外国人叙勲

2011年10月24日12:21【世界が忘れない日本の物語】エルトゥールル号遭難事故。トルコを貶めた朝日新聞

トルコは遠く離れた親日国で、近年も日本国民の多くの命を助けてくれた尊敬すべき国です。

トルコの大地震の一報を受けて、どの国より早く日本は救助に向かうべきですね。

エルトゥールル号遭難事件 の逸話をドキュメンタリー番組などでご存知の方も多いと思いますが、その時にも朝日新聞は、ゴミでした。

まず、この関西ローカルの番組を是非ご覧ください。再現ドラマに心打たれます☆

で、その後のコメンテーターの指摘に唖然とします・・【世界が忘れない日本の物語】

(VTR終了後・・・)

たむけん「いや、これは伝えてもらわんと。」

リンゴ「なんかこう、良いことをした方は伝えてなくってね、されたほうだけに伝わっている話、、」

筒井氏「これ、最初マスコミね、トルコがあんな事してくれたのは経済問題で、、そんなこと言ってましたよね。」

井沢元彦氏「そうそうそう!カネの為だとか言ってた。とんでもない話なんです。そういう事をいうマスコミのヤツがいるんです。

・・・・何故トルコが助けてくれたのか、それは日本からの経済援助をあてにしてたり、その経済援助を受けていたからだということを新聞が書いたんですよ。日本の新聞が。」(サイアクや、えー?! うわぁ)

それでさすがにトルコの大使が怒りましてね、で投書したんですよ『我々はこの借りを返しただけだ』って

これはどんなににスゴイことかって言うと、トルコ国民も残ってたわけですよ、600人くらい。それよりも日本人をまず助けてくれた

だから、しかもあの飛行機ってのは、何故日航が行かなかったかっていうと、撃墜されるからですよ。要するに早く脱出しなきゃいけない。ところが外務省がグズグズしていたんで日航機もう行く時間がない。

で、もう切羽詰ってトルコの人に頼んだら、『分かりました』ってやってくれた。」

筒井氏「だけどトルコもギリギリでしたね。危ないとこだった。」

井沢元彦氏「そうです。」(以下 略)

で、そんな非常識な新聞はもちろん・・地球史探訪:エルトゥールル号事件のことさまより(抜粋して赤字強調)

■2.日本・トルコ関係史に無知な朝日
   こうして、もはや万事休すと思われた土壇場、翌20日の朝刊
  に「テへラン在留邦人希望者ほぼ全員出国/トルコ航空で215
  人」という朗報が載った。
    何とトルコ航空機がテへランに乗り入れ、邦人215人を救出
  してくれたのである。
    まさに間一髪であった。掲載された写真には無事脱出できた子
  供たちを含む邦人家族の喜びの顔が写っている。
   さて、ここで考えなければならないのは、なぜトルコが危険を
  冒してまで邦人を助けたのかということであるが、この疑問に対
  して朝日新聞の記事はこうである。
   すなはち日本がこのところ対トルコ経済援助を強化している
  こと」などが影響しているのではないかと、当て推量
を書いてお
  しまい
なのである。
    自国の歴史に無知とはこういうことを言う。日本とトルコには
  歴史的に深いつながりがあるのだ。この記事を書いた記者が知ら
  ないだけである。
    無知だけならまだしも、金目当ての行為であったかのように書  くとは冒涜もはなはだしい。トルコは長いあいだ日本に対する親  愛の情を育ててきた国である。

■3.駐日トルコ大使のコラム■
   その証左として、昨(平成9)年一月の産経新聞に載った駐日
  トルコ大使ネジャッティ・ウトカン氏のコラムを紹介する。
   これを読むだけでも、トルコが何故日本に親愛の情を寄せるに
  至ったか
の消息が明らかになろう。それは日露戦争をさらに遡る
  明治二十三年の出来事に端を発している。
     勤勉な国民、原爆被爆国。若いころ、私はこんなイメージを
    日本に対して持っていた。中でも一番先に思い浮かべるのは軍
    艦エルトゥルル号だ。
1887年に皇族がオスマン帝国(現ト
    ルコ)を訪問したのを受け1890年6月、エルトゥルル号は初の
    トルコ使節団を乗せ、横浜港に入港した。三ヵ月後、両国の友
    好を深めたあと、エルトゥルル号は日本を離れたが、台風に遭
    い和歌山県の串本沖で沈没してしまった。
       悲劇ではあったが、この事故は日本との民間レべルの友好関
    係の始まりでもあった。この時、乗組員中600人近くが死亡
    した。しかし、約70人は地元民に救助された。手厚い看護を
    受け、その後、日本の船で無事トルコに帰国している。当時日
    本国内では犠牲者と遺族への義援金も集められ、遭難現場付近
    の岬と地中海に面するトルコ南岸の双方に慰霊碑が建てられた。
    エルトゥルル号遭難はトルコの歴史教科書にも掲載され、私も
    幼いころに学校で学んだ。子供でさえ知らない者はいないほど
    歴史上重要な出来事だ。
    ここに挙げられたエルトゥールル号遭難に際して、台風直撃を
  受けながらも約70人のトルコ人を救助した地元民とは、和歌山
  県沖に浮かぶ大島の村民
である。

イラン・イラク戦争の逸話は1985年(昭和60年)ですから、95年前の恩を忘れなかったトルコ ということ。

あの頃を生きた日本人が素晴らしいのはもちろんですが、感謝の気持ちが、時空を超えて現代日本人の多くの命を救ったなんて胸が熱くなります。それに対し200­6年春の叙勲で、

別枠の外国人叙勲は21カ国の49人。国別最多はトルコの13人で、
イラン・イラク戦争中の1985年にテヘランから日本人200人以上を救出したトルコ航空特別機の当時の乗務員ら。
小泉首相が今年1月のトルコ訪問で元機長と懇談したのがきっかけとなった。

ということなんですが、20年経って表彰って・・・遅っ(・・;)

今こそ、イラン・イラク戦争の時の恩を全力で返す時です。

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