周恩来

2017年01月06日19:452006年に韓国で初公開された「靖国神社に参拝する朝鮮皇族」の写真

上記の件、2006年の朝鮮日報の記事なんですが、消去されていました。まぁ相当都合悪いんでしょうねぇ。なので、news archivesさまより引用させて頂き、記録しておきます。

あと、渡部昇一氏の「植民地」と「併合」の違いの解説も紹介。朝鮮の李王家の処遇、李垠(イ・ウン)と梨本宮方子妃の結婚がポイントです。

靖国神社に参拝する朝鮮皇族の写真…韓国初公開
朝鮮皇族らが1941年10月に日本の皇族とともに靖国神社を参拝する様子を写した写真が韓国で初めて公開された。
 写真収集家の鄭成吉(チョン・ソンギル)氏(大邱・東山病院博物館名誉館長)は13日、日本の皇族らの靖国神社参拝風景を収めた写真が掲載された『靖国神社臨時大祭記念写真帖』を本紙に公開した。
 1853年の開港以後、日本が行った11の戦争における戦没者、計246万人を祀っているのが靖国神社だ。1978年に東条英機など太平洋戦争のA級戦犯14人が合祀されたため、日本の首相らが靖国を参拝することに対して韓国と中国が強く反発している東アジア外交紛争の現場でもある。

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                                        この写真帖には昨年7月に亡くなった大韓帝国最後の皇世孫・李玖(イ・グ、高宗皇帝の孫であり、英親王の息子/右から3番目)をはじめ、イ・グン(一番右)、イ・チュン(右から2番目)ら朝鮮王族3人が日本の皇族らと並んで靖国神社を参拝する写真が含まれている。イ・グン、イ・チュンは義親王(高宗皇帝の次男)の孫だ。

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                                        のみならず、この写真帖には日本に人質として連れていかれた朝鮮最後の王族・英親王の妃である李方子女史(右から2番目)も登場する。李方子女史は天皇皇后両陛下のすぐ後ろ、2番目の列で靖国神社参拝の列に加わっている。また、王族らの後に続き、太平洋戦争のA級戦犯・東条英機が参拝する姿も写真の中に収められている。
   この写真帖に掲載された写真は皇室専属の写真家が撮影したもので、皇族や祭礼に出席した人にのみ配られる非売品であることが判明している。
 ソウル大国史学科の李泰鎮(イ・テジン)教授は「1941年は日本が太平洋戦争を目前に控えた時期であり、戦争を前にして朝鮮人の動員を引き出す目的で強制的に靖国神社に参拝させたようだこれは朝鮮を植民地として服属させたということを意味するものであり、絶対に自発的な参拝ではないだろう」と説明した。 朴蘭姫(パク・ランヒ)記者  朝鮮日報 朝鮮日報 Chosunilbo (Japanese Edition)
http://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2006/08/14/20060814000037.html

この当時は皇族の方々が靖国神社にそろって参拝されて、感慨深いです・・

朝鮮王族、日本の皇族と同等の扱いですよね右

《韓国の「国民的画家イ・ジュンソプ」氏と日本人妻、引き裂かれた歴史を超えて 【ニュースバード】》 2015年3月12日

・・イ・ジュンソプさんは、韓国では知らない人がいない有名画家という事で、「親日派だ!」と糾弾はされていないようですね。

日本人と朝鮮人の結婚・・そこから「差別」「区別」「植民地」というワードは全く思い浮かびません。

人さし指そもそも、日本は本気で内鮮一体しようとしていました。その証拠が韓国の李王家の処遇にあります右

《朝鮮文化遺産 百年の流転 (朝鮮王朝儀軌は何故日本に渡ったか) 前半 【NHK】》より一部抜粋

・・1910年、韓国併合と同時に発せられた明治天皇の詔書です。

李王家の人々について「皇族の禮を以って・・・」すなわち日本の皇族と同等に処遇するとしました。

その一方で王族、皇族という新しい身分を李王家のために作り明確に区別しました。(中略)

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日本政府は李王家と日本の結びつきを強めていきます。併合に先立ち初代韓国統監・伊藤博文はコジョンの息子李垠(イ・ウン)を日本に留学させました。

10歳の皇太子に徹底した日本式の教育を受けさせることが目的でした。

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そして、併合後の1916年、イ・ウンの婚約が報じられます。相手は日本の皇族・梨本宮方子妃

日本と朝鮮が一体となる日鮮融和の象徴ともてはやされました。

日本と朝鮮を結ぶ皇室初の政略結婚でした。

この結婚を進めるにあたり、宮内省は李王家代々の家計図をはじめ、王朝に関する様々な記録を入手していきます。

調査チームは、この過程で朝鮮王朝儀軌が注目されていったのではないか と考えました。(中略)

・・その後、日本政府は李王家の子弟を次々と留学させ、日本人との結婚を進めていきます。

イ・ウンの妹徳恵(トッケ)は旧対馬藩主宗家の伯爵と結婚

リ・ウンのいとこ李鍵(イ・ゴン)は旧高松藩主松平家の令嬢と結婚します。

李王家を日本の皇族や華族と結び付けようとする日本政府。

朝鮮王朝の伝統や風習を理解しその記録を作るために儀軌を必要としたのではないか。・・・

日本の皇族と婚姻関係を結ばせたというのが、当時、差別を一切していないという証拠ですね。 そして、台湾との違いを渡部昇一氏が解説右

《『朴大統領演説の波紋と日韓外交"迷路"出口』、渡部昇一氏、小倉紀蔵氏の議論 (後半) 【プライムニュース】》より一部抜粋

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渡部氏「アネクゼイションを言いたいのは。、当時のイギリスの文献を見ると、コロナイゼーション・コリアなんて何処にもなくてアネクゼイションだ

アネクゼイション(併合)が使われているのはスコットランドとイングランドの関係

だからイギリス人からみたら日韓はアネクゼイション。イギリス人から見たら儲けがなきゃコロナイゼーション(植民地)じゃない。日本はどう見ても持ち出しでやっていた。完全なる植民地と違ってて、当然だと思う。

例えば、アメリカはハワイの王家を無くした。イギリスはビルマの王家の男は全部殺した。女性達はインド人に皆くれてやった。それがコロナイゼーションだ。

日本と韓国は絶対にコロナイゼーションではなくアネクゼイション。」(中略)

・・渡部氏「僕は英語の教師だったので言葉に拘るが、韓国に対してはアネクゼイションだが、台湾に対してはコロナイゼーションです。

当時のロンドンタイムズなんか見ても、これだけの成功例のコロナイゼーションとして西洋諸国は真似すべきと。台湾は正式な王朝がなかったし、日本のコロナイゼーションは穏健だったので、10年後に世界の手本になるとロンドンタイムズが認めていた。

ところが当時の朝鮮には王朝があったのでアネクゼイションという違い。」・・

関連記事

«韓国KBS「日本の閣僚3人が侵略戦争の戦犯合祀の靖国神社をまた参拝。日本政府には外交に気を使わない政治家がたくさんいる。」 【ワールドWave】» 2013年4月22日

だけど、実は靖国には周恩来首相も参拝してて「大変感激した」そうです

《中山成彬議員、自虐史観教育、教科書検定問題、靖国参拝問題を質す 【NHK国会中継】》 より

中山成彬議員「・・まぁしかし、ここに面白いですねぇ、資料がありますので、皆さん方お手元の所に配ってありますけど、これは2007年にですねぇ、あのー、中国の南京で発行された雑誌ですけど、まぁこれは中国のですね、首脳・偉い人がみんな読む本だそうですけど、この本にですね、

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1918年、これはもう日露戦争が終わった後ですけど、「共産党建国の母」と言われて中国で大変尊敬されております、周恩来首相がですね、靖国神社、春の大祭に行かれて大変感激したというふうな、実は日記が載ってんですよね。

1918年と言いますとまさに日清日露の戦争があった後ですけど、今、中国はですね、日本は日清日露の頃から中国を侵略したと、こう言っているわけですけども、その中国の生みの親、周恩来総理がですね、感激したと言ってるわけですから、これはですねぇ、まぁ大変なことでございまして、これを中国の人達は知ってるんですね。ですから、あんまりそんなに心配することはないんだということを申し上げたいと思ってます。・・

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