偽装結婚
前記事の続きです。
中国人映画監督が先月再び彼らの元を訪ねた。]福建省福清市。古くから”華僑のふるさと”といわれ中心部を離れた農村地域にも”出稼ぎ御殿”と呼ばれる豪華な家が目立つ。
この4階建ての家には、林さんの姉が住んでいた。姉は日本に居た頃と比べてふくよかになっていた。不法滞在中に稼いだカネを蓄えに暮らしているという。孫も出来た。一歳7ケ月になる。姉には日本では見られなかった笑顔が溢れていた。
姉「毎日笑っていますよ。日本では泣いてばかり。」Q:今は幸せ? 姉「もちろん幸せです。自分の家で安心して暮らせています。楽しい毎日です。」
次に向かったのは、貴州省にある石炭の町。
多くの出稼ぎ労働者の中、見覚えのある顔があった。不法入国し逮捕された林さんの兄だ。兄「久しぶり(笑)」
兄に連れられ、市の中心部から車で走る事3時間。着いたのは山間部にある製鉄所。ここで契約社員として働いている。従業員の寮で今は妻と2人の生活だ。
兄「逮捕された時、まず家族の事が心配でした。言葉も通じないし、あちこち連れ回されて移動の度に泣きました。」
パソコンに向かう兄。テレビ電話を使って話をするその相手は・・長女と孫娘だった。今は幸せな家庭に恵まれたという長女だが、
長女「父が逮捕されて、母は毎日泣いていました。
父の事は誰にも言いませんでした。
父が帰って来て私はやっと笑えるようになりました。」
逮捕された父に代わって家計を支える為、スーパーで働いた。学校を辞め、看護士になる夢を諦めざるを得なかった。
兄「妻にも子供にも迷惑をかけました。」
Q:娘の夢も奪ってしまった?兄「娘に対して申し訳ない気持ちでいっぱいです。」
不法滞在で全てを失った家族もある。
2002年中秋の名月を祝って行われた食事会。この中に居た1人の男。彼は不法滞在中に事件を起こした。
男は2003年10月東京・三鷹市の薬局に仲間と強盗目的で押し入った。仲間は店長を刺し殺して、今も逃走中。4ケ月後、男だけが逮捕され、2006年強盗致死罪により懲役15年の刑が確定した。(強盗致死適用し懲役15年 薬局店長殺害事件)故郷(福清市)を訪ねた・・
林受刑者の父「私達が暮らしていた家です。」
福清市に1人で暮らす男(林強)の父。
商売で失敗した借金を返そうと、男(林勉受刑者)と妻を日本に密入国させた。
そして5年後、男は事件を起こした。
仕事が見つからずカネに困った末の犯行だった。
父「機会があれば遺族に謝罪したい。受け入れてもらえるか分かりませんが謝罪したいんです。」(泣きながら)
実は父、自らも台湾で不法就労していた。だが仕事中の事故で腕を切断して強制送還された。妻は出て行き、月に一万円に満たない給料で暮らしている。
父「事件を思い出すと眠れません。日本に行かせたのは間違いでした。もう手遅れです。」(南寧市)
家族の為にと日本人女性と偽装結婚までした林さん。不動産バブルのさなか、忙しい日々を送っている。しかし、深夜0時、38階建ての高級マンションにある自宅に帰ってきた林さん。どこか浮かない表情だった。
Q:日本の習慣がまだ残ってますね?林氏「もう慣れましたよ。(スリッパに)履き替えないとスッキリしない。」
18畳の広々とした部屋に1人暮らし。帰国後も妻と息子とは別居している。中国を離れる時に生後5ヶ月だった息子は、帰国した時既に8歳になっていた。林さんが不法滞在中に取材した妻と息子の映像を初めて見てもらった。
Q:泣いてるの? 林氏「いいえ」Q:何故涙が出たんですか?
林氏「私がいない時にいろいろな事が起きていてつらいですね。昔の事を思い出すと、、男は、つらいねぇ。」
そして妻が秘めていた思いを初めて聞く事になる。(CM)
家族の為にカネを稼ごうと日本に不法滞在していた林さん。だが、その頃中国で待つ妻の心にはある思いが芽生えていた。
妻「夫はお金さえあれば幸せになれると信じています。私にはそうは思えません。」林氏「日本に行って家族が7年間もバラバラになって、多くのものを失ってしまいました。お金では買い戻せないものなんです。」
カネでは買えないものがある。そう気付きながらも林さんは忙しく働き続ける。再び家族とともに生活できる日は来るのだろうか。
(VTR終了 スタジオへ)
田丸氏「不法滞在という事で、強制送還に怯えながら、
あるいは逮捕されてでも、それでも生きていく為に、こう彼らの生活っていうのは、したたかさっていうか、図太さとか感じますよねー。」
女子アナ「でもお金は稼いでも払う代償というのは大きいようですねー。」
田丸氏「そうですねー。あの、林さんもね、目標の立派なマンションを手に入れたんですけれども家族とは離れ離れになったままですねぇ。
まっちなみに、今日本にいる不法滞在者は9万人以上。えー中国から来た人は1万2000人以上なんだそうですが、5年前は中国人だけで3万2000人を超えていたといいますから、随分減ってはきているんですね。
まっ対策が徹底した事もあるんですが、今、中国の景気が良いですから日本に出稼ぎに来なくてもいいという事もあるようですね。
まっただ一方では、VTRに出てきた林受刑者のように、強盗事件で死者まで出してしまって、本当にこれはあまりにも不法滞在の代償大きすぎだという事かも知れません。今日の特集でした。」以上
私は、中国人の強盗事件と言えば、すぐに福岡一家4人殺害事件を思い出します。
残忍な殺し方が当時ワイドショーで騒がれましたよね。子供達の殺され方が不憫で物凄いショックでした。 http://yabusaka.moo.jp/fukuokaikka.htm
本題に戻って・・・中国人の家族愛って理解できますか??
家族を幸せにする為に、不法入国・不法滞在・偽装結婚・強盗殺人・・
結局、中国で良い暮らしをする為にとりあえず出稼ぎ来日して、将来ダラダラ居座って不法滞在? で、生活に行き詰ったらどうするんでしょうね?! 大阪の老齢の姉妹が、48人の親族を呼び寄せた件は合法だったけど、いくら日本人の末裔と言い張っても、日本語が全く話せないのに仕事が見つかるわけもなく、生活保護申請・・・(この場合のみ、一斉だったので生活保護目的の入国と見なし打ち切りのようだが)カネに困った外国人ほど、恐ろしいものはありません。
ビザ緩和するんだったら、入管の取り締まりの徹底強化も同時にやらないと治安が悪くなるのは目に見えています。ところで、8年も前からTBSがこの兄弟の取材をしてたという事は、林兄弟の不法滞在を知っていた事になります。通報義務はないんでしょうかね?!
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TBS【報道特集】で、”中国人一家、不法滞在の代償”
というのをやっていたので記録しました(青字はナレーション)
田丸氏「・・続いては特集です。今月から中国人が日本に個人旅行する際のビザの発給要件が大幅に緩和されました。
えー、これまで富裕層のみに発給されてきたビザを中間層にまで出して中国人の旅行者を増やそうという試みです。
ただ、一方で不法滞在者が増加するのではといった不安の声も聞かれまして、警察庁などで対策が協議されました。
日本に9万人以上いると言われる不法滞在者。そのひとつの家族を8年に亘って記録しました。」(VTR)
中国南西部にある南寧市。貿易の拠点として近年目ざましい発展を遂げている。
この町で不動産業を営む林明傑さん、42歳。
案内してくれたのは、市内の一等地で一際目立つ金色に輝く高層ビル。その19階に会社の事務所を構えている。林氏「ここは公園で、私達の物件がここにあります。隣の老人ホームの建設も国から請け負っています。すごい規模でしょう。」
設立からわずか2年で、ここまで会社を大きくしたと林さんは胸を張る。
だが、林さんには苦い過去がある。日本で暮らした日々・・
Q:もし過去に戻れるとしたら日本に行く?林氏「絶対行きません。今は中国の方がずっと多くのチャンスがありますよ。」
兄弟「お父さん、お母さん、兄弟皆で団結して頑張っています」・・「頑張ろう」
林さんの日本での生活をある中国人監督が記録していた。映画は日本やアメリカの映画祭で公開された。
8年前、林さんは東京・新大久保で中国人向けのインターネットカフェを経営していた。この日の売り上げはわずか数千円。
林氏「日本に来て3年間、毎日ここの床で寝てインスタント食品ばかりですよ。」
林さんは99年に来日したが、ほどなくビザの期限が切れ、不法滞在となった。
日本に残る為に取った方法は・・・
日本人女性との"偽装結婚"だった。
女「ほんとはあなた、仕事12時だけど、今日あなた入管だから、朝早い仕事と私嘘言う。判らないね。ちょっと紙に書こうか。」
この女性に対して最初に50万円を支払った上で毎月15万円の生活費を渡す。
実際に夫婦関係があるかどうか、入国管理局の審査を繰り返し受ける。その間強制送還されることはない。
林さんを日本に呼び寄せたのは2歳下の妹だった。96年に日本人男性と結婚し、来日。同じく新大久保で中国人向けの美容室を経営していた。林さんの10歳年上の姉も家族訪問ビザで妹を訪ね、その後不法滞在となった。
更に、林さんの6歳上の兄は、密入国し、日本に住み着いた。妹以外は皆、不法滞在者。兄弟は共同生活を続けていた。姉の役割は妹の子供の面倒を見ること。更に家事全般を引き受けた。
Q:昨日は寝た?兄「2時間寝た。」
兄は林さんのインターネットカフェを住み込みで手伝っていた。
Q:こんな生活、辛くないですか?
兄「日本でいくらつらくても仕事さえあれば、中国にいるよりいいですよ。」
兄は中国で農業をやっていたが、生活は苦しかった。妻と2人の子供にまともな暮らしをと借金をし、密入国を仲介する組織に300万円を支払って密航船に乗った。
中国に残る家族の生活には小さな変化が起きていた。
息子「昔は野菜ばっかりだった。ジャガイモやピーナッツばかり」
Q:お父さんが日本に行って何を食べられるようになった?
息子「毎日肉料理!」
不法滞在で稼いだカネが中国の食卓を豊かにしていた。
だが、日本での生活はトラブルの連続だった。
(姉が夕食の後片付けをしている最中に突然倒れ、兄弟みんなでおんぶしたり、タクシーで病院に担ぎ込む様子 略)
不法滞在者の姉は、当然保険証を持てない。
診断結果は急性腸炎。古くて痛んだものを食べた事が原因だった。
高額な治療費が兄弟に重く圧し掛かる。
更に7月。ある出来事が林さんを追い詰める。日本人の妻と急に連絡が取れなくなったのだ。妻が住むマンションを訪れると・・
Q:彼女の荷物は残ってる?
林氏「えっ荷物?!、、洋服が残ってる。かばんもある。」
妻の名義でしか銀行口座を作れなかった林さん。妻に新しいキャッシュカードを勝手に作られ、店の売上金、およそ160万円を引き出されていたのだ。
林氏「まさか日本人の中にも中国人以上に悪い事をする人がいるとは、、人生で一番の悲劇は、この人と結婚した事です。これ(パンダのぬいぐるみ)を見ると故郷を思い出すねぇ。でも、ここは日本だ。」
林さんもまた家族を残していた。妻と中国を離れる時生後5カ月だった息子。
息子「僕のお父さんに会った事ある?僕を日本に連れてって。お父さんに会いたい。」偽装結婚の為、妻は離婚を受け入れた。
妻「一日でも早く夫には帰って欲しかった。でもそれが叶わないならばせめて日本で安全に暮らして欲しかったんです。」
しかし、妻の心は揺れ動いていた。
妻「このままでは先が見えません。
夫からの電話にも出たくないし、夫もきっとそうでしょう。」
9月、中秋の名月を祝い、同じ故郷から日本に来た人達が集った。束の間の気を抜けるひと時。日本で兄弟4人が集まったのはこれが最後となった。
「カンパーイ 家族円満を祈って!」6日後、共同生活は終わりを告げた。兄が不法入国で逮捕。2年8ヶ月の懲役を科せられた。
(姉の慌しい荷造りの様子 略)
その翌日、ここにいては自分も捕まると、姉は可愛がっていた妹の子供を残し、アパートを出た。
妹の子供「(追いかけて)・・・どこ行くの? えっ?! やだー」(日本語)
(2003年 姉は不法残留で逮捕 強制送還された)
次々と逮捕される兄弟、それでも林さんは自らの信念を疑わなかった。
林氏「日本で頑張って、お金を稼いで、中国の家族にマンションを買ってあげて、子供に高等な教育を受けさせます。息子には毎年60万円の授業料を払っています。私は家族に対して責任を果たして来ました。」
だが、2004年、林さんも強制送還された。
それから6年、日本での不法滞在は林さん一族に何を残したのか。中国人映画監督が先月再び彼らの元を訪ねた。福建省福清市。古くから”華僑のふるさと”といわれ中心部を離れた農村地域にも”出稼ぎ御殿”と呼ばれる豪華な家が目立つ。(長くなったので、つづく・・)
《中国人生活保護問題の深層(姉妹の出身地取材) 後半【NEWSゆう+】》
"福建省・福清市" が共通項ですねぇ・・
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