本多勝一

2015年10月12日15:22#南京大虐殺 虐殺されたハズの南京市民と日本兵のほのぼの画像・映像 & 南京を知るジャーナリスト達の証言 (拡散希望)

「虐殺されたはずの南京市民」という動画、何度か紹介しましたが、拡散して頂きたく、文字起しして記録しましたの際「ジャーナリストの見た南京」という動画も紹介。

人さし指特に「いわゆる南京大虐殺」はあったと思っている方に是非見て頂きたい。

一旦、頭を真っ白にしてご覧ください。

1937年(12年)12月13日 南京

Photo Photo_2

中国門爆破の瞬間  中華門へ50mに迫って攻撃する野砲陣。 手前は一番乗りに待機する部隊

1937年(12年)12月13日 南京城陥落

Photo_3 4

12月14日 南京陥落の翌日

最後まで踏みとどまっていた南京市民が防空壕から出てほっと安堵の表情を浮かべる。「もう大丈夫」と手を差し出す日本兵 『アサヒグラフ』

5 6

12月15日(南京陥落から2日目)

15日は自宅で食事を作れなかったため水餃子を食べる難民が多かった   (撮影 佐藤振寿氏)

南京安全区付近の露店にて日本兵も水餃子と食べている (撮影 佐藤振寿氏)

7 8

安全区の南京市民たちは、日本人を恐れることなく従軍カメラマンの前に立った(撮影 佐藤振寿氏)

安全区の外の道路で、自家菜園の野菜を売る南京市民(撮影 佐藤振寿氏)

9 10

安全区にて。誰も日本人を恐れていない。(撮影 佐藤振寿氏)

家がない難民は、安全区の中にバラックを建てて住んでいた。

日本の従軍カメラマンがそばにいるというのに子供たちを安心して外で遊ばせている (撮影 佐藤振寿氏)

12月16日(南京陥落から3日目)  

11

たった一人の父親が支那軍に拉致され天涯孤独となった中国人の少年。
親切にされた日本兵の傍らを離れようとせず、「何でもするから東京に連れて帰ってくれ」と せがんでは、兵隊さんたちを泣かせている。
『アサヒグラフ』

12月17日(南京陥落から4日目)松井石根大将 南京入城

12 13(映像)

「日本軍万歳」を叫ぶ南京の避難民  『支那事変画報』

14 15

すっかり日常を取り戻した南京市内  『アサヒグラフ』

17日の入場式が終わると、日本軍が南京市民にお菓子を配り始めた (撮影 佐藤振寿氏)

16 17

日本兵からお菓子をもらう南京市民   朝日新聞『支那事変画報』 

日本兵と車のおもちゃで遊ぶ子供たち  すっかり安心しきっている 『アサヒグラフ』

12月20日(南京陥落から7日目)

18 19

陥落から1週間後の南京市内     朝日新聞『支那事変写真全集』

12月27日(南京陥落から14日目)

支那兵の手当てをする日本衛生兵   朝日新聞『支那事変画報』

Photo_4 21

子供たちの治療をする日本軍     『アサヒグラフ』

南京市民はすっかり活気を取り戻していた  『アサヒグラフ』

南京陥落直後、12月南京安全区 (映像)

22 23

中国は、12月13日からの2ヶ月間で、日本軍が南京で30万人の民間人を虐殺したと主張している。

当時の南京には、世界各国の報道記者が特派員として派遣されていたが、虐殺を報道した報道機関は1社もなかった。 目撃したという記者もいない。

24 25

日本軍が南京に入り、治安が回復されていったようすが この映像からもよくわかる。

南京市内の道路の復旧工事に汗を流す日本の兵隊

26 27

街頭に張られた 親日ポスター 日本軍の占領によって治安が回復したことを聞き、 南京へ戻ってきた人々

28

南京陥落時の南京の人口は約20万人であったが、日本軍が占領した翌月、938年1月の人口は5万人増えて、25万人になっている。

『大虐殺』の真っ最中だとしたら人々は南京から脱出しようとするはずである。

南京陥落から18日目 1938年(昭和13年)元旦

(映像)

29 30

31

戦後語られている「南京大虐殺」の期間中の南京市内の映像   笑い声をあげて爆竹で遊ぶ南京の子供たち  横を日本兵が通り過ぎてゆくが誰も気に掛けていない

32 33

南京陥落から2か月

朝日新聞が撮影した、2月中旬の南京城内   『アサヒグラフ』

周囲の南京市民も皆、こちらを向いて微笑みかけており

日本の従軍カメラマンをまったく警戒していないことがわかる『アサヒグラフ』

34 35

日本は南京に医療班を派遣し、市民に無料で種痘の予防接種をしていた。   『支那事変画報』

予防注射や種痘をしてもらい「謝謝、謝謝」と喜ぶ南京市民。『支那事変画報』

36

虐殺されたはずの南京市民  あなたの常識で判断できる  「南京大虐殺」の虚構------  以上

「当時の南京には、世界各国の報道記者が特派員として派遣されていたが、 虐殺を報道した報道機関は1社もなかった。 目撃したという記者もいない。」としてありますが、朝日新聞には当時の南京の記事・写真が山ほどあるでしょうね。

いわゆる南京大虐殺を真っ先に否定するのが真のジャーナリズムなのでは(;一一) 右

《ジャーナリストの見た南京の証言 元朝日新聞編集局長・細川隆元「虐殺なんて絶対にない」》 より

Chinaが「南京事件」と「(従軍)慰安婦」をユネスコ記憶遺産に登録申請したり、 国家行事に引き上げた「南京事件」記念式典を習近平国家主席が初めて出席して演説したと、 来年、「抗日戦争勝利70周年!」の大・大キャンペーンやる気マンマンなので、 "ジャーナリストが見た南京の証言" 動画を記録しました 

南京大虐殺はあったと思う人こそ見てほしい。

79419a9b.png893b8f06.png5f04ea7e.png
●大阪朝日新聞 山本治 上海支局員の証言
全然見たことも聞いたこともありません。夜は皆集まりますが、そんな話は一度も聞いたことはありません。朝日新聞では話題になったこともありません。」
c68cfe4a.png
●東東京朝日新聞 橋下登美三郎 上海支局次長の証言
朝日新聞からは50人近く参加したと記憶している。私が全体の指揮をとっていた。南京の事件ねぇ、私は全然聞いてない。もしあれば、記者の間で話題に出てるはずだ。噂として聞いたこともない。
朝日新聞では現地で座談会もやっていたが(虐殺が)あったのなら、露骨でないにしても抵抗があったとか そんな話が出るはずだ
bda6169d.png
●東京日日新聞 金沢喜雄カメラマンの証言
「私は南京に1ヶ月いましたが、虐殺をみたこともなければ兵隊から聞いたこともありません。松井(石根)大将が死刑になったのも不思議で仕方がないのです。」
b99a345a.png
●東京日日新聞 佐藤振寿カメラマンの証言
「虐殺があったと言われていますが、16、17日頃になると小さい通りだけでなく、大通りにも店が出てました
また、多くの中国人が日の丸の腕章をつけて日本兵の所に集まってましたから とても残虐行為があったとは信じられません。」
62aec91e.png
朝日新聞が「中国の旅」という連載で 南京では残虐があったといって中国人の話を掲載しましたが 
その頃、日本には南京を見た人が何人もいるわけです。なぜ日本人に聞かないで、あのような都合の良い嘘を載せるのかと思いました。」
b8bbb55d.png
●報知新聞 二村次郎カメラマンの証言
南京にいる間、見たことがありません。どういう虐殺なのか、私が聞きたいぐらいです。」
84260a88.png
●細川隆元 元朝日新聞編集局長の証言 1986年8月10日TBS「時事放談」にて
「わしが朝日新聞の編集局長であった時だ。南京に特派した記者たちを集めて南京に虐殺事件があったとかどうとか噂を聞くが本当はどうだ、と一人一人に聞いてみた。
全然そのようなことは見たことも聞いたこともありません、というはっきりした返事だった。何万、何十万なんていう虐殺など絶対にない。絶対になかったと、わしは思う。  以上

人さし指ちなみに朝日新聞連載の「中国の旅」と松井石根大将が死刑になった話、三宅久之氏の解説もどうぞ右

《「南京大虐殺と反日プロパガンダ」写真検証、デーブ・スペクターはリトマス試験紙(前半) 【たかじんのそこまで言って  委員会】》より抜粋

・・宮崎氏「だからね、例えば、ユダヤ人大虐殺って600万人と言われてますよねぇ、これはもう世界中が大半の人が認める大虐殺。これは英語ではジェノサイトですよねぇ、つまり民族を滅ぼすと。さっきの世界遺産の例を見てもわかるように、そのアウシュビッツと同列に置こうとしてる、南京の問題をね、南京事件を。それは違うっていうのは然るべき批判だと思うけどね。」

eabd83ae.png

遙氏「元々、論争になったのは何でかって言うと、えーっと昭和46年か7年かな、えーっと、朝日新聞にシリーズで出た、中国への旅(中国の旅)とか言う、(本多勝一!:宮崎) 本多勝一さんの書いたね、あのシリーズがきっかけで、『えっ?!日本はそんな事してたの?!』って、

あの段階から南京大虐殺って言葉がでてきてるわけですよねぇ。そっから論争が始まって、そっからですよ、人数の問題も、いや実はジェノサイトと似たケースなんだって問題も、いろんな論争が出てきてる、、」

三宅氏「数の事なんかはねぇ、その、遙さん、アンタ聞いたようなことを言うけどけどねぇ、(聞いたからゆうてたんですよ(笑):遥)

ねぇ、いわゆる戦闘行為をやったわけですよね、で、南京城をね、その松井石根を総隊長とする攻撃をする時でもねぇ、ビラを撒いてね、つまり『攻撃するから逃げるものは逃げろ』とかってやってるわけですよ。それから入ってるわけだ、ね。

23

その攻め始めてからねぇ、その要するに、その国民政府軍が、軍服を脱いで、ラーベというドイツ人が管理してたる国際安全区の中に逃げ込んだわけですよ、みんな、ね。だからそれは要するに便衣隊と言ってゲリラになるわけだ。民間服着て。だからそれを全部徹底的にやっぱりそれは洗い出すわけですよ。だって自分ら後ろからやられちゃ困るから。

その中でね、軍人じゃない者を処刑したのはあったかも分からないと、私も思いますよ。だけどね、意図的にね、30万人殺すなんて、考えてみなさいよ、もう全部死体だから。でねぇ、、」

デーブレイプの話はどうなんですか?三宅さん、レイプは? レイプは?それ、、」(話の途中で割って入り)

三宅氏「レイプの話してんじゃないっ 順番に聞けっ! 攻撃の話をしてるんです。

それでねぇ、そん時に松井石根という大将がだねぇ、2回に亘って、内外に記者会見してるんだけど、その会見の時に30万人殺したなんていう責任追及は一言も出てない。(もちろん:宮崎) 日本人の記者が出さないなら分かるよ、情報統制して。アメリカ人やいわゆる当時、敵性国家だった欧米のマスコミも質問してないんだよ。(じゃあ分かった:デーブ) だからなかったということでしょうが!!あれば必ず質問するでしょう!!」

デーブ「ちょっとそれ、30万どうのこうの、さて置いて、例えば236部隊とか、色んなあの、人物実験とか、色んな残酷な行為あったって事はありますよねぇ、。そんなのも一切ないわけですか?

三宅氏「そんな話、、今、南京大虐殺の話をしてんだよっ!

デーブ「いや違う。それと関係してくるんですよ。」

三宅氏「関係してくるか!!南京大虐殺があったかなかったかの話だ!」・・・

 

《朝日新聞が「南京事件」を「南京大虐殺」として火をつけた本多勝一の「中国の旅」とは》より

Photo

 

関連記事

「南京大虐殺」を世界記憶遺産に登録したユネスコは、中立・公平であるべき国際機関として大問題!

中国中国政府が申請していた、「いわゆる南京大虐殺文書」を、事もあろうにユネスコが世界記憶遺産に登録した事に、

日本日本政府は、「中国の一方的な主張に基づいて申請されたもので、完全性や真正性に問題がある事は明らか」「日本政府が随時、申し入れを行ってきたにも関わらず登録された事は、中立・公平であるべき国際機関として問題であり、極めて遺憾だ」日本政府はユネスコを厳しく批判していますが、人さし指当然です。

私が「いわゆる南京大虐殺」がなかったと知ったきっかけは、8年前の【たかじんのそこまで言って委員会】でタブーに挑戦するとした特集でした。

それから、ネットで色々と自分なりに調べて、中国のプロパガンダだったと納得したので、今回のユネスコ登録は「はぁ なんで ありえない・・・」という気持ちでいっぱいです。

この際、未だに中国のプロパガンダに乗せられている人に早く気付いてほしく、私が目覚めた記事の一部を紹介します・・・

 

【中国の急所】 南京大虐殺と酷似の、日本人虐殺『通州事件』が、日本の教科書掲載の件!

中国が、いわゆる南京大虐殺資料をユネスコに登録しましたが、

それは中国が現地日本人に対してやった【通州事件】の虐殺のやり口と一致します。

その日本人の多くも知らない【通州事件】が、つくる会の教科書に載るのをご存知ですか?(しかも、南京大虐殺は記述なしで)

今年春に、西尾幹二氏と小林よしのり氏がその教科書改訂の件で議論していたので改めて紹介します

人さし指櫻井よしこ氏曰く『中国政府の急所は、自国の歴史認識に他ならない』との事。

この際、【通州事件】を日本国民の共通認識にするべき。

 

追加記事

«【南京大虐殺】元海軍軍人・深井俊之助(104)さんの証言「支那は略奪・強姦平気でやる、日本人はしないから歓迎されていた」【#虎8】 »2018年12月 5日

深井氏「とーんでもない。子供が街に出てこう旗振って遊ぶ位だから静かなもんだったんだよ。

7 8


にほんブログ村 テレビブログへ
にほんブログ村
 ←ちょっと共感!の方はポチッとよろしく   



2015年01月19日11:13【風刺問題】2006年週刊金曜日主催市民集会の皇室中傷・侮辱芝居 (佐高信・本多勝一・中山千夏・永六輔)

TBS【サンデーモーニング】(1/19)で、

001

佐高信がフランスの風刺画に関して、「風刺・ペンが向かう先は強者でなくてはならず弱者に向かってはならない」 「笑いは”こわばり”をほぐすもの。あれはそれではない」 と偉そうにコメントていたんですが、

ならば、9年前のアレは!?と思い出しちゃいました(;一一)

人さし指2006年、『週刊金曜日』主催「ちょっと待った!教育基本法改悪 共謀罪 憲法改悪 緊急市民集会」において、皇室を中傷・侮辱した芝居です。

知らない人の為に、【マスゴミ】週刊金曜日による皇室中傷・侮辱芝居【反日】 に記録されたものを書き起こしましたキチガイですよ、もう・・勝ち誇り

「陛下のガンも笑いのネタにした皇室中傷芝居」(週刊新潮12/7号より抜粋)

1_3 2jpg

その瞬間、あまりの下劣さに観客も凍りついた。11月19日、日曜日。東京の日々や公会堂で開かれた『週刊金曜日』主催の「ちょっと待った!教育基本法改悪 緊急市民集会」である。

会場を埋めた2000人近い観客の前で、悠仁親王は「猿のぬいぐるみ」にされ、天皇陛下のご病気もギャグにされる芝居が演じられた・・・

3jpg 4jpg

6jpg 7jpg

 その日、東京は冷たい秋雨が降っていた。
 高橋尚子が参加した東京女子マラソンがあり、交通規制が都内に敷かれていたその時間に、日比谷公園の一角にある日比谷公会堂でそのイベントの幕は開いた。

 安倍政権への対立姿勢を鮮明にする左翼系週刊誌の「週刊金曜日」が主催する緊急市民集会である。

 同誌の本多勝一編集委員の挨拶から始まった集会で、問題のパフォーマンスがおこなわれたのは、午後2時半頃からである。司会を務めるのは、同誌の発行人でもある評論家の佐高信だ。

 「えー、今日は特別な日なんで、とても高貴な方の奥さんにも来ていただきました。この会場のすぐ近く、千代田区一丁目一番地にお住まいの方です。」
 佐高氏がそう言うと、舞台の右袖から、しずしずと美智子皇后のお姿を真似たコメディアンが出てきた。

Photo_4
 黒いスカートに白のカーディガン、頭には白髪のかつらと、帽子に見立てた茶托を乗せている。そして、顔は前面だけおしろいを塗って女装した男である。会場は拍手喝采だ。
 「本日は雨の中、多くの国民が集まっている中、何の集会だかわかりませんが」
と切り出すと、大きな笑いが起こった。

 「そう言えば、先日、主人と一緒に、ソフトバンクの王貞治監督にお会いしたんです。王さんは”日の丸のおかげで優勝できました”と仰っていましたが、この人が日の丸のおかげなんて言うのは、おかしいんじゃありませんか? 」
 そう言ってコメディアンは笑いをとった。先日の園遊会で、王監督が、天皇陛下に話した内容を皮肉ったのだ。続けて、

 「そう言えば、去年は皇室典範を変えるとか変えないとかで、マスコミが随分騒がしかった。でも、ウチの次男のところに男の子が生まれたら、それがピタッとおさまっちゃいましたね。」
悠仁親王のことを話題に。そして、
 「今日は、実はその子を連れてきてるの。ちょっと連れてきて」
と言うと、スタッフが舞台の下からケープに包まれた赤ちゃん人形のようなものを壇上の”美智子皇后”に無造作に手渡した。
 よく見ると、猿のぬいぐるみである。
 ”美智子皇后”は、そのぬいぐるみに向って、
 「ヒサヒト!ヒサヒト!」
と声をかけながら、その猿の顔を客席に向けたり、ぬいぐるみの腕を動かしたりする。場内は大爆笑。
 大受けに満足の”美智子皇后”の芝居は続く。
 やがて、抱いている猿のぬいぐるみに向って、
 「ヒサヒト!お前は、本家に男の子が生まれたら、お前なんか、イーラナイ!」
と叫んで、舞台の左側に
ポーンと放り投げるパフォーマンス
演じられた。

 だが、このシーンで場内は静まり返った。
 若者の中にはクスクスと笑いを漏らす者もいたものの、さすがにここまで来ると観客の大半が凍りついてしまったのである。

 そして、ここで登場したのが「話の特集」の元編集長でジャーナリストの矢崎泰久氏と、作家であり、タレントでもある中山千夏さんだ。二人は、何十年もの間、行動を共にしている”同志”である。

静まりかえる観客

 「これはこれは。さる高貴な方の奥さんではないですか。その奥さんに聞きたいことがあるんです。」と、矢崎氏。
 「天皇なんてもう要らないんじゃないんですか。天皇なんてのは民間の邪魔になるだけでしょ?」と聞く二人に、”美智子皇后”は、
 「あら、アタシは民間から上がったのよ。」と、応える。

 中山女史が、
 「そもそも天皇になれるのが直系の男子だけという方がおかしいでしょ?男でも女でも、長子がなれるようにすべきじゃないでしょうか。それで、ハタチぐらいになったら、本人の意思で天皇になりたければなり、なりたくなければ一般人になってそれで終わり。普通の市民のように選挙権も持てるようにすればいい。そうしていけば、天皇家というウチはなくなります。」と持論を展開。

 すると、矢崎氏が、
 「そう言えば、今日はご主人が来てませんね?」と”美智子皇后”に尋ねる。
 「ハイ。」
 「どこか悪いの?」と、矢崎氏
 「ハイ。知っての通り、病でございまして。マエタテセン?じゃなかった、エーと、あ、そうそう、前立腺を悪くしまして。あまり芳しくないのですよ
 「それはご心配でしょうねえ」
 「そうなんです。」
 そんなやりとりが続いた後、突然、矢崎氏が、
 「それで、あっちの方は立つんですか?」と、聞く。
”美智子皇后”は面食らいながら、
 「私の記憶では・・・・・出会いのテニスコートの時は元気でございました」と、応える。

 場内は、シーンと静まり返った。天皇のご病気までギャグにされたことで、さすがに観客がシラけてしまったのだ。

 「笑い声なんてなかったですよ。何て下劣なことを言うのか、と思わず拳を握り締めてしまいました」と当日、イベントに参加した観客の一人がいう。

 「その後も園遊会で来賓とお話しする両陛下の物真似で、笑いをとっていましたね。憲法や教育基本法の集会だと思っていたのに、結局、この人たちがやりたかったのは、安倍晋三のこきおろしと、皇室を中傷することだけだったんですね」

だが、呆れるばかりの内容は、まだ続いた。

今度は、元放送作家でタレントの永六輔氏が舞台に登場。永氏は、

 「ここ(日比谷公会堂)は、昔、社会党の浅沼稲次郎さんが刺殺されたところなんです」

 「君が代は、実は歌いにくい曲なんですよ」などと語り、アメリカの『星条旗よ永遠なれ』のメロディーで『君が代』を歌うというパフォーマンスを見せるのである。

当日、集会に来ていた白川勝彦・元自治大臣がいう。

 「永六輔さんが、はっきりとした歌声で君が代を『星条旗よ永遠なれ』のメロディーで歌いました。うまかったので、自然に聞こえましたよ。へえ、こういう歌い方があるんだ、とびっくりしたというか、妙に感心してしまいましたね」

君が代を『星条旗よ永遠なれ』のメロディーで歌うーーーーそれは、この緊急市民集会とやらの”正体”がよくわかるものだったのである。

”反権力”に酔う人々

今回、”美智子皇后”を演じたのは劇団『他言無用』に所属する石倉直樹氏(49)である。永六輔しに可愛がってもらって、全国各地のイベントで活躍している芸人だ。

 「僕たち(注=メンバーは3人いる)は、テレビではできないタブーに切り込む笑いをやっているんです。持ちネタは、色々ありますよ。杉村太蔵橋本龍太郎、それに創価学会だって、やってます」

と、石倉氏がいう。

 「中でも最近は美智子様の芸が目玉になってきていますね。実はお笑い芸人として活動を始めた頃、ちょうど昭和天皇がご病気になって、歌舞音曲は慎め、と仕事が次々キャンセルされたことがありましてね。その時、これはおかしいぞ、と思いました。16年経った今も、お世継ぎがどうのこうの、とやっている。何とも言えない怖さを感じます。美智子様のことは好きなんで、できれば綺麗に演じたいんですけどね」

悠仁親王猿のぬいぐるみにしたことには、

 「この小道具はよく使うんです。普段は、名前をそのまま言わないんですが、あの集会では、ついフルネームで言ってしまいました

(ご病気については)矢崎さんと中山さんに下ネタをふられ、乗せられてしまいました。僕は基本的に下ネタは好きではない。永六輔さんには以前、さんがやっておられた渋谷の劇場にも出させてもらいましたし、去年は沖縄公園にも京都のコンサートにも出させてもらいました。京都では、僕が皇后で、さんが侍従の役で、色々やりましたよ。僕自身は、これを(市民)運動としてやっているつもりはないし、あくまで自分が面白いと思うことをやっているつもりです」

お笑い芸人としてタブーに挑戦するーーー石倉氏は腹を据えて演じているらしい。

だが一方、司会を務めた佐高氏の反応は全く違う

皇室を中傷する劇?いやいや、そもそも劇の中で皇室なんて一言も言ってませんよ

と、こう語るのだ。

「あくまで、”さる高貴な奥様”としか言ってないんですから。だから皇室の中傷などではありません。それは受け取る側の見方ですから、こちらがコメントする理由はありませんよ。そんなことを言うなら核議論と同じで、こっちも封殺するな、と言いたいですね」

永六輔氏は、なんと言うか。

「僕はあの日、3時に来いと言われて会場に向かったんですけど、車が渋滞して遅れ、3時半に到着したんです。だから、そのコント自体、見てもいないし、全然分からないんですよ。だから、『週刊金曜日』に聞いてくださいな」

と、知らぬ存ぜぬだ。

石倉氏に比べて、二人は何とも歯切れが悪い。矢崎氏と中山女史に至っては、取材申し込みに対して、梨の礫だ。

永氏は、かつて、童話『七つの子』など野口雨情の名作を根拠もなく「強制連行された朝鮮人の歌」などと言ってのけ、関係者を激怒させた”前科”がある。

その関係者の一人、作曲家のすぎやまこういち氏は、今回のことをこう語る。

 「そうですか。まだ(氏らは)そんなことをやっているのですか。呆れますね。下品です。自分に置き換えて考えてみればいい。自分の孫が猿のぬいぐるみにされて、放り投げられたり、病気のことを揶揄されたりしてごらんなさい。人権に対する意識も何もない。彼らは、いつも人権、人権というくせに、実はそれが彼らの正体なんですよ」

 主催者である「週刊金曜日」の北村肇編集長は、同志の編集後記でこの集会の模様をこう記している。

 <冷たい秋雨の中、二〇〇〇人近い人びとが集まった。不思議なほどに穏やかな空気が会場には流れ途切れなかった。永田町の住人に対する、満々たる怒りを深く共有しながら、しかし、そこに絶望はなかった>

 ”反権力”とやらに酔った人々-彼らにつける薬は、果してあるのだろうか。以上 

8_3 9_3

まさに”反権力に酔ってる”だけの自己満足にしか見えない。

Photo_3

こんな事やって国民の共感が得られると本気で思ってるんだろうか?

で、「さる高貴なご一家の奥様」シリーズは週刊金曜日お抱えネタのようで、少なくても2001年からやってたようです右

風刺漫画

 隔週掲載の1コマ漫画が、今週号(396号〔1月25日〕)から「金曜アンテナ」欄に登場します。作者は、フリーエンターテイナーの石倉直樹さんです。

 石倉さんは、米ニューヨークでパントマイムを学び、社会風刺コント集団「ザ・ニュースペーパー」をへて、フリーエンターテイナーとして活躍しています。また、本誌「虫メガネ」でおなじみの松崎菊也さん、松元ヒロさんの3人で、「他言無用プロジェクト」を結成し、鋭い社会風刺を繰り広げています。

 昨年11月3日の「『週刊金曜日』創刊8周年”大演会”」でも、他言無用プロジェクトの3人は抱腹絶倒のコントを披露してくれました。なかでも、石倉さん演じる、「さる高貴なご一家の奥さま」は絶品で、会場の爆笑を誘っていました。

 イラストでは、最新の出来事をユニークな視点で切り取っていただきます。コントとはひと味違った社会風刺をお楽しみいただければ幸いです。

で、結局ことの顛末 は・・・右

最終的に同誌は、佐高信発行人および北村肇編集長名にて「人権及びプライバシー上、一部の表現に行きすぎや不適切な言動があったことで、誤解や不快の念を生じさせてしまいました。集会主催者として配慮を欠いたことを率直に反省しおわびするとともに、今後開催する集会等の運営には十分に留意をしてまいります」との見解を示し、誌面上で謝罪・反省の記事を掲載した。》

Photo

人さし指以前、朝日ニュースター という局があり、アカヒ記者やOB、在日や反日日本人をいっぱい投入し、朝日新聞社の中から放送していました右

アカヒの電波工作。朝日新聞大株主のCS放送局「朝日ニュースター」とはより

・・今日は、その反日偏向番組のいくつかを紹介します

それぞれの番組のメインの司会者が、辛淑玉シンスゴ)・葉千栄・・金慶珠上杉隆・青木理・金子勝・愛川欽也・・

サブが・中山千夏永六輔・下村満子・荻原博子・落合恵子・吉永みち子・重信メイ・中村うさぎ・二木啓孝・佐高信石坂啓・・

というラインナップ。今思えば、皆アカヒマインドのオンパレードだったなぁ・・・(遠い目)

人さし指それもそのはず、この朝日ニュースターの主要株主は
朝日新聞社 83.2% (2011年3月31日時点) テレビ朝日 朝日放送 という構成ですから。

で、ボヤキがてら、朝日ニュースター カテゴリー作って記録してましたふっ

例えば、このニコニコ大辞典の『パックイン』解説 でなんとなく全体像も分かって頂けるかと右・・・

もう類友ですよね(呆)

Images4gcx0kp2

こういう構図なので、週刊金曜日はアカヒの補完勢力だと思っていました。

サヨクの批判するヘイトスピーチって、韓国・朝鮮・在日に向けてのものだけだし、独善で勘違いも甚だしい集団。

他を侮辱する下品さからして・・そもそも週刊金曜日って日本版(例のフランスの風刺週刊紙)「シャルリー・エブド」かもね。

そんな集団の人達が、テレビコメンテーターとして偉そうにコメントしている日本のテレビ業界って本当に異常ですふらふら

佐高信が「ヘイトスピーチとレイシズムを乗り越える国際ネットワーク」共同代表って・・笑えない冗談ですね。

関連記事右

《朝日新聞が「南京事件」を「南京大虐殺」として火をつけた本多勝一の「中国の旅」とは》

2ヶ月前、Chinaが"南京事件"と"(従軍)慰安婦"をユネスコ世界記録遺産に申請しましたが、

人さし指そもそも「南京大虐殺」というのも、朝日新聞記者だった本多勝一の書いた「中国の旅」が発端です。・・

 

風刺画と表現の自由・「私はシャルリ」現象と岸井氏のコメントに違和感 【News23】2015年01月13日

005_3

岸井氏「・・あの規模には本当に驚きましたよねー。、フランス革命以来200年以上ね、大切に守ってきた、言論表現の自由、それが危機に見舞われているとそういう状態でしたからね、その危機感の表れだと思うんですよね。

また世界が反テロで団結した歴史的な日にもなったと思います。

だから私達日本人もこれを機に、言論・表現の自由がいっかに大事か、そういう事を再認識するそういう機会にしたいと思うんですよねー。」

にほんブログ村 テレビブログへ
にほんブログ村
 ←ちょっと共感!の方はポチッとよろしく   



2014年09月18日16:31#朝日の三ホンダ 故・中川昭一氏VS朝日新聞OB・遠藤正武氏のバトルで見える、朝日新聞の庇い合い体質【ニュースの深層】

2006年5月放送分の、CS朝日ニュースター【ニュースの深層】という番組で、

上杉隆がキャスターの日、ゲストの中川昭一氏と朝日新聞OBの遠藤正武とのバトルが、朝日新聞内部の庇い合い体質をよく表していたのを思い出したので、文字起こしして記録しました(やや要約)

人さし指NHK番組改変問題「朝日新聞虚偽報道」事件を知らない方も(あとで解説しますが)とりあえず読んでみてください。

1_8 2_7
杉隆氏「・・えーっと、今日は番記者の方もかなり多数別室に来てご覧になっていると思うんですが、まず本題のBSE・食の安全に入る前に、どうしてもちょっとジャーナリストとして1つだけ伺いたいのがありまして。

3_5 4_7

実はここ【ニュースの深層】の建物は朝日新聞の中にあります。

で、えー、朝日新聞というと丁度今から1年位前、NHKの番組改編問題に関して中川さんの記事が出ました。これですね。

5_6
まあ番組改編が。NHKの番組に事前に、中川さんが介入して結果として圧力をかけたという(朝日新聞の)記事なんですが、まっ率直なところこれ圧力をかけたんですか?

6_7

中川昭一氏まっっったく事実無根ですね。

突然、朝日新聞の社会部の記者が、私が長崎に居る時に電話かかってきまして、何年も前の話で突然電話が掛かってきたもんですから、こういう民間団体の模擬裁判をNHKが放送するという事の記憶はありましたけれども、確か放送は1月30日だったと思いますけれども、それに関心を持っていた事は事実ですけども、曖昧な記憶だという事を、その記者に申し上げたらこういう風(大騒ぎ)になって。

徹底的に調べた結果、NHKの人が予算の関係で私の所に来たのは2月の2日だったと思います。3日だったかな。」

上杉氏「2月の3日、放送の後っていう事ですか?」

中川氏「ええ。に、お会いしたという事がもうハッキリしました。その後この記者、私が一度会いたい、公開の場で会いたい、って言っても一切逃げて出て来ない

卑怯ですね。どうぞ出てきて、今からでも遅くないから出てきて下さい。逃げまくってますね。社を挙げて守っているんじゃないの?これ。」

上杉氏「そんなことは・・まあ私、朝日の人間ではないんですけど、」中川氏「じゃあ貴方が言うことない(笑)」

7_6

上杉氏「そうですね(笑)、まあ基本的には率直な印象としては中川大臣もまあ今日ここで言ってますし、また安倍官房長官に関しては、同じように記者会見の中で、、」

中川氏完全に私の場合は後に会ってるんですから。それが違うんだったら、どうぞジャーナリストの良心があるんだったら、きちっと証明してください。ええ、逃げまくってますよ。この人は。」

8_5

上杉氏まあこの記者の方はまだ朝日にいらっしゃるんで、是非【ニュースの深層】に出て反論して頂きたいと思います」

中川氏「・・しかも昇進してるとかいうからねぇ。」上杉氏「昇進?そうですか(笑)」

中川氏名前言ってもいいけどね、この場でね。」上杉氏「まあ火曜日8時、是非この記者の方は来て頂きたいですね。」

中川氏「おお、ここで対談やらしてください。是非やらしてもらいたい。」

上杉氏「はははは、次回。お呼びして・・・よろしくお願いします」

中川氏「ここで堂々とやりたいね。 逃げまくるなと。一年半、、」

ここからは最後の〆の場面です。朝日新聞のOB(遠藤正武)と中川氏のバトル。

9_5 10_6

上杉氏「大臣から色んな話を伺いましたが、どうですかね?大臣のお話。」

遠藤正武氏「そうですね、あのねぇ、非常に為になるね、興味のある話を聞かせて頂いたんですけど、

冒頭の話でね、やっぱり朝日新聞と中川さんと安倍さんと、まあ非常に対立した関係にある・・・今でもあるんですけども、その話が出たので、(微妙な問題ですから)それでまず最初にこういう問題のある中で中川さんがスタジオに来て頂いた事について凄く感謝して、、」

11_5

中川氏「いや別に朝日新聞と私が対立しているんじゃないですよ。朝日新聞の中の、ごく一部の、、」 遠藤氏「そうなんです、うん。」

中川氏マスコミ人とはいえない人間が、卑怯な態度を取っているというだけの話で」

遠藤氏「で、まぁその事についてですね、ぼくも朝日新聞のOBとして全部背負って立つつもりはまったく無いんですが、

そいでもう1つは取材というのは、1人の個人の記者がほんと責任をもってやる事であって、まぁそれを社がバックアップする体制はあるにしても、第一義的にはそういう記者そのものの責任なんですよね。

それで、、我々の常識としては、最初にその記者が中川さんに電話で聞いた時にですね、中川さんが『ああそれ、全く、全くそういう事は無い』とハッキリ100%こう否定されたら、もうあとの質問は無いはずなんですよね。」

中川氏「『4年前の何月何日にねぇ、誰とどういう話しました?』って突然ですね、電話かかってきて答えられます? ボクはそれほど頭良くない、記憶力無いな。だから『私の記憶が間違っているかも知れませんけど、そんな事は無いと思いますよ』と言ったんです。」

12_5

遠藤氏(どろもどろ)「分かりました。だから、あのー、ま、これはそのー、その記者と中川さんでここでやり取り、が実現したとしても、これは言った言わないの事になるので、この問題はあの、もう短い時間の中でとっても議論できないと思うんですが、

あのー、やっぱりその・・今後の事もあると言うかね。今後、記者の質問に対しては、その、NOと言う時は、もう完璧にNOと言って頂ければ、」

13_5

中川氏それを仰るんだったら、裏づけ取ってからやって下さいって事ですよ。じゃあ取材した方の勝ちだと、、反証責任はこっちにあるという事ですか? (いやっ、、)

私はだから反論したんですよ。議員会館の面会票まで出して反論したんですよ。まず時間的に(それは後日、、) そうですよ、だったら訂正すべきじゃないですか。その時はそうだったかも知れないけど、百歩譲ってそうだったとしても、事実関係を私は証明したんだから。の後反論しないまま逃げまくってるんですよあの記者は

それをだから、そういう風におっしゃると会社がそういうのを守っているじゃないか、庇ってているじゃないかと。」

遠藤氏「いや、それはねぇ、バックアップ体制はあるけれども別に守っている訳じゃなくて、、」

中川氏正義は守ればいいんだけど、卑怯を守る必要はありませんよ。」

遠藤氏「だからそのね、彼は"卑怯"であると、、その記者がいうのはね、やはりそれは少し、いくらなんでもね、その人の全否定になる訳ですから、彼はその要するに真実を証明しようとして中川さんにアプローチしてる訳ですから、、」

中川氏だからそれが違ったんだったら、私と党を挙げて 安倍さんも含めて、出来るだけの事をやって、是非公開討論もやりましょうと言っても一切出てこないじゃないですか。」

遠藤氏「だからそりゃ、あのー、一対一で行くというと結局水掛け論になりますからね」

中川氏「だから公の場でやりましょう。」

遠藤氏「だからそう、色んな資料をですね、まだそれは集めている最中です。」

16_4

中川氏「ああ、また反論するわけ。」遠藤氏「いやまぁそれはどうか分からないけれども、、」

中川氏社を挙げて。(そんな事はないですよ、そりゃ、、)あ~じゃあいよいよ裁判という事になっちゃうね、これね。」遠藤氏「それも1つの方法だと思います。」上杉氏「どうもありがとうございました。」

中川氏「んー・・・あまりそういう事を言うとね、っぱし社が守る、あの本田さんを守る、、聞いてる人は守ると誤解されるかも知れないれないから。」

遠藤氏「しかしバックアップ体制がないと、記者が活動できないという事もあります。」

中川氏「だってそれは社の記者だから、最終的には社の責任じゃないですか、そうすると。」

17_2 18_5

上杉氏「この件に関しては私もずっと取材していましたがまっここではとりあえず・・」(時間切れ)以上

人さし指中川さんが意図的に口にした「本田さん」という本田雅和記者は右

Photo_5

本多勝一松井やよりを師と仰ぐ。朝日新聞社に入ったのも、両人に憧れていたためと語る[2]。」

というような人物で、「朝日の三ホンダ」の一角右

Photo_2 Photo

南京事件報道などで有名な本多勝一、1989年のサンゴ捏造記事を書いた本田嘉郎カメラマンと本田雅和記者をあわせて「朝日の三ホンダ」と呼ばれている[17]

また、評価としても、いかにも朝日の記者というカンジ右

朝日新聞社の後輩である烏賀陽弘道も「記者会見でいきなり自分が演説を始めたり、延々と質問をして会見をジャックしてしまう記者は、朝日の先輩で二人いました。本田雅和記者と菅沼洋一郎記者です」と証言している[16](本田は、記者会見で、長時間の質問をする事が多い)。

人さし指で、この番組に出ていた朝日新聞OBの遠藤正武、こっちも凄いタマ。ふらふら

麻生さんがゲストの時に、「竹島の海底の名称を韓国式に変えさせても良いじゃないか、創氏改名したんだしぃ」みたいにグイグイ迫っていました(・・;)

麻生さんに売国を勧める遠藤正武@反日朝日 - nicozon

www.nicozon.net/watch/sm14914748

朝日新聞の記者って・・・正義とか国益とか全然関係ないのが良く分かりますね。何より無礼だし!勝ち誇り

朝日ニュースターは、そういう記者やOB、在日や反日日本人をいっぱい投入し、朝日新聞社の中から放送していました右

アカヒの電波工作。朝日新聞大株主のCS放送局「朝日ニュースター」とはより

・・今日は、その反日偏向番組のいくつかを紹介します[E:downwardleft]

それぞれの番組のメインの司会者が、シンスゴ・葉千栄・・金慶珠・上杉隆・青木理・金子勝・・

サブが・中山千夏・永六輔・下村満子・荻原博子・落合恵子・吉永みち子・重信メイ・中村うさぎ・二木啓孝・佐高信・石坂啓・・

というラインナップ。今思えば、皆アカヒマインドのオンパレードだったなぁ・・・(遠い目)

人さし指それもそのはず、この朝日ニュースターの主要株主は 朝日新聞社 83.2% (2011年3月31日時点) テレビ朝日 朝日放送 という構成ですから。

で、ボヤキがてら、朝日ニュースター (110) カテゴリー作って記録してました。

例えば、このニコニコ大辞典の『パックイン』解説 でなんとなく全体像も分かって頂けるかと右

関連記事右

《NHK「ETV2001  問われる戦時性暴力」番組改変問題も、そもそも朝日新聞捏造記事の波及から》 より

NHK番組改変問題を憶えてますか?

人さし指ザックリ言うと、「ETV2001  問われる戦時性暴力」(2001年放送)で、政治家が介入したと朝日新聞が騒ぎ立て、NHKと朝日新聞が紙面と放送でガチバトルしていたアレです。

私はその番組を見てないけど、当時、サヨク番組で何週にも亘ってずーーっとこの話題を取り上げていたので良く憶えています。(その泥仕合の模様はwiki で)

その番組では、朝日新聞を大応援してNHKと安倍さん・中川さんをボッロクソに言ってました。CS朝日ニュースターの【愛川欽也パックインジャーナル】なんですけどね(笑)・・

何度も過去に記事にしたけど、安倍さん・中川さん・麻生さんの悪口ばかりの二時間番組とか、在日だらけで日本人の悪口ばかりのキモ番組とか・・長年垂れ流しし続けていたなぁ・・・(遠い目)

朝日ニュースターが消滅したのは、ネット社会になって、その人達の言論が通用しなくなったせいだと思います。この中川さんと朝日OB・遠藤氏の議論聞いて確信しました。

にほんブログ村 テレビブログへ
にほんブログ村
 ←ちょっと共感!の方はポチッとよろしく