本多勝一

2015年10月12日15:22#南京大虐殺 虐殺されたハズの南京市民と日本兵のほのぼの画像・映像 & 南京を知るジャーナリスト達の証言 (拡散希望)

「虐殺されたはずの南京市民」という動画、何度か紹介しましたが、拡散して頂きたく、文字起しして記録しましたの際「ジャーナリストの見た南京」という動画も紹介。

人さし指特に「いわゆる南京大虐殺」はあったと思っている方に是非見て頂きたい。

一旦、頭を真っ白にしてご覧ください。

1937年(12年)12月13日 南京

Photo Photo_2

中国門爆破の瞬間  中華門へ50mに迫って攻撃する野砲陣。 手前は一番乗りに待機する部隊

1937年(12年)12月13日 南京城陥落

Photo_3 4

12月14日 南京陥落の翌日

最後まで踏みとどまっていた南京市民が防空壕から出てほっと安堵の表情を浮かべる。「もう大丈夫」と手を差し出す日本兵 『アサヒグラフ』

5 6

12月15日(南京陥落から2日目)

15日は自宅で食事を作れなかったため水餃子を食べる難民が多かった   (撮影 佐藤振寿氏)

南京安全区付近の露店にて日本兵も水餃子と食べている (撮影 佐藤振寿氏)

7 8

安全区の南京市民たちは、日本人を恐れることなく従軍カメラマンの前に立った(撮影 佐藤振寿氏)

安全区の外の道路で、自家菜園の野菜を売る南京市民(撮影 佐藤振寿氏)

9 10

安全区にて。誰も日本人を恐れていない。(撮影 佐藤振寿氏)

家がない難民は、安全区の中にバラックを建てて住んでいた。

日本の従軍カメラマンがそばにいるというのに子供たちを安心して外で遊ばせている (撮影 佐藤振寿氏)

12月16日(南京陥落から3日目)  

11

たった一人の父親が支那軍に拉致され天涯孤独となった中国人の少年。
親切にされた日本兵の傍らを離れようとせず、「何でもするから東京に連れて帰ってくれ」と せがんでは、兵隊さんたちを泣かせている。
『アサヒグラフ』

12月17日(南京陥落から4日目)松井石根大将 南京入城

12 13(映像)

「日本軍万歳」を叫ぶ南京の避難民  『支那事変画報』

14 15

すっかり日常を取り戻した南京市内  『アサヒグラフ』

17日の入場式が終わると、日本軍が南京市民にお菓子を配り始めた (撮影 佐藤振寿氏)

16 17

日本兵からお菓子をもらう南京市民   朝日新聞『支那事変画報』 

日本兵と車のおもちゃで遊ぶ子供たち  すっかり安心しきっている 『アサヒグラフ』

12月20日(南京陥落から7日目)

18 19

陥落から1週間後の南京市内     朝日新聞『支那事変写真全集』

12月27日(南京陥落から14日目)

支那兵の手当てをする日本衛生兵   朝日新聞『支那事変画報』

Photo_4 21

子供たちの治療をする日本軍     『アサヒグラフ』

南京市民はすっかり活気を取り戻していた  『アサヒグラフ』

南京陥落直後、12月南京安全区 (映像)

22 23

中国は、12月13日からの2ヶ月間で、日本軍が南京で30万人の民間人を虐殺したと主張している。

当時の南京には、世界各国の報道記者が特派員として派遣されていたが、虐殺を報道した報道機関は1社もなかった。 目撃したという記者もいない。

24 25

日本軍が南京に入り、治安が回復されていったようすが この映像からもよくわかる。

南京市内の道路の復旧工事に汗を流す日本の兵隊

26 27

街頭に張られた 親日ポスター 日本軍の占領によって治安が回復したことを聞き、 南京へ戻ってきた人々

28

南京陥落時の南京の人口は約20万人であったが、日本軍が占領した翌月、938年1月の人口は5万人増えて、25万人になっている。

『大虐殺』の真っ最中だとしたら人々は南京から脱出しようとするはずである。

南京陥落から18日目 1938年(昭和13年)元旦

(映像)

29 30

31

戦後語られている「南京大虐殺」の期間中の南京市内の映像   笑い声をあげて爆竹で遊ぶ南京の子供たち  横を日本兵が通り過ぎてゆくが誰も気に掛けていない

32 33

南京陥落から2か月

朝日新聞が撮影した、2月中旬の南京城内   『アサヒグラフ』

周囲の南京市民も皆、こちらを向いて微笑みかけており

日本の従軍カメラマンをまったく警戒していないことがわかる『アサヒグラフ』

34 35

日本は南京に医療班を派遣し、市民に無料で種痘の予防接種をしていた。   『支那事変画報』

予防注射や種痘をしてもらい「謝謝、謝謝」と喜ぶ南京市民。『支那事変画報』

36

虐殺されたはずの南京市民  あなたの常識で判断できる  「南京大虐殺」の虚構------  以上

「当時の南京には、世界各国の報道記者が特派員として派遣されていたが、 虐殺を報道した報道機関は1社もなかった。 目撃したという記者もいない。」としてありますが、朝日新聞には当時の南京の記事・写真が山ほどあるでしょうね。

いわゆる南京大虐殺を真っ先に否定するのが真のジャーナリズムなのでは(;一一) 右

《ジャーナリストの見た南京の証言 元朝日新聞編集局長・細川隆元「虐殺なんて絶対にない」》 より

Chinaが「南京事件」と「(従軍)慰安婦」をユネスコ記憶遺産に登録申請したり、 国家行事に引き上げた「南京事件」記念式典を習近平国家主席が初めて出席して演説したと、 来年、「抗日戦争勝利70周年!」の大・大キャンペーンやる気マンマンなので、 "ジャーナリストが見た南京の証言" 動画を記録しました 

南京大虐殺はあったと思う人こそ見てほしい。

79419a9b.png893b8f06.png5f04ea7e.png
●大阪朝日新聞 山本治 上海支局員の証言
全然見たことも聞いたこともありません。夜は皆集まりますが、そんな話は一度も聞いたことはありません。朝日新聞では話題になったこともありません。」
c68cfe4a.png
●東東京朝日新聞 橋下登美三郎 上海支局次長の証言
朝日新聞からは50人近く参加したと記憶している。私が全体の指揮をとっていた。南京の事件ねぇ、私は全然聞いてない。もしあれば、記者の間で話題に出てるはずだ。噂として聞いたこともない。
朝日新聞では現地で座談会もやっていたが(虐殺が)あったのなら、露骨でないにしても抵抗があったとか そんな話が出るはずだ
bda6169d.png
●東京日日新聞 金沢喜雄カメラマンの証言
「私は南京に1ヶ月いましたが、虐殺をみたこともなければ兵隊から聞いたこともありません。松井(石根)大将が死刑になったのも不思議で仕方がないのです。」
b99a345a.png
●東京日日新聞 佐藤振寿カメラマンの証言
「虐殺があったと言われていますが、16、17日頃になると小さい通りだけでなく、大通りにも店が出てました
また、多くの中国人が日の丸の腕章をつけて日本兵の所に集まってましたから とても残虐行為があったとは信じられません。」
62aec91e.png
朝日新聞が「中国の旅」という連載で 南京では残虐があったといって中国人の話を掲載しましたが 
その頃、日本には南京を見た人が何人もいるわけです。なぜ日本人に聞かないで、あのような都合の良い嘘を載せるのかと思いました。」
b8bbb55d.png
●報知新聞 二村次郎カメラマンの証言
南京にいる間、見たことがありません。どういう虐殺なのか、私が聞きたいぐらいです。」
84260a88.png
●細川隆元 元朝日新聞編集局長の証言 1986年8月10日TBS「時事放談」にて
「わしが朝日新聞の編集局長であった時だ。南京に特派した記者たちを集めて南京に虐殺事件があったとかどうとか噂を聞くが本当はどうだ、と一人一人に聞いてみた。
全然そのようなことは見たことも聞いたこともありません、というはっきりした返事だった。何万、何十万なんていう虐殺など絶対にない。絶対になかったと、わしは思う。  以上

人さし指ちなみに朝日新聞連載の「中国の旅」と松井石根大将が死刑になった話、三宅久之氏の解説もどうぞ右

《「南京大虐殺と反日プロパガンダ」写真検証、デーブ・スペクターはリトマス試験紙(前半) 【たかじんのそこまで言って  委員会】》より抜粋

・・宮崎氏「だからね、例えば、ユダヤ人大虐殺って600万人と言われてますよねぇ、これはもう世界中が大半の人が認める大虐殺。これは英語ではジェノサイトですよねぇ、つまり民族を滅ぼすと。さっきの世界遺産の例を見てもわかるように、そのアウシュビッツと同列に置こうとしてる、南京の問題をね、南京事件を。それは違うっていうのは然るべき批判だと思うけどね。」

eabd83ae.png

遙氏「元々、論争になったのは何でかって言うと、えーっと昭和46年か7年かな、えーっと、朝日新聞にシリーズで出た、中国への旅(中国の旅)とか言う、(本多勝一!:宮崎) 本多勝一さんの書いたね、あのシリーズがきっかけで、『えっ?!日本はそんな事してたの?!』って、

あの段階から南京大虐殺って言葉がでてきてるわけですよねぇ。そっから論争が始まって、そっからですよ、人数の問題も、いや実はジェノサイトと似たケースなんだって問題も、いろんな論争が出てきてる、、」

三宅氏「数の事なんかはねぇ、その、遙さん、アンタ聞いたようなことを言うけどけどねぇ、(聞いたからゆうてたんですよ(笑):遥)

ねぇ、いわゆる戦闘行為をやったわけですよね、で、南京城をね、その松井石根を総隊長とする攻撃をする時でもねぇ、ビラを撒いてね、つまり『攻撃するから逃げるものは逃げろ』とかってやってるわけですよ。それから入ってるわけだ、ね。

23

その攻め始めてからねぇ、その要するに、その国民政府軍が、軍服を脱いで、ラーベというドイツ人が管理してたる国際安全区の中に逃げ込んだわけですよ、みんな、ね。だからそれは要するに便衣隊と言ってゲリラになるわけだ。民間服着て。だからそれを全部徹底的にやっぱりそれは洗い出すわけですよ。だって自分ら後ろからやられちゃ困るから。

その中でね、軍人じゃない者を処刑したのはあったかも分からないと、私も思いますよ。だけどね、意図的にね、30万人殺すなんて、考えてみなさいよ、もう全部死体だから。でねぇ、、」

デーブレイプの話はどうなんですか?三宅さん、レイプは? レイプは?それ、、」(話の途中で割って入り)

三宅氏「レイプの話してんじゃないっ 順番に聞けっ! 攻撃の話をしてるんです。

それでねぇ、そん時に松井石根という大将がだねぇ、2回に亘って、内外に記者会見してるんだけど、その会見の時に30万人殺したなんていう責任追及は一言も出てない。(もちろん:宮崎) 日本人の記者が出さないなら分かるよ、情報統制して。アメリカ人やいわゆる当時、敵性国家だった欧米のマスコミも質問してないんだよ。(じゃあ分かった:デーブ) だからなかったということでしょうが!!あれば必ず質問するでしょう!!」

デーブ「ちょっとそれ、30万どうのこうの、さて置いて、例えば236部隊とか、色んなあの、人物実験とか、色んな残酷な行為あったって事はありますよねぇ、。そんなのも一切ないわけですか?

三宅氏「そんな話、、今、南京大虐殺の話をしてんだよっ!

デーブ「いや違う。それと関係してくるんですよ。」

三宅氏「関係してくるか!!南京大虐殺があったかなかったかの話だ!」・・・

 

《朝日新聞が「南京事件」を「南京大虐殺」として火をつけた本多勝一の「中国の旅」とは》より

Photo

 

関連記事

「南京大虐殺」を世界記憶遺産に登録したユネスコは、中立・公平であるべき国際機関として大問題!

中国中国政府が申請していた、「いわゆる南京大虐殺文書」を、事もあろうにユネスコが世界記憶遺産に登録した事に、

日本日本政府は、「中国の一方的な主張に基づいて申請されたもので、完全性や真正性に問題がある事は明らか」「日本政府が随時、申し入れを行ってきたにも関わらず登録された事は、中立・公平であるべき国際機関として問題であり、極めて遺憾だ」日本政府はユネスコを厳しく批判していますが、人さし指当然です。

私が「いわゆる南京大虐殺」がなかったと知ったきっかけは、8年前の【たかじんのそこまで言って委員会】でタブーに挑戦するとした特集でした。

それから、ネットで色々と自分なりに調べて、中国のプロパガンダだったと納得したので、今回のユネスコ登録は「はぁ なんで ありえない・・・」という気持ちでいっぱいです。

この際、未だに中国のプロパガンダに乗せられている人に早く気付いてほしく、私が目覚めた記事の一部を紹介します・・・

 

【中国の急所】 南京大虐殺と酷似の、日本人虐殺『通州事件』が、日本の教科書掲載の件!

中国が、いわゆる南京大虐殺資料をユネスコに登録しましたが、

それは中国が現地日本人に対してやった【通州事件】の虐殺のやり口と一致します。

その日本人の多くも知らない【通州事件】が、つくる会の教科書に載るのをご存知ですか?(しかも、南京大虐殺は記述なしで)

今年春に、西尾幹二氏と小林よしのり氏がその教科書改訂の件で議論していたので改めて紹介します

人さし指櫻井よしこ氏曰く『中国政府の急所は、自国の歴史認識に他ならない』との事。

この際、【通州事件】を日本国民の共通認識にするべき。

 

追加記事

«【南京大虐殺】元海軍軍人・深井俊之助(104)さんの証言「支那は略奪・強姦平気でやる、日本人はしないから歓迎されていた」【#虎8】 »2018年12月 5日

深井氏「とーんでもない。子供が街に出てこう旗振って遊ぶ位だから静かなもんだったんだよ。

7 8


にほんブログ村 テレビブログへ
にほんブログ村
 ←ちょっと共感!の方はポチッとよろしく   



2015年01月19日11:13【風刺問題】2006年週刊金曜日主催市民集会の皇室中傷・侮辱芝居 (佐高信・本多勝一・中山千夏・永六輔)

TBS【サンデーモーニング】(1/19)で、

001

佐高信がフランスの風刺画に関して、「風刺・ペンが向かう先は強者でなくてはならず弱者に向かってはならない」 「笑いは”こわばり”をほぐすもの。あれはそれではない」 と偉そうにコメントていたんですが、

ならば、9年前のアレは!?と思い出しちゃいました(;一一)

人さし指2006年、『週刊金曜日』主催「ちょっと待った!教育基本法改悪 共謀罪 憲法改悪 緊急市民集会」において、皇室を中傷・侮辱した芝居です。

知らない人の為に、【マスゴミ】週刊金曜日による皇室中傷・侮辱芝居【反日】 に記録されたものを書き起こしましたキチガイですよ、もう・・勝ち誇り

「陛下のガンも笑いのネタにした皇室中傷芝居」(週刊新潮12/7号より抜粋)

1_3 2jpg

その瞬間、あまりの下劣さに観客も凍りついた。11月19日、日曜日。東京の日比谷公会堂で開かれた『週刊金曜日』主催の「ちょっと待った!教育基本法改悪 緊急市民集会」である。

会場を埋めた2000人近い観客の前で、悠仁親王は「猿のぬいぐるみ」にされ、天皇陛下のご病気もギャグにされる芝居が演じられた・・・

3jpg 4jpg

6jpg 7jpg

 その日、東京は冷たい秋雨が降っていた。
 高橋尚子が参加した東京女子マラソンがあり、交通規制が都内に敷かれていたその時間に、日比谷公園の一角にある日比谷公会堂でそのイベントの幕は開いた。

 安倍政権への対立姿勢を鮮明にする左翼系週刊誌の「週刊金曜日」が主催する緊急市民集会である。

 同誌の本多勝一編集委員の挨拶から始まった集会で、問題のパフォーマンスがおこなわれたのは、午後2時半頃からである。司会を務めるのは、同誌の発行人でもある評論家の佐高信だ。

 「えー、今日は特別な日なんで、とても高貴な方の奥さんにも来ていただきました。この会場のすぐ近く、千代田区一丁目一番地にお住まいの方です。」
 佐高氏がそう言うと、舞台の右袖から、しずしずと美智子皇后のお姿を真似たコメディアンが出てきた。

Photo_4
 黒いスカートに白のカーディガン、頭には白髪のかつらと、帽子に見立てた茶托を乗せている。そして、顔は前面だけおしろいを塗って女装した男である。会場は拍手喝采だ。
 「本日は雨の中、多くの国民が集まっている中、何の集会だかわかりませんが」
と切り出すと、大きな笑いが起こった。

 「そう言えば、先日、主人と一緒に、ソフトバンクの王貞治監督にお会いしたんです。王さんは”日の丸のおかげで優勝できました”と仰っていましたが、この人が日の丸のおかげなんて言うのは、おかしいんじゃありませんか? 」
 そう言ってコメディアンは笑いをとった。先日の園遊会で、王監督が、天皇陛下に話した内容を皮肉ったのだ。続けて、

 「そう言えば、去年は皇室典範を変えるとか変えないとかで、マスコミが随分騒がしかった。でも、ウチの次男のところに男の子が生まれたら、それがピタッとおさまっちゃいましたね。」
悠仁親王のことを話題に。そして、
 「今日は、実はその子を連れてきてるの。ちょっと連れてきて」
と言うと、スタッフが舞台の下からケープに包まれた赤ちゃん人形のようなものを壇上の”美智子皇后”に無造作に手渡した。
 よく見ると、猿のぬいぐるみである。
 ”美智子皇后”は、そのぬいぐるみに向って、
 「ヒサヒト!ヒサヒト!」
と声をかけながら、その猿の顔を客席に向けたり、ぬいぐるみの腕を動かしたりする。場内は大爆笑。
 大受けに満足の”美智子皇后”の芝居は続く。
 やがて、抱いている猿のぬいぐるみに向って、
 「ヒサヒト!お前は、本家に男の子が生まれたら、お前なんか、イーラナイ!」
と叫んで、舞台の左側に
ポーンと放り投げるパフォーマンス
演じられた。

 だが、このシーンで場内は静まり返った。
 若者の中にはクスクスと笑いを漏らす者もいたものの、さすがにここまで来ると観客の大半が凍りついてしまったのである。

 そして、ここで登場したのが「話の特集」の元編集長でジャーナリストの矢崎泰久氏と、作家であり、タレントでもある中山千夏さんだ。二人は、何十年もの間、行動を共にしている”同志”である。

静まりかえる観客

 「これはこれは。さる高貴な方の奥さんではないですか。その奥さんに聞きたいことがあるんです。」と、矢崎氏。
 「天皇なんてもう要らないんじゃないんですか。天皇なんてのは民間の邪魔になるだけでしょ?」と聞く二人に、”美智子皇后”は、
 「あら、アタシは民間から上がったのよ。」と、応える。

 中山女史が、
 「そもそも天皇になれるのが直系の男子だけという方がおかしいでしょ?男でも女でも、長子がなれるようにすべきじゃないでしょうか。それで、ハタチぐらいになったら、本人の意思で天皇になりたければなり、なりたくなければ一般人になってそれで終わり。普通の市民のように選挙権も持てるようにすればいい。そうしていけば、天皇家というウチはなくなります。」と持論を展開。

 すると、矢崎氏が、
 「そう言えば、今日はご主人が来てませんね?」と”美智子皇后”に尋ねる。
 「ハイ。」
 「どこか悪いの?」と、矢崎氏
 「ハイ。知っての通り、病でございまして。マエタテセン?じゃなかった、エーと、あ、そうそう、前立腺を悪くしまして。あまり芳しくないのですよ
 「それはご心配でしょうねえ」
 「そうなんです。」
 そんなやりとりが続いた後、突然、矢崎氏が、
 「それで、あっちの方は立つんですか?」と、聞く。
”美智子皇后”は面食らいながら、
 「私の記憶では・・・・・出会いのテニスコートの時は元気でございました」と、応える。

 場内は、シーンと静まり返った。天皇のご病気までギャグにされたことで、さすがに観客がシラけてしまったのだ。

 「笑い声なんてなかったですよ。何て下劣なことを言うのか、と思わず拳を握り締めてしまいました」と当日、イベントに参加した観客の一人がいう。

 「その後も園遊会で来賓とお話しする両陛下の物真似で、笑いをとっていましたね。憲法や教育基本法の集会だと思っていたのに、結局、この人たちがやりたかったのは、安倍晋三のこきおろしと、皇室を中傷することだけだったんですね」

だが、呆れるばかりの内容は、まだ続いた。

今度は、元放送作家でタレントの永六輔氏が舞台に登場。永氏は、

 「ここ(日比谷公会堂)は、昔、社会党の浅沼稲次郎さんが刺殺されたところなんです」

 「君が代は、実は歌いにくい曲なんですよ」などと語り、アメリカの『星条旗よ永遠なれ』のメロディーで『君が代』を歌うというパフォーマンスを見せるのである。

当日、集会に来ていた白川勝彦・元自治大臣がいう。

 「永六輔さんが、はっきりとした歌声で君が代を『星条旗よ永遠なれ』のメロディーで歌いました。うまかったので、自然に聞こえましたよ。へえ、こういう歌い方があるんだ、とびっくりしたというか、妙に感心してしまいましたね」

君が代を『星条旗よ永遠なれ』のメロディーで歌うーーーーそれは、この緊急市民集会とやらの”正体”がよくわかるものだったのである。

”反権力”に酔う人々

今回、”美智子皇后”を演じたのは劇団『他言無用』に所属する石倉直樹氏(49)である。永六輔しに可愛がってもらって、全国各地のイベントで活躍している芸人だ。

 「僕たち(注=メンバーは3人いる)は、テレビではできないタブーに切り込む笑いをやっているんです。持ちネタは、色々ありますよ。杉村太蔵橋本龍太郎、それに創価学会だって、やってます」

と、石倉氏がいう。

 「中でも最近は美智子様の芸が目玉になってきていますね。実はお笑い芸人として活動を始めた頃、ちょうど昭和天皇がご病気になって、歌舞音曲は慎め、と仕事が次々キャンセルされたことがありましてね。その時、これはおかしいぞ、と思いました。16年経った今も、お世継ぎがどうのこうの、とやっている。何とも言えない怖さを感じます。美智子様のことは好きなんで、できれば綺麗に演じたいんですけどね」

悠仁親王猿のぬいぐるみにしたことには、

 「この小道具はよく使うんです。普段は、名前をそのまま言わないんですが、あの集会では、ついフルネームで言ってしまいました

(ご病気については)矢崎さんと中山さんに下ネタをふられ、乗せられてしまいました。僕は基本的に下ネタは好きではない。永六輔さんには以前、さんがやっておられた渋谷の劇場にも出させてもらいましたし、去年は沖縄公園にも京都のコンサートにも出させてもらいました。京都では、僕が皇后で、さんが侍従の役で、色々やりましたよ。僕自身は、これを(市民)運動としてやっているつもりはないし、あくまで自分が面白いと思うことをやっているつもりです」

お笑い芸人としてタブーに挑戦するーーー石倉氏は腹を据えて演じているらしい。

だが一方、司会を務めた佐高氏の反応は全く違う

皇室を中傷する劇?いやいや、そもそも劇の中で皇室なんて一言も言ってませんよ

と、こう語るのだ。

「あくまで、”さる高貴な奥様”としか言ってないんですから。だから皇室の中傷などではありません。それは受け取る側の見方ですから、こちらがコメントする理由はありませんよ。そんなことを言うなら核議論と同じで、こっちも封殺するな、と言いたいですね」

永六輔氏は、なんと言うか。

「僕はあの日、3時に来いと言われて会場に向かったんですけど、車が渋滞して遅れ、3時半に到着したんです。だから、そのコント自体、見てもいないし、全然分からないんですよ。だから、『週刊金曜日』に聞いてくださいな」

と、知らぬ存ぜぬだ。

石倉氏に比べて、二人は何とも歯切れが悪い。矢崎氏と中山女史に至っては、取材申し込みに対して、梨の礫だ。

永氏は、かつて、童話『七つの子』など野口雨情の名作を根拠もなく「強制連行された朝鮮人の歌」などと言ってのけ、関係者を激怒させた”前科”がある。

その関係者の一人、作曲家のすぎやまこういち氏は、今回のことをこう語る。

 「そうですか。まだ(氏らは)そんなことをやっているのですか。呆れますね。下品です。自分に置き換えて考えてみればいい。自分の孫が猿のぬいぐるみにされて、放り投げられたり、病気のことを揶揄されたりしてごらんなさい。人権に対する意識も何もない。彼らは、いつも人権、人権というくせに、実はそれが彼らの正体なんですよ」

 主催者である「週刊金曜日」の北村肇編集長は、同志の編集後記でこの集会の模様をこう記している。

 <冷たい秋雨の中、二〇〇〇人近い人びとが集まった。不思議なほどに穏やかな空気が会場には流れ途切れなかった。永田町の住人に対する、満々たる怒りを深く共有しながら、しかし、そこに絶望はなかった>

 ”反権力”とやらに酔った人々-彼らにつける薬は、果してあるのだろうか。以上 

8_3 9_3

まさに”反権力に酔ってる”だけの自己満足にしか見えない。

Photo_3

こんな事やって国民の共感が得られると本気で思ってるんだろうか?

で、「さる高貴なご一家の奥様」シリーズは週刊金曜日お抱えネタのようで、少なくても2001年からやってたようです右

風刺漫画

 隔週掲載の1コマ漫画が、今週号(396号〔1月25日〕)から「金曜アンテナ」欄に登場します。作者は、フリーエンターテイナーの石倉直樹さんです。

 石倉さんは、米ニューヨークでパントマイムを学び、社会風刺コント集団「ザ・ニュースペーパー」をへて、フリーエンターテイナーとして活躍しています。また、本誌「虫メガネ」でおなじみの松崎菊也さん、松元ヒロさんの3人で、「他言無用プロジェクト」を結成し、鋭い社会風刺を繰り広げています。

 昨年11月3日の「『週刊金曜日』創刊8周年”大演会”」でも、他言無用プロジェクトの3人は抱腹絶倒のコントを披露してくれました。なかでも、石倉さん演じる、「さる高貴なご一家の奥さま」は絶品で、会場の爆笑を誘っていました。

 イラストでは、最新の出来事をユニークな視点で切り取っていただきます。コントとはひと味違った社会風刺をお楽しみいただければ幸いです。

で、結局ことの顛末 は・・・右

最終的に同誌は、佐高信発行人および北村肇編集長名にて「人権及びプライバシー上、一部の表現に行きすぎや不適切な言動があったことで、誤解や不快の念を生じさせてしまいました。集会主催者として配慮を欠いたことを率直に反省しおわびするとともに、今後開催する集会等の運営には十分に留意をしてまいります」との見解を示し、誌面上で謝罪・反省の記事を掲載した。》

Photo

人さし指以前、朝日ニュースター という局があり、アカヒ記者やOB、在日や反日日本人をいっぱい投入し、朝日新聞社の中から放送していました右

アカヒの電波工作。朝日新聞大株主のCS放送局「朝日ニュースター」とはより

・・今日は、その反日偏向番組のいくつかを紹介します

それぞれの番組のメインの司会者が、辛淑玉シンスゴ)・葉千栄・・金慶珠上杉隆・青木理・金子勝・愛川欽也・・

サブが・中山千夏永六輔・下村満子・荻原博子・落合恵子・吉永みち子・重信メイ・中村うさぎ・二木啓孝・佐高信石坂啓・・

というラインナップ。今思えば、皆アカヒマインドのオンパレードだったなぁ・・・(遠い目)

人さし指それもそのはず、この朝日ニュースターの主要株主は
朝日新聞社 83.2% (2011年3月31日時点) テレビ朝日 朝日放送 という構成ですから。

で、ボヤキがてら、朝日ニュースター カテゴリー作って記録してましたふっ

例えば、このニコニコ大辞典の『パックイン』解説 でなんとなく全体像も分かって頂けるかと右・・・

もう類友ですよね(呆)

Images4gcx0kp2

こういう構図なので、週刊金曜日はアカヒの補完勢力だと思っていました。

サヨクの批判するヘイトスピーチって、韓国・朝鮮・在日に向けてのものだけだし、独善で勘違いも甚だしい集団。

他を侮辱する下品さからして・・そもそも週刊金曜日って日本版(例のフランスの風刺週刊紙)「シャルリー・エブド」かもね。

そんな集団の人達が、テレビコメンテーターとして偉そうにコメントしている日本のテレビ業界って本当に異常ですふらふら

佐高信が「ヘイトスピーチとレイシズムを乗り越える国際ネットワーク」共同代表って・・笑えない冗談ですね。

関連記事右

《朝日新聞が「南京事件」を「南京大虐殺」として火をつけた本多勝一の「中国の旅」とは》

2ヶ月前、Chinaが"南京事件"と"(従軍)慰安婦"をユネスコ世界記録遺産に申請しましたが、

人さし指そもそも「南京大虐殺」というのも、朝日新聞記者だった本多勝一の書いた「中国の旅」が発端です。・・

 

風刺画と表現の自由・「私はシャルリ」現象と岸井氏のコメントに違和感 【News23】2015年01月13日

005_3

岸井氏「・・あの規模には本当に驚きましたよねー。、フランス革命以来200年以上ね、大切に守ってきた、言論表現の自由、それが危機に見舞われているとそういう状態でしたからね、その危機感の表れだと思うんですよね。

また世界が反テロで団結した歴史的な日にもなったと思います。

だから私達日本人もこれを機に、言論・表現の自由がいっかに大事か、そういう事を再認識するそういう機会にしたいと思うんですよねー。」

にほんブログ村 テレビブログへ
にほんブログ村
 ←ちょっと共感!の方はポチッとよろしく   



2014年09月18日16:31#朝日の三ホンダ 故・中川昭一氏VS朝日新聞OB・遠藤正武氏のバトルで見える、朝日新聞の庇い合い体質【ニュースの深層】

2006年5月放送分の、CS朝日ニュースター【ニュースの深層】という番組で、

上杉隆がキャスターの日、ゲストの中川昭一氏と朝日新聞OBの遠藤正武とのバトルが、朝日新聞内部の庇い合い体質をよく表していたのを思い出したので、文字起こしして記録しました(やや要約)

人さし指NHK番組改変問題「朝日新聞虚偽報道」事件を知らない方も(あとで解説しますが)とりあえず読んでみてください。

1_8 2_7
杉隆氏「・・えーっと、今日は番記者の方もかなり多数別室に来てご覧になっていると思うんですが、まず本題のBSE・食の安全に入る前に、どうしてもちょっとジャーナリストとして1つだけ伺いたいのがありまして。

3_5 4_7

実はここ【ニュースの深層】の建物は朝日新聞の中にあります。

で、えー、朝日新聞というと丁度今から1年位前、NHKの番組改編問題に関して中川さんの記事が出ました。これですね。

5_6
まあ番組改編が。NHKの番組に事前に、中川さんが介入して結果として圧力をかけたという(朝日新聞の)記事なんですが、まっ率直なところこれ圧力をかけたんですか?

6_7

中川昭一氏まっっったく事実無根ですね。

突然、朝日新聞の社会部の記者が、私が長崎に居る時に電話かかってきまして、何年も前の話で突然電話が掛かってきたもんですから、こういう民間団体の模擬裁判をNHKが放送するという事の記憶はありましたけれども、確か放送は1月30日だったと思いますけれども、それに関心を持っていた事は事実ですけども、曖昧な記憶だという事を、その記者に申し上げたらこういう風(大騒ぎ)になって。

徹底的に調べた結果、NHKの人が予算の関係で私の所に来たのは2月の2日だったと思います。3日だったかな。」

上杉氏「2月の3日、放送の後っていう事ですか?」

中川氏「ええ。に、お会いしたという事がもうハッキリしました。その後この記者、私が一度会いたい、公開の場で会いたい、って言っても一切逃げて出て来ない

卑怯ですね。どうぞ出てきて、今からでも遅くないから出てきて下さい。逃げまくってますね。社を挙げて守っているんじゃないの?これ。」

上杉氏「そんなことは・・まあ私、朝日の人間ではないんですけど、」中川氏「じゃあ貴方が言うことない(笑)」

7_6

上杉氏「そうですね(笑)、まあ基本的には率直な印象としては中川大臣もまあ今日ここで言ってますし、また安倍官房長官に関しては、同じように記者会見の中で、、」

中川氏完全に私の場合は後に会ってるんですから。それが違うんだったら、どうぞジャーナリストの良心があるんだったら、きちっと証明してください。ええ、逃げまくってますよ。この人は。」

8_5

上杉氏まあこの記者の方はまだ朝日にいらっしゃるんで、是非【ニュースの深層】に出て反論して頂きたいと思います」

中川氏「・・しかも昇進してるとかいうからねぇ。」上杉氏「昇進?そうですか(笑)」

中川氏名前言ってもいいけどね、この場でね。」上杉氏「まあ火曜日8時、是非この記者の方は来て頂きたいですね。」

中川氏「おお、ここで対談やらしてください。是非やらしてもらいたい。」

上杉氏「はははは、次回。お呼びして・・・よろしくお願いします」

中川氏「ここで堂々とやりたいね。 逃げまくるなと。一年半、、」

ここからは最後の〆の場面です。朝日新聞のOB(遠藤正武)と中川氏のバトル。

9_5 10_6

上杉氏「大臣から色んな話を伺いましたが、どうですかね?大臣のお話。」

遠藤正武氏「そうですね、あのねぇ、非常に為になるね、興味のある話を聞かせて頂いたんですけど、

冒頭の話でね、やっぱり朝日新聞と中川さんと安倍さんと、まあ非常に対立した関係にある・・・今でもあるんですけども、その話が出たので、(微妙な問題ですから)それでまず最初にこういう問題のある中で中川さんがスタジオに来て頂いた事について凄く感謝して、、」

11_5

中川氏「いや別に朝日新聞と私が対立しているんじゃないですよ。朝日新聞の中の、ごく一部の、、」 遠藤氏「そうなんです、うん。」

中川氏マスコミ人とはいえない人間が、卑怯な態度を取っているというだけの話で」

遠藤氏「で、まぁその事についてですね、ぼくも朝日新聞のOBとして全部背負って立つつもりはまったく無いんですが、

そいでもう1つは取材というのは、1人の個人の記者がほんと責任をもってやる事であって、まぁそれを社がバックアップする体制はあるにしても、第一義的にはそういう記者そのものの責任なんですよね。

それで、、我々の常識としては、最初にその記者が中川さんに電話で聞いた時にですね、中川さんが『ああそれ、全く、全くそういう事は無い』とハッキリ100%こう否定されたら、もうあとの質問は無いはずなんですよね。」

中川氏「『4年前の何月何日にねぇ、誰とどういう話しました?』って突然ですね、電話かかってきて答えられます? ボクはそれほど頭良くない、記憶力無いな。だから『私の記憶が間違っているかも知れませんけど、そんな事は無いと思いますよ』と言ったんです。」

12_5

遠藤氏(どろもどろ)「分かりました。だから、あのー、ま、これはそのー、その記者と中川さんでここでやり取り、が実現したとしても、これは言った言わないの事になるので、この問題はあの、もう短い時間の中でとっても議論できないと思うんですが、

あのー、やっぱりその・・今後の事もあると言うかね。今後、記者の質問に対しては、その、NOと言う時は、もう完璧にNOと言って頂ければ、」

13_5

中川氏それを仰るんだったら、裏づけ取ってからやって下さいって事ですよ。じゃあ取材した方の勝ちだと、、反証責任はこっちにあるという事ですか? (いやっ、、)

私はだから反論したんですよ。議員会館の面会票まで出して反論したんですよ。まず時間的に(それは後日、、) そうですよ、だったら訂正すべきじゃないですか。その時はそうだったかも知れないけど、百歩譲ってそうだったとしても、事実関係を私は証明したんだから。の後反論しないまま逃げまくってるんですよあの記者は

それをだから、そういう風におっしゃると会社がそういうのを守っているじゃないか、庇ってているじゃないかと。」

遠藤氏「いや、それはねぇ、バックアップ体制はあるけれども別に守っている訳じゃなくて、、」

中川氏正義は守ればいいんだけど、卑怯を守る必要はありませんよ。」

遠藤氏「だからそのね、彼は"卑怯"であると、、その記者がいうのはね、やはりそれは少し、いくらなんでもね、その人の全否定になる訳ですから、彼はその要するに真実を証明しようとして中川さんにアプローチしてる訳ですから、、」

中川氏だからそれが違ったんだったら、私と党を挙げて 安倍さんも含めて、出来るだけの事をやって、是非公開討論もやりましょうと言っても一切出てこないじゃないですか。」

遠藤氏「だからそりゃ、あのー、一対一で行くというと結局水掛け論になりますからね」

中川氏「だから公の場でやりましょう。」

遠藤氏「だからそう、色んな資料をですね、まだそれは集めている最中です。」

16_4

中川氏「ああ、また反論するわけ。」遠藤氏「いやまぁそれはどうか分からないけれども、、」

中川氏社を挙げて。(そんな事はないですよ、そりゃ、、)あ~じゃあいよいよ裁判という事になっちゃうね、これね。」遠藤氏「それも1つの方法だと思います。」上杉氏「どうもありがとうございました。」

中川氏「んー・・・あまりそういう事を言うとね、っぱし社が守る、あの本田さんを守る、、聞いてる人は守ると誤解されるかも知れないれないから。」

遠藤氏「しかしバックアップ体制がないと、記者が活動できないという事もあります。」

中川氏「だってそれは社の記者だから、最終的には社の責任じゃないですか、そうすると。」

17_2 18_5

上杉氏「この件に関しては私もずっと取材していましたがまっここではとりあえず・・」(時間切れ)以上

人さし指中川さんが意図的に口にした「本田さん」という本田雅和記者は右

Photo_5

本多勝一松井やよりを師と仰ぐ。朝日新聞社に入ったのも、両人に憧れていたためと語る[2]。」

というような人物で、「朝日の三ホンダ」の一角右

Photo_2 Photo

南京事件報道などで有名な本多勝一、1989年のサンゴ捏造記事を書いた本田嘉郎カメラマンと本田雅和記者をあわせて「朝日の三ホンダ」と呼ばれている[17]

また、評価としても、いかにも朝日の記者というカンジ右

朝日新聞社の後輩である烏賀陽弘道も「記者会見でいきなり自分が演説を始めたり、延々と質問をして会見をジャックしてしまう記者は、朝日の先輩で二人いました。本田雅和記者と菅沼洋一郎記者です」と証言している[16](本田は、記者会見で、長時間の質問をする事が多い)。

人さし指で、この番組に出ていた朝日新聞OBの遠藤正武、こっちも凄いタマ。ふらふら

麻生さんがゲストの時に、「竹島の海底の名称を韓国式に変えさせても良いじゃないか、創氏改名したんだしぃ」みたいにグイグイ迫っていました(・・;)

麻生さんに売国を勧める遠藤正武@反日朝日 - nicozon

www.nicozon.net/watch/sm14914748

朝日新聞の記者って・・・正義とか国益とか全然関係ないのが良く分かりますね。何より無礼だし!勝ち誇り

朝日ニュースターは、そういう記者やOB、在日や反日日本人をいっぱい投入し、朝日新聞社の中から放送していました右

アカヒの電波工作。朝日新聞大株主のCS放送局「朝日ニュースター」とはより

・・今日は、その反日偏向番組のいくつかを紹介します[E:downwardleft]

それぞれの番組のメインの司会者が、シンスゴ・葉千栄・・金慶珠・上杉隆・青木理・金子勝・・

サブが・中山千夏・永六輔・下村満子・荻原博子・落合恵子・吉永みち子・重信メイ・中村うさぎ・二木啓孝・佐高信・石坂啓・・

というラインナップ。今思えば、皆アカヒマインドのオンパレードだったなぁ・・・(遠い目)

人さし指それもそのはず、この朝日ニュースターの主要株主は 朝日新聞社 83.2% (2011年3月31日時点) テレビ朝日 朝日放送 という構成ですから。

で、ボヤキがてら、朝日ニュースター (110) カテゴリー作って記録してました。

例えば、このニコニコ大辞典の『パックイン』解説 でなんとなく全体像も分かって頂けるかと右

関連記事右

《NHK「ETV2001  問われる戦時性暴力」番組改変問題も、そもそも朝日新聞捏造記事の波及から》 より

NHK番組改変問題を憶えてますか?

人さし指ザックリ言うと、「ETV2001  問われる戦時性暴力」(2001年放送)で、政治家が介入したと朝日新聞が騒ぎ立て、NHKと朝日新聞が紙面と放送でガチバトルしていたアレです。

私はその番組を見てないけど、当時、サヨク番組で何週にも亘ってずーーっとこの話題を取り上げていたので良く憶えています。(その泥仕合の模様はwiki で)

その番組では、朝日新聞を大応援してNHKと安倍さん・中川さんをボッロクソに言ってました。CS朝日ニュースターの【愛川欽也パックインジャーナル】なんですけどね(笑)・・

何度も過去に記事にしたけど、安倍さん・中川さん・麻生さんの悪口ばかりの二時間番組とか、在日だらけで日本人の悪口ばかりのキモ番組とか・・長年垂れ流しし続けていたなぁ・・・(遠い目)

朝日ニュースターが消滅したのは、ネット社会になって、その人達の言論が通用しなくなったせいだと思います。この中川さんと朝日OB・遠藤氏の議論聞いて確信しました。

にほんブログ村 テレビブログへ
にほんブログ村
 ←ちょっと共感!の方はポチッとよろしく   



2012年04月29日20:04"石原都知事VS朝日新聞" とある反日メディアの嘆き

さっき、石原都知事の尖閣購入関連でいろいろ調べていたら、

石原都知事が本多勝一(元朝日記者→現週刊金曜日編集委員)をバカと言った会見について「何故反論しないのか! ・・・と週刊金曜日の編集者が憤ってる様子のブログ発見。

で、その行動がマヌケで面白かったので紹介します。いわゆる「南京大虐殺」についてですけどねふっ

石原都知事の名指し攻撃になぜかおとなしい『朝日新聞』

                                        
 石原慎太郎・東京都知事の記者会見の内容を、東京都のホームページが「正確に反映していない」ことを前回のブログ「石原都知事の発言を正確に伝えない東京都ホームページの不思議」で指摘しました。

 南京大虐殺めぐって石原都知事は、「昔、本多勝一ってバカがいたんだよ、『朝日新聞』の」と2月24日の会見で話しているのですが、都のホームページにある「都知事の部屋」(http://www.metro.tokyo.jp/GOVERNOR/KAIKEN/index.htm)では、「昔、本多勝一(ジャーナリスト)というやつがいたんだよ」となっている問題です。

 この発言に続けて石原都知事は次のように話しています。
「結局、彼は最後に修正したけど、南京の占領の間だけで40万の人を殺せるわけがない」

 小誌連載「貧困なる精神――石原慎太郎東京都知事に訂正・謝罪を求める」で本多勝一編集委員が指摘しているように、本多編集委員は『朝日記者』時代もその後も「40万人説」を唱えたことはありません。そして、唱えていないのだから、もちろん「修正した」こともありません。

 では、当の朝日新聞社はこの石原都知事の「ウソ」発言についてどのように考えているのでしょうか。そこで下記の質問状を朝日新聞社に送りました。

(ここから引用)
///////////////
「南京大虐殺」について石原都知事が次のような発言をしています。

昔、本多勝一ってバカがいたんだよ、『朝日新聞』の。結局彼は最後に修正したけどね。あんな南京占領の間に40万人を殺せるわけはないんだ」(2月24日)、
「彼の論では40万人もの虐殺という数字が論拠がないものだからね」、(本多氏は人数を書いていないという指摘に)「『朝日』も書いて、あちこちで書いている」(3月2日)。
 そこで次のことをお聞きします。

1)本多勝一氏の記事(見解)、もしくは別の朝日新聞記者の記事(見解)として、いわゆる「南京大虐殺」の死者(犠牲者)が40万人とする記事を掲載したことがありますか。

2)いわゆる「南京大虐殺」の死者数についてはどのような掲載をしていますか。

3)『朝日新聞』が犠牲者数を40万人とする記事を掲載していないとすれば、石原都知事の記者会見での発言は事実と異なると考えてよろしいでしょうか。

4)都知事の記者会見はインターネットやテレビなどで生中継され、また録画視聴が可能です。石原都知事の発言が「虚偽」だとしたら、訂正の申し入れなど貴社としてなんらかの対応を取られるお考えはありますか。また、すでになんらかの対応を取られている場合は、その内容をお教え下さい。
//////////////////
(引用ここまで)

 続いて朝日新聞社広報部からの回答を掲載します。

(ここから引用)
//////////////////
 いただいたご質問の「1」から「4」についてまとめてお答えします。

 南京事件での死者数について、朝日新聞はこれまで、様々な説があることを報じてきました。なお、お尋ねの件に限らず、個々の記者会見の内容について、紙面などで報じる以外に論評することは差し控えます。

回答は以上です。よろしくお願いいたします。    草々
//////////////////
(引用ここまで)

 では『朝日新聞』は、今回の石原発言をどのように「紙面などで報じ」ているのでしょうか。私がさがした範囲では2月25日(土)の第3社会面に2段見出しで次のように報道している1本(写真参照)だけでした。河村たかし名古屋市長発言とその波紋については詳報し、3月8日には社説「河村市長発言 日中の大局を忘れるな」を掲載しているのと比べ、極端に扱いが少ないようにみえます。では、その記事の内容を見てみましょう。

(ここから引用)
//////////////////
河村市長の南京発言、石原都知事「正しい」

 東京都の石原慎太郎知事は24日の会見で、名古屋市の河村たかし市長が南京虐殺を否定する発言をしたことについて「正しい。彼を弁護したい」と述べた。

 石原知事は、南京陥落の数日後に現地に入った評論家らから聞いた話として、「死体はあったけど、山と積むような死体は見たことがなかった」と指摘。「相手も無抵抗に近かっただろうけど、あれだけの(旧日本軍の)装備、期間で40万の人を物理的に絶対殺せっこない」と話した。

 石原知事は衆院議員時代の90年に米誌のインタビューで南京虐殺を「中国人が作り上げたうそだ」と発言している。
//////////////////
(引用ここまで)

 いやぁ、驚きました。善意に解釈すると「南京大虐殺があったことを前提としているので石原発言の紹介だけでよい」と考えているのかもしれませんが、『朝日新聞』が攻撃されているのに、あまりにも及び腰だと感じるのは私だけでしょうか。 以上

南京大虐殺について、アカヒに質問状を送りつけるのは素晴らしい~♪

で、素っ気無い回答で戸惑ってるってカンジ??(笑)

そりゃぁ、アカヒにとっちゃほじくられたくないんです、察しなさいよ。

本多勝一の虚偽記事を載せてしまって、結果、中国の反日勢力が加勢しちゃったんだから

《「南京大虐殺と反日プロパガンダ」写真検証、デーブ・スペクターはリトマス試験紙(前半) 【たかじんのそこまで言って 委員会】》 より

5b7a9122.png

遙氏「元々、論争になったのは何でかって言うと、えーっと昭和46年か7年かな、えーっと、朝日新聞にシリーズで出た、中国への旅(中国の旅)とか言う、(本多勝一!:宮崎) 本多勝一さんの書いたね、あのシリーズがきっかけで、『えっ?!日本はそんな事してたの?!』って、

あの段階から南京大虐殺って言葉がでてきてるわけですよねぇ。そっから論争が始まって、そっからですよ、人数の問題も、いや実はジェノサイトと似たケースなんだって問題も、いろんな論争が出てきてる、、」.

《「南京大虐殺と反日プロパガンダ」写真検証、デーブ・スペクターはリトマス試験紙(後半) 【たかじんのそこまで言って 委員会】 》 より

0a1651ca.png

さっき出てきた朝日の本多勝一って人がねぇ、『百人斬り』というのを、、『百人斬り』っていうのはね、上海から南京まで攻めていく時にね、若い少尉が二人でね、百人斬りをやろうと誓ってね、そしてパッタパッタとやってですねぇ、毎日毎日今日は何人斬ったとかね、刀を研いで、、なんてゆう話、、ね。

でねぇ、私はその書いた浅見一男さんという記者が書いたんだけど、後輩ですから、毎日新聞のね。その浅見さんに直接聞いたわけじゃないけども、その頃の事を知ってる人に聞いたんですよ。あれは戦争講談だって言ってましたよ。講談だと。(あ~:たかじん)

つまりね、百人斬りなんて誰もできるわけねぇんだけど、要するに戦意高揚でね、要するに新聞の拡張戦術ですよね。で、今日は何人殺した。こっちの少尉は何人だと。そうするとみんな賭けをして明日はどっちが勝つだろうとかってそんな風な話だったと。

それがね、しかし将校になって二人共、死刑になったんですよ。だから私はねぇ、戦争講談であって、戦争中の特殊な事情でね、マスコミもその戦争の肩をかついでヨイショヨイショとやってる時だったと思うけども

マスコミってのはねぇ、罪が深い。だからそういう記者がね、その時に、自分が名乗り出て行って、『自分の創作です』と言えばね、助かったかも分かんないですよねー。」・・

あと、こんな捏造も・・・

3506c759.png

著書『中国の日本軍』において、「中国の婦女子を狩り集めて連れて行く日本兵。強姦や輪姦は幼女から老女まで及んだ」とキャプションをつけて写真を掲載。しかしこの写真は『アサヒグラフ』昭和12年(1937年)11月10日号に掲載された「我が兵士(日本軍)に援けられて野良仕事より部落へかえる日の丸部落の女子供の群れ」という写真であることが秦郁彦により指摘された。この写真は南京大虐殺記念館でも長い間、日本の残虐行為の写真として展示されていたが、信憑性に乏しいことから展示を取りやめている[10]

fcff4e28.png

また、『本多勝一全集14』の『中国の旅(南京編)』では「ヤギや鶏などの家畜は、すべて戦利品として日本軍に略奪された(写真;南京市提供)」とキャプションをつけて写真を掲載。しかしこの写真は、『朝日版支那事変画報』にて掲載された「民家で買い込んだ鶏を首にぶら下げて前進する兵士」という日本側が撮った写真であったことが示されている[11](ウィキペディアより)

まぁ、その朝日新聞を信じて活動してきた人たちにとっては、朝日新聞が反撃しないのは不思議で都合悪いんでしょうね。

だって編集委員の認識がもう・・・・・

今はもう「戦時」だと私は思っています。もはや前の大戦の「戦後」でも次の戦さの「戦前」でもない。この国は新しい戦争を始めつつあります。
反戦ビラを配った人が逮捕され、「君が代」を歌わなかった教師が処罰される。「従軍慰安婦」も「南京虐殺」もなかったこととされようとしている。
角を曲がりきったあとでその方向をもとに戻すことは相当に困難です。しかしこの上憲法から「平和」を捨てるわけにはいかない。連携しましょう。「金曜日」にはまだその場があります。

雨宮 処凛 宇都宮 健児 落合 恵子 佐高 信 田中 優子 中島 岳志

で、発行人コラム《ガキ大将気取りの人間にバカ呼ばわりされるいわれはない》というのに:

・・・有権者が悪いからだという識者もいる。それは違うだろう。大きな責任はマスコミにある。新聞、テレビが連日、「真実」を伝えていれば、とうの昔に「ガキ大将気取り」の化けの皮ははがれているはずだ。『週刊金曜日』は追及し続ける(2012/3/23)

と書いてあったので楽しみ~♪ しばらく様子見しなくちゃ

しっかし、石原都知事をボッロクソ言う人たち(愛川欽也ファミリー・サンデーモーニングの面々・週刊金曜日など)って、ホント、頭の構造(護憲・反原発・反日)が良ーく似てるわ・・・

石原都知事バッシングが酷過ぎる(・・;) 寺島実郎・浅井愼平・田中優子・金子勝・岸井成格のコメント 【サンデーモーニング】

にほんブログ村 テレビブログへ
にほんブログ村
 ←ちょっと共感!の方はポチッとよろしく   



2012年03月01日07:20「南京大虐殺と反日プロパガンダ」写真検証、デーブ・スペクターはリトマス試験紙(後半) 【たかじんのそこまで言って 委員会】

前記事の続きです](ピンクは解説中の辛坊氏の質問・解説)

f4beda60.png

東中野氏「これはあのー、線路の上で、爆撃後のですね、まぁ赤子が泣いている(場所はどこですか?) 上海です。(日本軍の爆撃の後小さい赤ちゃんが、、) 何故日本軍がここを爆撃したかと言いますと、物資の集配所でしたから、戦略的な攻撃として選んだわけですね。そしてその後にこういう風になったわけですが、、」

たかじん「ここで(真ん中辺で)切っとるわね、この写真は、(この写真は切ってますね:東中野)。」

東中野氏「ところがですねぇ、これを撮った人はこの前からずっと撮ってるわけです(これは何人・誰が撮った写真ですか?) これはですねぇ、ちょっとそのー、私一人では二つの事はご説明できない、、(笑)ちょっとよろしいですか(笑)」

たかじん「学者さんですから、タレントちゃうんやから。」

東中野氏「タレントでもできないんじゃないでしょうか(笑)」

たかじん「だいぶん慣れてきはったで~(笑)」

東中野氏「それで、あの、要するに何故ここに男性がいるかと言いますと、この男性がこの赤子を運んできた。コチラのほうからずっと。そしてここに置きまして、(わざわざ?)わざわざ置いて、そして離れて行って、パシャッと撮ったわけですね。

ところが一連のこれは、動画で録ってるのがありまして、ここで撮ったのでこれが出てくると。つまりこれは演出であると。ただですねぇ、これはやっと分かったんですが、これを撮影したのは誰だって調べました。これは『オウショウテイ』という有名なプロカメラマンです。で、しかも国民党宣伝部の映画班撮影部のですねぇ(笑)、専属プロカメラマンだった。そのことが、やっと去年分かりました、はい。そういう写真でございます。」

5e59e83a.png

デーブ「あのー、例えばそのー、虐殺あったとして、全くそれを立証する写真がないから、まっ、いけないんだけども、こういった写真を曲解して、捏造的に使ったということはないんですか?」

たかじん「僕はね、単純にね、そんな難しく考えなくてもね、金先生ね、ええと思うねん。そんな難しく考えなくてもね、プロパガンダ言うても、それは何らはばからないのではないかなと、、」

デーブじゃあ全世界が間違ってて、日本だけ正しい?

8897c494.png

たかじん「うちも別にさぁ、正しいなんかゆうてないよ。」

宮崎氏「デーブさんさぁ、UFOの写真がニセモノだとするでしょ? 彼の今の論法だと、UFOは実際に存在するから、偽物写真でも許されるんだって、そういうという論法になってるよ(笑)」

6694feb0.png 3ce57381.png

デーブ矢追純一、そう言ってた。」

金氏今のデーブさんの話は、まっっったく説得力ゼロですよね。私、東中野さんがさっき仰った『なかったっていう事は説明できないんだ』っていう事に全く賛成なんです。

で、あったっていう事を証明する為には本当の証拠を出さなくちゃいけない。この事件があったっていう事を証明する為に使った写真が全部いい加減なものだったっていう事が分かったこの時点で、やっぱりこの事件ってのはホントにあったかどうかってのはみーんなが、やっぱりね、疑問を持って考えなくちゃならないって事が、普通の人間の感覚だろうと私は思います。」

6e65bd7e.png 4794c704.png

遙氏じゃあ、写真がね、写真が一枚も南京事件を扱った当時のものではなかった。写真は証拠とはなりませんと。

で、プロパガンダが混ざってるからね、あの中国側の人の言い分だって信用なりません。証拠になりませんという事で考えていくとね、じぁあ、こういう戦争に対して利害のなかった海外の外交官の人が、本国に向けてる、あの残った文書とかね、あと宣教師の人の残ってる証言とかね、あと、一兵卒ですよ、軍事の偉いさんじゃなくて、一兵卒の残した日記とか日報とかいうものがね、今、証拠で色々と出てきてるんですけど、

これっていうのは特に戦争の第一線の利害に関わらないような人達の証拠っていうのはどういう風に位置づけされてるんですか?

東中野氏「・・・・外交官、、」 遙氏「大丈夫ですか~?(笑)」

2fb81db5.png

東中野氏「もちろんです。外交官にしても、ニュースの特派員にしても、これは揺るがない中立的な立場にあると見るのは、極めてナイーブなんですね。」

三宅氏「純情だっちゅうことですよ。わかりますか? (単純だっていう事です、単細胞だという事です:金) そうそう単細胞だということ。」

東中野氏染まっているわけです。例えば、先ほどね、えー、東京裁判で、何人目撃されたかと言われて、『一人だ』と答えた人がいると、こういう人が出てきましたね。それはジョン・マギーという牧師ですよ。

で、彼の当時の日記を見ると、その実際の殺人は我々見ていなかったんだという風に言ってるわけです。ね、ですから南京で殺人事件があったという事を目撃した人が一人もいないんです。

で、今、あなたが仰いました、南京の欧米人はじゃあどう見てたか。彼らは「市民重大被害日報」というものを、ほとんど毎日、日本大使館に渡しておりました。その1セットになった物が残っております。その1セットになった「市民重大被害報告」というものを見ても、目撃された殺人は合法的処刑の1件だけなんです。ですから私達が、、
と南京とは違う
んですね。

南京の問題を一生懸命に当時の記録に従ってずーーーっと掘り下げていきますと、玉ねぎの皮と同じなんです。何も残らないんです(実体がない:宮崎)」

デーブ「その外国の二人の記者がすぐ南京に入って、何で写真、、あれだけの遺体ですので、とても処理する余裕もないし、だったらいっぱいあるはずなんですけど、なんで写真とかで押さえないんですか?

東中野氏「戦闘の写真の死体は残しております。スティール記者が、アッ失礼、ダーディン記者が残しております。これは戦闘の死体です。」

ebfc0916.png

デーブ「ですよね。だから大虐殺であれば、それ当然写真ある。記録撮りたいわけですから。(そういうわけでございます:東中野) それがないわけですから。じゃあ、、

全員「なかった!!」   デーブ(うんうん何度も頷く) (スタジオ大爆笑)

670d97c6.png

「おっ、ゆうたなぁ~」

98d3c1ab.png

金氏例えばね、ごく直近の報道でも、朝日新聞があんなにいい加減な歪曲報道をするわけでしょ。だから、60年前、70年前の出来事ををですね、私達が今知るって事は本当に大変な、まぁ虚しさがあるわけです。

で、東中野先生はそうやって、客観的にって言いますかね、一枚一枚調べていった。だから本人が非常に良心的におっしゃるのは、この写真がね、証拠にならないという事と、なかったっていう事とはまた違う次元の問題だよってこう仰っしゃる。それに私は、とっても良心的な学者のね、その姿勢を感じるわけだけれども、

私自身としては、やっぱりそうやってね、断片的な色んなことをいろんな人が言ってて、報道にしたってこれは真実とは限らないと。ならばやっぱり総合的にものを考えければいけないんじゃないかと。

中国人のやっぱりその人間のその生命に対する考え方とね、日本人のやっぱり生命に対する考え方とは絶対違うんですよ。

だから私は、日本人のそのメンタリティーから言ってね、虐殺をするというね、そういうようなね、私は習慣も伝説もね、メンタリティもないという風に思うのは、

5dd2fd53.png

台湾ってのは日本に50年統治されたわけですよ。だからその、日清戦争が終わって、清朝から台湾が割譲されたあとに、日本軍が入った時に、戦闘ありました。でその時にやっぱり1万人ぐらいの人が命を失ってるんですよね、戦闘行為の中で。

ただし、その後ですよね、その後例えば政治的な事情や政治犯として死刑を受けた人はひとりもいないんです。一番長くて7年。要するに、無政府主義者であった父親が受けた7年の判決がやっぱり最長の判決だったという事を、私、ついここ2、3日前に本人から聞きました。黄文雄さんから直接聞きました。

それで、その50年の日本の統治が終わった後、中国の蒋介石が入ってきました。2年後、1947年の2月28日にその台湾人が怒って、その政府に要するに抵抗したわけですよ。その後、中国大陸からその軍隊が入ってきて、台湾の人間を2、3万人も殺したんですよ。たった2年足らずで。それもね、要するに、犯行の行為に関わった人だけじゃなくて、今後おそらく台湾人のリーダーになりうるだろうと思ったインテリ全員捕まって殺された。そういうようなことを中国人はやるんですよ。

だいたいねぇ、中国人はね、例えば核戦争になったってね、うちは10何億もいるんだし、1億ぐらい死んでもどうってことないよと(実際にそう言ってますから:宮崎) そううそぶく様なね、民族なんですよ。

その人たちがね、やっぱり日本兵が攻め込んで来たらね、20万や30万人殺しても当たり前だろうという風に思うのはあの人達のものの考え方なんですよ。」

f28fadd9.png

宮崎氏現実にねぇ、自国民を大量に殺しているわけですよ。(文化大革命で)文化大革命で、、」

金氏「だって10何億いるからね、もう当事者としてはね、もう1万人死のうが、3万人死のうが、30万人死のうが、1億人死のうが構わないと思ってんですよ。だから我々はね、命に対するその考え方って、命に尊重っていうか、命の価値というものはね、全く違うんだという事を、基本におきながらこれは考えなければいけないんじゃないかっていうのが、私の見方です。」

三宅氏「あのー、まぁ中国人の、、まぁ、日本通の人が書いた本を読むとね、その南京大虐殺なんかでも、『俺は何千人殺したのを見た!』『いや俺は一万何千人殺したのを見た!』『いや俺は三万何千人殺したのを見た!』というとみんな拍手で迎えられると

、『そんなに見なかった』と言うとだねぇ、アイツは臆病者というかね、スパイだなんだとやられると、ね。こういう中で出てきたんで。

35706be3.png

さっき出てきた朝日の本多勝一って人がねぇ、『百人斬り』というのを、、『百人斬り』っていうのはね、上海から南京まで攻めていく時にね、若い少尉が二人でね、百人斬りをやろうと誓ってね、そしてパッタパッタとやってですねぇ、毎日毎日今日は何人斬ったとかね、刀を研いで、、なんてゆう話、、ね。

でねぇ、私はその書いた浅見一男さんという記者が書いたんだけど、後輩ですから、毎日新聞のね。その浅見さんに直接聞いたわけじゃないけども、その頃の事を知ってる人に聞いたんですよ。あれは戦争講談だって言ってましたよ。講談だと。(あ~:たかじん)

つまりね、百人斬りなんて誰もできるわけねぇんだけど、要するに戦意高揚でね、要するに新聞の拡張戦術ですよね。で、今日は何人殺した。こっちの少尉は何人だと。そうするとみんな賭けをして明日はどっちが勝つだろうとかってそんな風な話だったと。

それがね、しかし将校になって二人共、死刑になったんですよ。だから私はねぇ、戦争講談であって、戦争中の特殊な事情でね、マスコミもその戦争の肩をかついでヨイショヨイショとやってる時だったと思うけども

マスコミってのはねぇ、罪が深い。だからそういう記者がね、その時に、自分が名乗り出て行って、『自分の創作です』と言えばね、助かったかも分かんないですよねー。」

たかじん「・・西村先生に、刀でアレ何人ぐらい斬れるもんですか?」(会場笑い)

西村氏「あのね、山本七平さんがねぇ、自分の少尉の体験で、自分は人の骨を斬ったって言うんですね。切ったら、刀が鞘に入らない。曲がる。日本刀は。それで、私の弁護士の時の経験で、殺人事件で刀を使った人が、必ずは右に曲がる、右利きの人は。それでメッタメッタと斬れるはずがないと、、」

デーブ「だから黒澤明監督の映画の映画、ホント素晴らしいんだけど、もう何十人って、ありえないって、、」

たかじん「映画やっ!! 」(会場笑い) デーブ「そうだけど、映画でさえ、、」

3f1d67d5.png

辛坊氏「あのー、話を違うほうに持っていくようで申し訳ないんですけども、ただまぁその百人斬りに関しては、実際の記者がそれはもうごめんなさい、それは講談でしたと言ってるのは確かなんだろうけど

ただ当時やっぱり百人斬りを兵士がやってますという記事が日本でウケると、みんなが見て喜ぶと、いう時代であった事は間違いない。」

全員口々に「もちろんそう」「そりゃそうでしょう」

77487b1d.png

デーブ「ただね、一つだけ危険なのは、この話、説得力ありますよ。ただ他のね、いろんな国で、、アジアでやった捕虜たちに対しての事や、731部隊とか色んな話があって、否定できないものが多いんですよ。非常に残酷な、、それを全部ウソだって、すり替えるのは困る。やっぱり戦争美化する癖があるんですよ。」(一同、一斉に喋りだす)

三宅氏美化なんかしないよ。君の国はだねぇ、もう無抵抗になった日本に原爆落として、何十万人も殺した!どう説明するのか。君はそういうこと言うから、CIAのスパイだと言われるんだよ!」

495d53d6.png

たかじんあれを大虐殺と言わんで何と言う!ヤンキーゴーホームや!おりゃあ」(会場、拍手 ・笑い) デーブ「・・・(苦笑)」

5a26cb90.png

辛坊氏「ちょっと待って。 とりあえず、そっちの話に行かないで!今日は、南京事件のっ、証拠写真がどうなっとるかという話をしてるの!(大声で)」

ざこば「ここね、『あった』と書いて、まぁ『大』ではない。『小』でも『大』でもね、やっぱり『小』でもあかんよー。それは僕はアカンと思うんよ、ただっ、、『大』はもっとアカンし。

2f023036.png

そやけどこの先生のね、写真見て、それが今まで証拠であって、それで証拠でないとわかって、僕はごっつい嬉しいの。そやから僕は『小』はあったかも分からんってアレしたんやけど、(虐殺は)なかったと僕は、先生の本で。オレは変える!もうこれ変えてくれ!」(会場、拍手)

辛坊氏戦後、共産党政権はかつての少数民族までぜんーーーぶテリトリーにして、ようするにまぁ統治の手段とは、、

特に80年代で共産主義自体がもう揺らいできた時に、まぁ要するに統治の手段として非常に有効な方法であった事は間違いない、、」

宮崎氏外敵に目を向けたわけですよ。」

西村氏「清朝に戻ったんですよ、中国ってのは、、」

a25c02f9.png

三宅氏「・・・このような残虐なね、日本と戦って戦って、今日の中国を作ったのは共産党だと。それは嘘なんだけどね。そういうことで、その自らの存在を確認をしようとしてるわけなんですよね。」

西村氏「共産党がそうしなければね、正統性は明日にも失われるでしょう。」

金氏「いや、だからさっきね、デーブさんがそのレイプがどうとかまぁ仰ったけどもね、平和のね、この時代でも沖縄でね、米軍がやっぱりレイプすることもあるわけですから。ああいう戦場の中でね、いろんな事が起こるのは、これは推測が出来ますよ。こういうようなことがあったっていうような事はね。」

三宅氏「あのー、アメリカが日本を占領してから独立するまで、3万件の強姦事件が発生してます。米軍によるね。それでも、それでもですよ、世界の戦争の歴史の中じゃ極めて少ないと、アメリカは威張ってますよ。少ないじゃないかと。」

西村氏「日本軍の名誉のために言うときますけども、日本軍の戦闘中の服装はね、簡単にレイプできるようなね、服装でないです。あれ小便するのもね、中でやってしまわざるをえない。(アレボタンでしょ?) そうそうそうそう。上にこうベルト、襷かけて、弾を吊り下げて、、そう簡単に、、」

たかじん「!"#$%&'(!"#$%&・・」(会場爆笑)

辛坊氏「ちょっと次元が私は違うと思う(笑)それは説得力に若干の、、(笑)」

たかじん「デーブのちょっと、感覚が今までと、、どう変わった?南京に関しては。写真見てちょっと。」

ab177079.png

デーブ「・・・後日、返事していいですか?(会場笑い)

いやいやいや変わった。面白かった。変わった。変わった

ただね、一つ危険な感じがするのは、もう石原慎太郎的に中国に対して敵意持つとですね、何の為にもならないし、建設的ではないんです。10億人もいるんですよ。中国と日本はね、貿易面、いろんな面で、文化面、、今韓国の、冬のソナタみたいにほんとは良い関係なんです。ホントは。」

71dc8e00.png

三宅氏「デーブ、わかってるって、そんなことはっ。」

デーブ「いやな政治家とかね、それは確かにおこがましいことを中国言うんですよ、アメリカに対しても言ってる。だからと言って一概に決め付けて、中国人はどうのこうのと言うのは物凄く危険で良くないですよ。」

三宅氏「そのとおり。それはよく分かってます。」 以上


デーブ・スペクターは「南京大虐殺なかった派」を論破できると思って来たのに、撃沈せざるを得なくなって、最後に大人ぶって中国擁護ってカンジでしたねぇ。

リトマス試験紙の役割としては、見事に色が変わったから、まっ良いか(笑) 

この時からだいぶ時間が経っているけど、「南京大虐殺」に関する認識、さて、現在はどうなんでしょう??

この人、物事の認識がナイーブ過ぎ。そもそも上辺しか見ないタイプだし。

政権交代前も直後も、テレ朝のやじうまプラスに出て、鳩山ポポをこれでもかって程持ち上げて《酒井報道に埋没した 鳩山総理の所信表明演説》、麻生さんのあげあし取りばかりしてバカにしてヘラヘラ笑ってましたっけ (遠い目・・)   浅はかの証明!

だいたい、アメリカ人が「虐殺」だの「捕虜虐待」だの「レイプ」だの「戦争美化」だの言えるのかっ?!(;一_一)

デーブに関しての感想はここまでで、本題の「南京大虐殺」あった・なかった についてですが・・、

確かに東中野氏の検証本に反論している勢力もあります。

どっちだろう?? と思う人は、実際の体験談を読むとすっと腹に落ちるんじゃないでしょうか、日本人ならね~☆ 必見です! (ヒロ50さん情報)

ぼやきくっくり様 | 鈴木史朗さんが「南京大虐殺」は真実ではないと思う理由

こちらの検証も是非ご覧ください

にほんブログ村 テレビブログへ
にほんブログ村
 ←ちょっと共感!の方はポチッとよろしく   



2012年02月29日16:56「南京大虐殺と反日プロパガンダ」写真検証、デーブ・スペクターはリトマス試験紙(前半) 【たかじんのそこまで言って 委員会】

「南京大虐殺あった派」がイチコロだったこの大昔の番組

これを見た時から、デーブスペクターがますます、超大嫌いになったのでよーく憶えているんですが、まさか動画が残っていたなんて・・]♪

というわけで、時間がある時にコツコツ文字起こししてみました(青字はナレーション)(ピンクは解説中の辛坊氏の質問・解説)

在京のテレビ局では絶対に流せない! というか企画さえされないでしょうね。

デーブ・スペクターの態度に注目してください。残虐な236部隊ってなんだよー;:゙;`(゚∀゚)`;:゙

この書き起こしは、「南京大虐殺は事実」と教科書で習った若い人に是非読んでほしい。

2007年9月29日 - 36分
南京大虐殺証拠写真を検証する. 35:59 - 4 years ago. 「たかじんのそこまで言って 委員会」
2005/03/06(日)放送分  南京大虐殺

ゲスト 東中野修道(亜細亜大学法学部教授) 【南京大虐殺と反日プロパガンダ】

辛坊氏「・・元NKHの川崎泰資さんです。

さっ、最初のテーマに行きたいと思いますが、今日のー、たかじんさん、最初のテーマは何すんねん?とね、ある報道の幹部と喋っておったらですね、『今日はこんな話』とゆうたら、その幹部が『まあー、辛坊さん、まあなんとチャレンジャーな話題を』と思わずゆうたぐらいのっ、大ネタっ!

(VTR)
67611b72.png 12de1f6f.png

1937年12月、中国の南京を占領した旧日本軍が、多くの捕虜や民間人を殺害し、暴行・強姦・略奪・放火を繰り返したとされる南京大虐殺

この事件に関しては、犠牲者の数やその存在そのものを巡って以前から様々な論争が繰り広げられてきました。

118067f2.png 3eb1eb03.png

そんな中、1冊の本が出版され話題を呼んでいます。『南京事件"証拠写真"を検証する』」と題されたこの本の結論は、南京大虐殺が実際にあったことを裏付けるとされる写真のうち、「証拠として通用するものは1枚もなかった」

この本の著者である亜細亜大学教授の東中野修道氏は、アメリカでベストセラーになった「ザ・レイプ・オブ・ナンキン」をはじめ、大虐殺に触れた著作物を可能な限り収集し、そこに掲載されていた証拠写真とされるものを検証

検証①

6e2826fd.png 57793c76.png

例えば・・「日本軍の行くところ、略奪されて鶏も犬もいなくなった」と説明されているこの写真

しかし実際は 「朝日版支那事変画報」の裏表紙であり、その説明には「民家で買い込んだ鶏を首にぶら下げて前進する兵士」とあり、この兵士が代価を支払って購入したことが記されています。

検証②

e3186108.png 5333bcf8.png

南京陥落時は真冬であったにも関わらず、証拠写真の多くはこの写真のように薄着であり、影の角度を見てみると、明らかに初夏に撮られたと分かるものも

検証③

262093ce.png 4357ece3.png

また、この写真のように中国人による抗日意識高揚に用いられたことが既に判明している写真も現在もなお、大虐殺の証拠写真として流布しているというのです。

50119f1a.png b29a74d1.png

現在、日本の歴史教科書に歴史的事実と記述されているこの南京大虐殺は、

もともと昭和23年、主要戦犯を審議する為に行われた極東国際軍事裁判、いわゆる東京裁判の過程の中で初めて持ち出され

efedf2ba.png f1e75c86.png

その際に被害者の数が20万人以上と認定されたのです。

ところが、中国・南京市にある南京大虐殺記念館の壁面には30万人が虐殺されたという文字が刻まれ、この30万人以上という数字が中国の統一見解になっているようです。

716f3259.png

また、中国メディアは、この南京大虐殺記念館をユネスコの「世界文化遺産」に登録申請すべきと主張。
アウシュビッツ強制収容所と、広島の原爆ドームはすでに登録されており、南京も世界の人々が歴史を学び、過ちを繰り返さないために大きな意義があると強調しています。

果たして私たちの歴史認識は正しいのか?間違っているのか?日本の歴史教科書の記述にに間違いはないのか?そして、メディアは真実を伝えているのか?

3760bd90.png de40382a.png

そこで、皆さんに質問です。あなたは南京大虐殺はあったと思いますか?

バネル

西村慎吾氏「なかった。  20万人も人がいない!」
洋子 「あった。     証拠が多い」

デーブ・スペクター氏あった。     聞くまでもない」
宮崎哲弥氏「なかった。 『南京事件』はあったが、『大虐殺』はない」
川崎
泰資あった。    外電は伝えていた」

金美齢氏 「なかった。  『大』でもなければ『虐殺』でもない」
三宅久之氏「なかった。 『民間人』を誤って処刑した程度」
ざこば氏あった。    『大』ではないが」

たかじん「まぁ、人と人とが殺しあうのが当然戦争なんですがっ、なして色んな世界中の戦争のある中で、特にこの南京大虐殺というのは、えー、戦後こう、、、なんでこうクローズアップされて言われてるのは、なしてでしょうね?」

宮崎氏「あのー、70年代80年代ってのは中国は、あまり言わなかったんですね。ところがやっぱり江沢民政権になって、まぁ反日、あるいは愛国的な意識を高揚させるために盛んに言うようになったって側面は否めない。それに日本のある種の勢力が呼応しているという側面は否めないと思いますね。」

辛坊氏「多分ね、戦後ずっと話題になっるって言いますが、たかじんさんが学生の頃ね、教科書で習ってないはずですよ。私も実は習ってないんです。これ南京事件自体がね、教科書に載り始めたのは1980年前後なんですよ。だからそれまで日本では教科書にすら実は載ってなかったんで、我々の世代は学校では習ってないんです。」

西村氏「文化大革命の後でしょ?」

辛坊氏「そうですねぇ。だから日中国交回復の前後から、、」

たかじん「いきなり出てきたという、、とこの部分がね、、」

デーブ「日本でねっ。でも外国には当時から出てますけど、はい。」

辛坊氏「その辺がねぇ、なんで80年前後に出てきたのかという話も含めてね、ちょっと先ほどの本をお書きになった方、呼んでますんで、あった・なかったの論争はまぁゆっくり、その後にお願いするとして、まず本を書いた人の主張からちょっと聞いてみようと思いますので、えー、ゲストをお迎えいたします。えー、この『南京事件・証拠写真を検証する』という本をお書きになりました、東中野修道さんです。」

辛坊氏「80年前後に、まっ教科書に載り始めたって話してるんですけど、それまで日本でこの話が出てきてなかったのは何でなんですか?」

79865115.png

東中野氏「何ででしょうね?(何でなんでしょう?) いや知りません。」(会場笑い)

たかじん「そりゃつらいなぁ~、先生に言われたら~、、」

東中野氏「あの、あるものはですね、こうだという風に説明ができるわけです。ないものはね、何でだ言われても、説明の(苦笑)、、難しいんじゃないでしょうか。」

たかじん「なるほどね。」

西村氏「僕が子供の時聞きました。(南京に)行った方にね、そんなん出来るはずがないとゆうてましたよ、あっさり。」

7cd57e35.png

デーブでも、その場にいた日本の兵士も『いや、あった』っていう何人も証言得られてるんじゃないですか?彼らは嘘つきなんですか?何のために嘘をつく、、」

たかじん「いや、なっ、戦争ですから、なっ、誰かお書きになってますけど、南京事件的なものは当然あったと思うんですが、それが大虐殺となると話がだいぶやっぱ変わって来ると思うよね。」

デーブ大虐殺は何人からですか?例えば5万人以内は大虐殺じゃない、ただの虐殺? 」

西村氏「そりゃ中国人に聞かな分らんよ。」

デーブ「いやでもね、数じゃないんですよ(笑)。だから、何万人も10万人も同じじゃないですか。なんでそこに、、数字だけにこだわるかっていう事。数字の事を議論すればするほど、もしかしたらなかったという風にすり替えたいからでしょ?

金氏数字にこだわってるのは中国人であって、日本人じゃないの。数字に拘ってるのは中国人がドンドンドンドン増やしいって言ってるという、、」

デーブ「うん、中国は言いすぎだと思う、、今ね、30万人じゃないと思うけども、日本が5万人だったら、2万人だったら、じゃあ認めるんですか? それも認めたくないんでしょ?

遥氏「それが、それが今、その南京問題のね、あの最前線になってる、、何人からが大虐殺やねんって言われてるとこだけどもぉ、、」

宮崎氏「だからね、例えば、ユダヤ人大虐殺って600万人と言われてますよねぇ、これはもう世界中が大半の人が認める大虐殺。これは英語ではジェノサイトですよねぇ、つまり民族を滅ぼすと。さっきの世界遺産の例を見てもわかるように、そのアウシュビッツと同列に置こうとしてる、南京の問題をね、南京事件を。それは違うっていうのは然るべき批判だと思うけどね。」

b8c73e7e.png

遙氏「元々、論争になったのは何でかって言うと、えーっと昭和46年か7年かな、えーっと、朝日新聞にシリーズで出た、中国への旅(中国の旅)とか言う、(本多勝一!:宮崎) 本多勝一さんの書いたね、あのシリーズがきっかけで、『えっ?!日本はそんな事してたの?!』って、

あの段階から南京大虐殺って言葉がでてきてるわけですよねぇ。そっから論争が始まって、そっからですよ、人数の問題も、いや実はジェノサイトと似たケースなんだって問題も、いろんな論争が出てきてる、、」

三宅氏「数の事なんかはねぇ、その、遙さん、アンタ聞いたようなことを言うけどけどねぇ、(聞いたからゆうてたんですよ(笑):遥) 

ねぇ、いわゆる戦闘行為をやったわけですよね、で、南京城をね、その松井石根を総隊長とする攻撃をする時でもねぇ、ビラを撒いてね、つまり『攻撃するから逃げるものは逃げろ』とかってやってるわけですよ。それから入ってるわけだ、ね。

400123b6.png

その攻め始めてからねぇ、その要するに、その国民政府軍が、軍服を脱いで、ラーベというドイツ人が管理してたる国際安全区の中に逃げ込んだわけですよ、みんな、ね。だからそれは要するに便衣隊と言ってゲリラになるわけだ。民間服着て。だからそれを全部徹底的にやっぱりそれは洗い出すわけですよ。だって自分ら後ろからやられちゃ困るから。

その中でね、軍人じゃない者を処刑したのはあったかも分からないと、私も思いますよ。だけどね、意図的にね、30万人殺すなんて、考えてみなさいよ、もう全部死体だから。でねぇ、、」

デーブレイプの話はどうなんですか?三宅さん、レイプは? レイプは?それ、、」(話の途中で割って入り)

三宅氏「レイプの話してんじゃないっ 順番に聞けっ! 攻撃の話をしてるんです。

それでねぇ、そん時に松井石根という大将がだねぇ、2回に亘って、内外に記者会見してるんだけど、その会見の時に30万人殺したなんていう責任追及は一言も出てない。(もちろん:宮崎) 日本人の記者が出さないなら分かるよ、情報統制して。アメリカ人やいわゆる当時、敵性国家だった欧米のマスコミも質問してないんだよ。(じゃあ分かった:デーブ) だからなかったということでしょうが!!あれば必ず質問するでしょう!!」

デーブ「ちょっとそれ、30万どうのこうの、さて置いて、例えば236部隊とか、色んなあの、人物実験とか、色んな残酷な行為あったって事はありますよねぇ、。そんなのも一切ないわけですか?

三宅氏「そんな話、、今、南京大虐殺の話をしてんだよっ!

デーブ「いや違う。それと関係してくるんですよ。」

三宅氏「関係してくるか!!南京大虐殺があったかなかったかの話だ!」

2ac1b7e3.png

宮崎氏「(デーブに)731部隊の事ですか?それ。今、236と仰ったけど。」

デーブ「あ、そうだ」(スタジオ失笑)

たかじん「あったという立場で『外電で伝わってきた』と。てのはどういうことですか?」

50b9ee35.png

川崎氏「あのねぇ、あのー、戦争というのは異常事態でね、日本国内でも報道管制が厳しいし、全く事実は伝わらないんですよー、戦争中。だから日本人で当時の事を知ってる人はいないんです、ほとんど。

でもその時に、日本人は知らないけれども、外電はきちっとですねぇ、つまり、世界中の人は南京でそういう虐殺事件があったという事を伝えてるから、外国の人はみんな知っているわけだ。ただその人数についてはね、正確なことについてはもちろん分かんない訳だし、

それは中国ってのは我々日本人は良く分かっているわけで、白髪三千丈って国でしょ、だからそれは人数については、そりゃあ考え直さないのは、当たり前なんですよ。だけど、なかったと言うのはね、これはやはりね、大問題ですよ、これは。」

辛坊氏「外電があったっていうのは・・・」

金氏どこの外信が、どこにどういう風に伝えたんですか?

川崎氏・ ・ ・ ・ ・」(会場失笑)「外電が伝えて、ヨーロッパにもアメリカにも全部流れてます、ニュース。」

354d4991.png

金氏だから、どこの外信社が、どこの国でどういうような内容を伝えたのか?ハッキリ仰ってください。」 辛抱氏「そのあたりのお話を、、」

三宅氏「聞きましょう、ね。こういう暴説を聞いてても仕方がない。ちゃんとした話を聞こうじゃないか」

ac334463.png

東中野氏「えっと、そのことについてですね、話をしに来たつもりはないんですが、シカゴデイリーニューズと、ニューヨークタイムズが南京陥落3日後、5日後に出しております。それで、南京の欧米人の目撃によれば、『頻発する殺人』だと書いておりますが、南京の欧米人が目撃した殺人事件ってのは1件もございません。」

辛坊氏「誰がどこで取材をして記事にしたもんなんですか?」

東中野「それはあの、シカゴデイリーニューズのスティール記者と、ニューヨークタイムズのバーディン記者です。(っていう人が二人共南京城内に入った?) 12月15日におりました。

ただまぁ、ちょっと話が拡散するといけませんが、南京というのはこういう風にですね、34kmの城壁で囲まれているわけです、城壁の高さは25mあります。で、2ヶ月間出られません。その中で、陥落直前の人口が20万。陥落10日後の人口も20万。人口減少と(減ってへんやん)言った人は一人もいない。」

辛坊氏「私ねぇ、先生の本読んだんですけど、陥落直前の20万てのは、国際機関が認定している数字です。で、10日後の20万てのはどこから出た数字ですか?」

東中野氏10日後の20万は南京外国人会が出した数字です。それからクリスマスイブの日に、えー、ジョージ・フィッチがそう書いております。」

辛坊氏「逆に言うと西村さんの20万人も人がいないという事ではない? 20万人はいたという事ですね、つまり。全員殺せば20万人は殺せたという意味ですか?」

東中野氏「それはそうなりましょうね。人口はゼロになりますよ。ところが、1ヶ月後には人口は25万と。」

辛坊氏「それは誰が発表しているデータですか?」

東中野氏「それは日本軍の調査によりまして、南京の外国人がそういう風に出すわけです。」

デーブちょっと先生、これ、もし本当に空想から生まれたものだったら、じゃあ何のきっかけで、こんなことになったんですか? その虐殺の、、」

東中野氏「これは、まだ完全な解明までには至っておりませんけれども、恐らく、まぁひとつの戦争プロパガンダとしてこれが始まったという解釈をですね、私自身は今ひとつの合理的な仮説として、、」

デーブ「当時は、当時の中国にそんな余裕あったんですか? そこまで、、」

東中野氏「いえいえありました。国民党宣伝部が一生懸命やってました。そのひとつがこの写真ですね。」

辛坊氏「その写真について多分ね、こん中で言うと、デーブさんがもし、もしですよ、仮説ですけども、もしこれで説得できないようだと多分ね、欧米のメディアは説得できないと思うんです。だから言えば、こん中でもうリトマス試験紙みたいなもんだと思いますんで(笑)」

デーブ「写真の検証ね、さっきの、凄く興味があるから聞きたいです、はい。」

辛坊氏「じゃあ、ひとつずつじゃあいきましょう、はい。これからお願いします。」

b01c9763.png

東中野氏「これはですねぇ『日寇暴行実録』という国民政府の軍事委員会政治部が、支那事変一周年の時に出した、プロパガンダ、、(何年にこれは?) 1933年。(南京事件の翌年の夏に出た写真?) そういう事ですね。(はい、分かりました。)

それで、まぁ、農村地帯の女性が一群一群と連行されて、司令部で強姦されているとこういった、まぁ説明が付けられているわけです。

71201fee.png

ところがですねぇ、これは実際にはあのー、元写真って物がありまして、『支那事変画報』でしたか、あっ、『朝日グラフ』ですね、失礼しました。(現在の朝日グラフの前身の写真?) そうなりましょうねぇ。

(これはいつ出た物ですか?) これは昭和12年の11月10日に、、(えー、という事は南京事件の前ですね) 前です。(前に撮られた写真と。これは歴史的にもう証拠としてあるわけですね?) 

ええ証拠としてあるわけです。8ヵ月後に写真説明を改ざんして、、(これ、全く少なくても同じ写真である事は間違いない) 間違いないです。」

たかじん「それが1年前に撮られてるわけや。」

8b4d0d92.png

東中野氏「それで一番前の女性なんかは笑った、、笑顔ですね。ちょっと見難いですかね。これは三番目の男性は白い歯が見えておりますね。」

たかじん「単なる出歯とかゆう事じゃないですよね?」(会場笑い)

東中野氏「・・・要するに日本兵が護衛して、農村地帯の人を自宅に帰していると、こういう写真と理解されますね。

34f8aee2.png

それからまだありまして、例えばこれはあのー、まぁ実に大きな写真なんですが、(現物ですねぇ) これ現物です。 これはなかなかない本なんですが、古本屋でたまたままぁ、見つけたものです(笑)(へーー) 

で、これがまぁ、その『日寇暴行実録』なんかにですね、略奪の写真として、まぁ密かに転載されて、写真説明を、キャプションを改竄して出してきたわけです。(ちょっとよろしいですか?・・・) 

それでまぁ、大変残念ですが、まぁ本多勝一さんなんかもこれを略奪の写真としてですね、使っているわけです。」

辛坊氏「これはー、昭和12年の12月29日だから、要するに南京侵攻の2ヶ月前の写真ですねぇ(はい) 『支那民家で買い込んだ鶏を首にぶら下げて前進する兵士』というキャプションがついてる、、(そうですね)」

たかじん「その虐殺してトリ盗って来た割りにはなんか物凄く爽快な顔してますよね。」(会場笑い)

東中野氏「だからそう、してないわけですから。」

e1d383d1.png

宮崎氏「ちょっと待ってください、それ、朝日グラフですよねぇ? 朝日新聞社の。本多勝一はそれを知らなくて?、知ってて間違ったんですか?知らなくて間違ったんですか? わざと間違ったんですか?

東中野氏「それは、私は本多さんじゃございませんので、本人にお尋ね頂きたいと思いますが、恐らくまぁ、取材の手順を省いたという事は(手抜き?:宮崎)考えられますねぇ。」

08763196.png

デーブ「ちょっとぶっちゃけた話、それ確かに気になる写真ですよ。ところが人を殺戮する時に、ちょっと待って、ポーズと言って写真は撮りませんし、殺される前に記念に撮って下さいと言う人もいないんですよ。

だからそういった本当に激しい場面があったら、そういった記録に残る方がむしろおかしいんじゃないですか?今、イラクみたいに誰もかれもビデオ持ってる時代じゃないので、かえって写真があった方がおかしいぐらいじゃないですか。これで全くないという事は果たして断言していいかどうか、、」

東中野氏ですから今、写真をですね、ひとつひとつ検証してるわけです。そのことと、南京で虐殺があったかなかったかという話は別次元の話なんですね。別次元の問題としてまたこれは論ずべきなんです。

これは、あくまでもひとつの歴史の研究として、どうしてもこれは避けては通れない検証作業なんですね。で、今までそれが放置されていたという事でございますから。真を写して入るものだとばかり思ってですね、みんなうーんそうだと思って、、」

たかじん「先生はそうじゃなくて、写真は写真として、ちゃんと事実を分別してかなあかんと、、ってことですね、はいはいはい。」

6a8e1229.png

遙氏という事は、一枚残らずね、真実の写真がなかったという立場ですか?」

東中野氏私共はですね、手に入る写真を全て手に入れました。そして、あったなかったという事とは別として、この写真は果たして真実なのかどうなのか、疑問点、矛盾点はないのか、それからこの一枚の写真はどこで初めて出てきたのか。初出?はどこなのか、どういう風に使われていったのかという事を全部綿密にまぁ押さえたわけです。

ですから一番最後の巻末にですね、こういった一覧表を載せておりますが、これは一枚の写真がどの雑誌に使われたのかという流れ図であります。

で、この結果ですね、私共が分かった事は、その1938年7月、南京陥落から8ヶ月後のこの支那事変・日中戦争1周年の年に、中国の国民党宣伝部が出版した戦争プロパガンダの本。この本に初めて写真が出てきたという事です。しかも今言いましたように、写真説明を改竄して載せていると。こういった事がですね、初めて明らかになってきたわけです。」

三宅氏「それは、どういう写真かちょっと説明してください。」(後半につづく・・)

正直デーブの横槍がウザかったです。この人に、日本人のメンタリティーは一生理解できないと思う。

そこが、ロバート・キャンベルさんやパトリック・ハーラン(パックン)との大きな違いだと思います。

不用意に韓国の「冬ソナ」の話してたけど(後半で)、韓国だって同じ構造、白髪三千丈なんですよ。必見です!↓

《韓国反日記念館の実態(蝋人形のウソ)、日本の冤罪》より一部抜粋

Photo_13

●下は日本人が死刑にした愛国烈士の名前が載っている

ところがね、日本は36年間でひとりも政治犯として死刑にしていない

3.1運動で最高が懲役3年。しかも1年半で出てきているので、彼らは日本が去った後に、他の強盗殺人・強姦殺人で死刑になった人達の名前を拾ってきてこういう風にしている。(えっ?!じゃあ関係ない?) 関係ない。1人も死刑にしていない。

日本は外地でも戦前に1人も死刑にしていないので嘘八百もいいとこ。」

おまけ 遙洋子が言っていた「南京大虐殺」の騒ぎの元を作ったのがこの人

本多勝一本多 勝一  実にアカヒらしい人ですよねぇ・・

にほんブログ村 テレビブログへ
にほんブログ村
 ←ちょっと共感!の方はポチッとよろしく