇的大勝利、バンザーーイ!」「バンザーイ」「バンザーイ」「バンザーイ」公明党は東京と埼玉の2候補も当選。選挙区は改選議席を維持した。
石川氏「あのー、今回、多大なるご支援を頂ました、党員、また支持者の皆様、なかんづく創価学会員の皆様には、血の滲む様なご支援を頂きました事に、心から感謝を申し上げたい、その思いでいっぱいでございます。」
一方、今参院選全体の勝敗を分けた一人区。民主と自民が激しく競る中、実は水面下であの選挙協力が進められていた。
去年の野党転落を機に、選挙区で公明が自民候補を支援し、見返りに自民が比例区で公明票の上積みに協力するバーター協力は白紙となった。
山口氏「政党対政党として、選挙協力をする事は今考えられる状況にはありませんので、基本的には白紙で臨むと、、」
その為当初、公明の比例票は伸び悩むと思われ、改選第3党の座が危うくなっていた。
池坊氏「みんなの党なんていうのが出てきてますっ。あれは皆さん『自分の党』です。だってなーんにも出来ないし、なーんにも実績がないではありませんか。」
そして全国の一人区で民主と自民が大接戦となる中、九州や四国で自民候補と後援会レベルでの選挙協力が相次いで結ばれていったのだ。(長くなったので 、後半へ続く・・)
ここまで見た素朴な疑問ですが、信者の人って外国人参政権に賛成なんでしょうかね?!
政治家を政策で応援するならいいけど、「あの人が良いっていうから」なんて、どうかと思います。
あと、うちも選挙前だけ「公明党をお願い」って毎度来られる近所の人がいるけど、まったくもって迷惑な話です・・
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