朴慶南「私はですね『イアンカラッテ』(あなたの心にそっと触れさせて頂きます)っていうのを、必ず公演の時に最初に話すんですね。とってもアイヌの言葉って心に響く暖かい良い言葉がすごく多い。」
辛淑玉「・・・雑誌のノンノ(花)もアイヌ語で、キロロ(喜び)もそうなの。で、東京にアイヌがいないと思っている人が多い。不思議だよね。アイヌって移動の自由がないと思っているのか知れないけど、実際には?!」
さくらにゃん
BPOのお墨付きを得て、すっかり被害者ヅラが定着しつつある辛淑玉氏ですが、以前、CS朝日系の2時間番組で、口汚く日本人ヘイトしていた人間。
知らない人も多いと思うので、10年程前に記録していた記事を紹介します
あんな反日番組を見ていた主婦は私くらいかも私は、辛淑玉こそヘイトスピーカーだと思いますよ。
まずは、「今回、人権侵害認定されたという」朝日新聞の記事から
「ニュース女子放送後、独に移住」人権侵害認定の辛さん 2018年3月9日
東京メトロポリタンテレビジョン(MXテレビ)が昨年1月に放送した「ニュース女子」について、放送倫理・番組向上機構(BPO)の放送人権委員会が8日、人権団体「のりこえねっと」共同代表の辛淑玉さんに対する名誉毀損(きそん)の人権侵害があったと認定し、再発防止の努力をするよう勧告した。
辛さんは記者会見で、番組放送後に嫌がらせを受け、ドイツに移住したことを明らかにした。
「MXのやったことは罪が深い。ネットの中にあったデマを社会に飛び立たせた」。辛さんは会見で、改めて番組を批判。また、2月23日、東京都千代田区の在日本朝鮮人総連合会(朝鮮総連)中央本部に銃弾が撃ち込まれた事件や、ネット上で在日韓国・朝鮮人らへの誹謗(ひぼう)中傷がやまない社会状況に触れ、「メディアがターゲットを名指しし、共感した人がテロ行為に及ぶ。ヘイトからテロに時代は移行した」と批判した。
辛さんは「ニュース女子」の放送後、もともとあった嫌がらせが悪化したとも語り、「日常生活がなくなった」と表現した。脅迫の手紙やメール、仕事のクライアントに対しての抗議などが増え、道で知らない人から罵倒されるなど「顔を合わせた人から公然と悪意を向けられる、今までにない嫌がらせ」が出てきたという。
何故「ドイツ」かというと、「ベルリン女の会 」関連・・そんなとこかなぁと
同感!ベルリン女の会といえば、
「ヘイトスピーチとレイシズムを乗り越える国際ネットワーク」
「のりこえネット」共同代表の辛淑玉(シン・スゴ)は
2015年にベルリンで、講演会《どうなってんの?「ニッポン」!》
というイベントに参加
https://kaigai-bbs.com/deu/ber/thread/event/view/12645/ …
ヨーロッパで日本の悪口・・
ついでに沖縄タイムス
ニュース女子:辛淑玉さんへの名誉毀損認定 BPO人権委が再発防止勧告 (沖縄タイムス)
・・辛さんに対して「過激で犯罪行為を繰り返す基地反対運動の『黒幕』」や「5万円の日当を出している」と表現したことを認定。それらへ東京MXによる真実性の証明はなかったとし、辛さんの社会的評価を低下させるものと結論づけた。
BPOの川端和治委員長は記者会見で「番組の中核をなす内容について十分な事実が見当たらない」と言ったけど、
ご存知のようにBPOは放送業界のお手盛り組織。「十分な事実」があったのは検証番組でわかる!
«ネット配信のみ【ニュース女子 特別編 マスコミが報道しない沖縄 続編】動画。 西田議員「政治的発言はヘイトじゃない。日本人にも適用。ニュース女子はヘイトじゃない」»2017年3月14日
【ニュース女子 特別編 ~マスコミが報道しない沖縄 続編】(3/13)で、
特に批判された6箇所を徹底検証していたんですが、
その中で③「なぜ韓国や朝鮮の人が反対運動しているの?」と疑問を投げかけることはヘイトスピーチなのか」 の部分のみ書き起こしして記録しました(青字はナレーション) (やや要約)
ヘイトスピーチ法に関して誤解されている部分についての西田昌司議員の明解なコメントです。
全体的に完膚なきまでの返り討ちしちゃったカンジで、色んなもやもやしていた気持ちが一気に吹っ飛びました
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
ここから、辛淑玉氏の過去の発言をザックリ紹介
«【蓮舫二重国籍・戸籍】 何でも差別にすり替える人達(香山リカ・辛淑玉・有田芳生・朝日新聞・TBSなど)»2017年7月19日
で、その会見に際し辛淑玉からメッセージが寄せられたそうです。Birth of Bluesさまより
【二重国籍騒動】辛淑玉です。夢を見ました。着物の私が蓮舫の部屋で土下座をしながら「戸籍の公開は止めてくれ」とお願いしているのです。目が醒め泣きました。とても恐ろしい。 2017年07月19日
・・ 辛淑玉です。
一昨日、夢を見ました。
着物を着た私が、蓮舫の部屋にいき、土下座をしながら「戸籍の公開は、止めてくれないか」と
お願いしているのです。何度も、何度も。
目が冷めて泣いていました。初めてのことでした。
とても恐ろしいことです。
出自を公開する、その行為が、どれほど多くの人を差別のどん底に陥れるかを、差別と闘ってきた人は、誰でも、背筋が凍る思いで、瞬時に理解します。日本社会でひっそりと生きている人達を恐怖の中に、そして差別のターゲットとして晒すことは止めてください。
今回の開示がモデルケースとなり、おそらく、それを強要する行為が横行することになるでしょう。
愚かな、あまりにも愚かな行為を、民進党内部からの要望でやるということの絶望を、どのように言葉にしていいかわかりません。
どうか、被差別の当事者に実態を知ってください。
これほど悲しいことが、続くことに耐えられません。なんか被害者ヅラしてるけど、辛淑玉というのは恐ろしい人間で、
過去には朝日ニュースターの冠番組で、日本人差別を叫んでいたんですよ!
「日本はアイヌを殺して殺して殺しまくった」「虐殺した」
「被植民地にされた沖縄・アイヌ・朝鮮は手を取り合おう」
「どうやって民族を抹殺していくのかをアメリカ仕込みでやった」
「アイヌを散々殺しまくって、支配しまくったクセが、植民地支配でバンバン出てきた」
「いい死に方してもらっちゃ困るよね。早く死んでくれ、早く死んでくれ」・・などなど
関連記事
《沖縄在住の「ニュース女子」インタビュー出演者3人(我那覇真子さん・手登根安則さん・依田啓示さん)、辛淑玉氏に『公開質問並びに公開討論』申し入れ》2017年2月18日
・・↓このつぶやきもテロリストのかと思った
沖縄への干渉も止めろ!・・
«辛淑玉の指南講演動画「若者は死ね年寄りは捕まれ」。百田氏「これは真っ当な反対運動じゃない」。松井府知事「それでも人が集まるのがもう凄い不思議。(辛淑玉氏は)凄く魅力のある人?」【虎ノ門ニュース】»2017年2月 7日
居島氏「・・・沖縄の米軍基地反対運動などを展開する"のりこえねっと"共同代表の辛淑玉氏が講演で、基地反対派のメンバーらに高江での行動を指南。その過激な内容の動画がネット上で話題となっております。動画は去年の9月に行われたのりこえねっとの講演とみられ、辛氏はその中で
「私は稼ぎます、若い者には死んでもらう、爺さん婆さん達は嫌がらせをして捕まってください」 「山城(博治)には病気で死ぬな、米兵に殺されるな、日本の警察に殺されるな、私が殺してやるから」
などと沖縄県高江での行動を具体的に説明。またこの講演には社民党の福島瑞穂も出席していたという事です。という凄い内容ですね(苦笑)」
百田氏「辛淑玉さんは今話題になっているのはニュース女子で1/2日放送した、沖縄の反対派の人達は日当を貰っている可能性があると。更に県外からもたくさん行っている可能性があると放送した時に、『これは捏造報道。虚偽。ヘイト。沖縄に対する差別』であるとのりこえねっとの人達と辛淑玉さんは強烈に批判してて、
それに乗っかって、朝日新聞とか大新聞が同じような論調でニュース女子を批判しているが、問題は、辛淑玉さんのその映像が最近出てきた。映像はここで流すわけにいかないが、とにかく爺さん婆さんは嫌がらせをして捕まって下さいと。
実はこれは同じような記事が沖縄タイムスに載った。反対派の人達が逮捕されても良いような年寄りはドンドン来て下さいと言ってるという記事がちゃんと載ってる。・・
朝日ニュースターの「痛快!おんな組」は「辻元清美の永田町航海記」というコーナーがあったり、上野千鶴子(東京大学大学院教授)をゲストに呼んだりしてやっていた
2時間のトーク番組でした
«辛淑玉氏が過去にやっていた日本人ヘイト番組「痛快!おんな組」書き起こし ツイートまとめ»2017年1月30日
沖縄反基地運動やってる辛淑玉氏が、「人権がー」「差別がー」と涙の記者会見しているのを見て、どの口がー!?と、辛淑玉氏の過去発言を広く紹介したく、
8年前に朝日ニュースターでやっていた「痛快!おんな組」という、日本人ヘイト番組での発言の書き起こしを周知する手立てとして、いまツイッターを使っています。・・
«【朝日ニュースター】辛淑玉司会番組(2009年放映) <韓国特集> 「在日コリアンの100年」 後半 【痛快!おんな組】 »
前記事の続きです。
(後半は再び「在日韓人歴史資料館」内の様子と解説。戦後の朝鮮人の帰還の様子。 民族教育。国籍問題。外国人登録令。戦後差別のはじまり。天皇制の問題。本国への思いなど)
スタジオトークで(辛淑玉・中山千夏・永六輔と在日2人)の井戸端会議が本当に訳の分からない話になっています。
特に中山千夏が「天皇陛下の最後の勅令」に対して「汚いねーーーー。やることが!」「酷いやり口」「なんて汚ねえやつだ」とか、永六輔が「恥ずかしい」連発とか、もうめちゃくちゃ・・
«【朝日ニュースター】辛淑玉司会番組(2009年放映) <韓国特集> 「在日コリアンの100年」 前半 【痛快!おんな組】»2017年1月28日
前記事で、辛淑玉氏の日本人ヘイト番組を紹介しましたが、
その番組で特集していた「在日コリアンの歴史」を、この際少し手直しして再掲します。
(前半は「在日韓人歴史資料館」内の様子と解説。戦時中・後の朝鮮人の生活。炭鉱事故の事、関東大震災の時の事件、創氏改名などのレポートとアンジュングンと伊藤博文の話など)
これは、私が2009年にブログを始めてすぐに書き起こししたもので、歴史面でまだはお花畑に片足突っ込んでる状態
その時は5回に分けて記事にしたけど、今回は前半・後半の2回にしました。
今読み返すと当時の私の感想がユルユルです(苦笑)・・
«辛淑玉氏、東京 MX「ニュース女子」をBPOに申し入れ。その見解に唖然 & シンスゴが過去にやっていた日本人ヘイト番組「痛快!おんな組」»2017年1月27日
今日、辛淑玉(シンスゴ)氏が「ニュース女子」をBPOに申し入れしたそうです。
でもね、この人、朝日系の番組でずっと日本人へのヘイトスピーチしていたんですよ(;一一)
その、「のりこえねっと」の記者会見のライブで見ていたら、音声が途切れるわ、静止画に何度もなるわ、もう本当にグッダグダでした(・・;)
YouTubeの視聴者数見たらナント200弱虎ノ門ニュースが十万単位なのに過疎でまたビックリ!
でもでも、NHKはこんなんでもちゃんと報道するんです。まずは、その会見(NHK)・・
«辛淑玉「小池百合子は歴史修正主義者でレイシスト。相模原事件の犯人が、殺してもいい命があると学んだ。その頂点が小池百合子。小池の当選は都民の自爆テロ」(・・;)»2016.07.27
辛淑玉の記事を見つけたんですが、ちょっとコレ酷すぎるので記録しておきます
オマエが言うな!ですよ、ったく
ここまで嫌らしく、人をコケにするオンナも珍しい・・
«【辛淑玉ヘイトスピーチ】「アイヌとして生きる」《日本に被植民地にされたと共闘を誓う人達(朝鮮・アイヌ・沖縄) 後半【痛快!おんな組】»2016.02.20
前記事の続きです
番組前半で、中山千夏が、「あのね、『きつねのチャランケ』という民話があって、北海道で買って読んで大感動した。つまり、日本国憲法みたいな民話なの(笑)何でも揉め事を話し合いで解決、、
チャランケをするきつねの口から美しい言葉が川のように流れ出て、相手も納得した話。つまり言葉の力がスゴク信じられている。だからスゴイなぁーと思って、皆で真似した方が良いなと思った」 ・・・
とか言ってたのに、「美しい言葉」なんて全然使ってない!し、 日本人差別発言(ヘイトスピーチ)がエスカレートしています。 (苦笑)
で、注目は、アイヌ氏の「北海道アイヌも混血はしている。ロシア系と朝鮮系」という発言
«【辛淑玉ヘイトスピーチ】「アイヌとして生きる」《日本に被植民地にされたと共闘を誓う人達(朝鮮・アイヌ・沖縄) 前半【痛快!おんな組】 »2016.02.20
そこで、今日はアイヌを利用して、日本民族の対立を煽る人達(在日朝鮮人と反日日本人)の、聞くに堪えない日本への憎悪発言ばかりの2009年放送の【痛快!おんな組】という番組を紹介します(やや要約)(※以前のものに、分かりやすく手を加えました!)・・
«アカヒの電波工作。朝日新聞大株主のCS放送局「朝日ニュースター」とは »2014.08.14
今日は、その反日偏向番組のいくつかを紹介します
それぞれの番組のメインの司会者が、シンスゴ・葉千栄・・金慶珠・上杉隆・青木理・金子勝・・
サブが・中山千夏・永六輔・下村満子・荻原博子・落合恵子・吉永みち子・重信メイ・中村うさぎ・二木啓孝・佐高信・石坂啓・・
というラインナップ。今思えば、皆アカヒマインドのオンパレードだったなぁ・・・(遠い目)
それもそのはず、この朝日ニュースターの主要株主は 朝日新聞社 83.2% (2011年3月31日時点) テレビ朝日 朝日放送 という構成ですから。・・
それにしても、BPO(委員プロフィール詳細)も「講演で、基地反対派のメンバーらに高江での行動を指南」した証拠のあがってる、こんな人間を人権侵害認定するなんてアホすぎる・・
放送人権委員会委員メンバー はこんな人も!(呆)
«【安保法反対の急先鋒】「司法試験考査委員」早稲田大学憲法学・中島徹教授が教え子にポルノ小説まがいの破廉恥メール」【週刊新潮・産経新聞】»2015年10月23日
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前記事のつづきです。
朝日ニュースターのトーク番組【西部邁・佐高信の学問のすゝめ】で
特に面白かった回の紹介
2本目は、東京裁判、ミッドウェー海戦、戦争賛美の新聞社(朝日・毎日)、米軍相手の娼婦・ 「パンパン」というコトバの由来話など
西部氏がこの映画『聯合艦隊司令長官 山本五十六』を、「これまでの戦争反対・帝国軍人は悪い人たちだと子供っぽい色づけしたものと違う」とかなり絶賛し、
「あの戦争を強引に押してたのはメディア」と言ったら、佐高氏も「朝日、毎日が競って」と・・
西部氏の前では、佐高氏がマトモなのが何とも滑稽です
«映画「聯合艦隊司令長官 山本五十六」映画評と当時の政治状況 【西部邁・佐高信の学問のすゝめⅢ】»2012年2月 6日
朝日ニュースター【西部邁・佐高信の学問のすゝめⅢ】(1/28)で、日米開戦70年を記念して 昨年末から公開されている歴史大作映画、
成島出監督 「聯合艦隊司令長官 山本五十六」
第二次世界大戦に日本がいかに突入していったのか。その戦争を阻止すべく異論を唱えた山本五十六はじめ、海軍大臣米内光政や軍務局長井上成美などの姿を描いている。を、当時の背景を踏まえて西部・佐高両氏が1時間語るという番組をやっていたので記録しました(流れはそのまま要約)
この事を知った上で、この映画を見ると深い部分が見えてきそう。
特に東京裁判・ミッドウェー海戦・戦争賛美の新聞社(朝日・毎日)・現在のイランの立場と当時の日本の比較・パンパンの話など、興味深かったです。
佐高氏「西部さん、今回は山本五十六という事になったが、予告編を、、」(映画 山本五十六の予告編 削除)
佐高氏「実は、山本五十六の評伝を書こうと思った事があって、西郷隆盛書いて、福沢諭吉書いて、次に五十六かなと。ある新聞でアレしたが編集長が替わって、原敬になったが。西部さんは五十六については?」
西部氏「1ページもないが、山本五十六は長岡の人で、僕も1/4長岡人。その前の幕末の河井継ノ助も長岡で、河井、山本と来ると1/4位は同郷のよしみで(笑)ある好意を感じる。
僕は成島監督とあるバーで1年に1ぺん位接触がある。最近凄く活躍している若い監督。
ただこの成島映画をまとめていうと・・・丁度去年真珠湾攻撃の70周年か、それを気にして作ったんだろうが、
例えば、映画評論家の寺脇研さん(元文部官僚)・脚本家の荒井晴彦さんたちが僕に、『山本五十六はもしも生きていたらA級戦犯でしょう』と。
それはそうだと思うが、ちょっとまとめて言うと、つまり東京裁判って言うのは、つまりアメリカのね、日本に対する一種の復讐裁判劇というか、法律的裁判を装った見せしめ劇だと思うが、その見せしめ劇に山本五十六が生きていたら主犯だとなっていた。なんせ真珠湾攻撃を始めた人だから。
とすると、、あんな裁判は見せしめ裁判にすぎんという事を、山本五十六という人物を描く事によって、五十六はなかなかの面白い人物だったと描く事によって、
いわゆる渡部昇一さんなんかが言ってた、東京裁判史観というか、あの戦争は悪い戦争であの戦争を推し進めた人達はね、悪い政治家で、悪い軍人さんなんだというね、で、66年戦後続いたそういうものをね、ある程度払拭するっていう意味で、
山本五十六はなかなか面白い人物であったと。この人が戦争を始めたんだと。それ故にといっちゃ、、あの戦争に対するものの見方をね、大きく軌道修正しても良いんじゃないかって、、
もちろんこれ政治映画でもイデオロギー映画でもないので、そういう解釈は強引だが、でも、でもそういう事で作ったのかな~となるんですかね? 良く分からないんだ。」
佐高氏「私はそう深くは考えないで見たが、つまり指導者の責任みたいな事は、きちっと描いていると思った。
つまり、私は書こうと思ったくらいだから、ある程度の親近感はあるわけで、
つまり、最初は開戦反対で、陸軍から暗殺されかねない形で頑張って、始まったらやっぱりその場の責任としてやると。(あ~そういう事か) だから責任っていうのを引き受けてると。指導者、、」
西部氏「仰る通りかも知れない。でもですな、あの戦争は最初から、自由民主主義 対 言わば全体主義というイデオロギー的構図の中で戦った世界戦争で、総力戦と言われているもの。
あれは当初からね、大戦争が始まったら、地域的には首都を落とすまでね、あるいは相手の軍隊を壊滅させるまで、もっと言うと、相手の国民・民族にね回復不可能なダメージを与えるまで終わるはずのない戦争だと。
これはね、日本がそういう風に深く考えていなかった。日清・日露はいくつかの戦役で勝利を収めれば講和で、賠償金払って領土を一部割譲して、戦争お仕舞いという事だったが、
総力戦なので相手の国家の背骨を折るまで止めないって戦争を分からなかった日本。あるいはその1人である山本五十六が、これ有名な話だけど、『半年ぐらいなら存分に暴れてみせましょう』 と言ったと。
そんな半年でやったって、これ古い戦争だから。半年で真珠湾襲って、例えばミッドウェーで勝ったとして、アメリカがダメージ大きいから負けたことにするというような、生易しい戦争じゃなかったのに、山本五十六は始めちゃった。
これは悪い戦争を始めた責任じゃなくて、軍人として総力戦において見通しのないまま戦争を始めた軍事的責任のようなものは残るんだろうね。」
佐高氏「私は石原莞爾という人を書いた者から見ると、石原莞爾は逆に戦争の火をけておきながら、戦後は責任取らないで、『俺を戦争犯罪人に何故しないんだ』と言ったと。ここは山本五十六と逆転していると思う。山本五十六は反対していながら突っ込まざるを得なくなった。で、講和というのは軍人の責任かっていうのがある。
つまり日露の場合は、ルーズベルトを引っ張り出しているが、今回はアメリカを叩いちゃってるから講和で頼るところがない。」
「そうだよね。最終段階ではソ連に頼もうという(笑)」
佐高氏「なんか責任とかいうものも、ある種限定的に考えなければならないとすると、石原莞爾よりは数段(笑) アレじゃないかと。」
西部氏「それはそうだ。僕はそれはわかる。軍人だから言わば政治が始めることに、軍人はその場で辞めないとしたら、命令だからやるしかない。ただそこの問題は残る。軍人は辞めることができる。
もしも、しかし半年で終わるはずのない戦争、アメリカのワシントンを奪わない限り終わらない戦争を、、 辞めることも出来たんだよね、本当はね。(でもー、あの状況だと) 出来ないよね(笑) (あのままだと暗殺されますよね?) そう。陸軍の過激派にね。」
佐高氏「それとある種、こういう山本五十六は偉かったという映画の場合の常だが、マイナス面が出てこない。」
西部氏「あなたになり代わって言うと、要するに山本五十六は2号さんがいたわけよね。モテた男。もっと言えば女遊びが激しい、、その辺りのことはきれいさっぱり削られてるのね。
でも事情があるらしいよ。この映画は山本五十六の遺族会のサポートを受けて作られているので(エピソードをもらうとか)、遺族会の気持ちを傷つけるような場面は、、映画といえども一つの商売だからね。」
佐高氏「評伝・人物スケッチする場合、必ずそれがネックになる。遺族は自分の身内のものだと独占しがちだけど、ある種、それを超える側面があるわけで。」
西部氏「そう、それで、これは言っていいのかな~?? 僕はあの硫黄島(いおうとう)にね、一度行ったことがある。昔そこに暮らしていた人・遺族は行けるが、今は簡単にいけないくて、自衛隊員が二百何十人いるだけ。遺族団の許可を得て行った時に、埼玉の入間の自衛隊飛行基地から輸送機みたいなので出発して、
前の晩に遺族団の集まりで、その時僕、硫黄島の西大佐ね、オリンピックのバロン・ニシ。 あの人の末息子さんが遺族団の団長で、『遺族団以外の人が参加しているけども、この戦争について、この遺族団はある悲しみの気持ちをもって、弔ったりなんなりするんであって、それ以上のあれこれの言動は差し控えて頂きたい』と言われたとき、
僕はその気持ちは重々分かりながらも、でも同時に硫黄島のね、激戦は別に遺族団の私物じゃないし、そこで何を感じて何を考えるかというのは公の問題でそこまでチェックされる謂れはないのになと、ある不満を心に持ったのは確か。
まぁ別にそれに逆らう気もないんだけど、得てして戦争の遺族団にそういう傾きがありそう。これは私の先祖とか、、でも、あれは国家の問題ですからね。」
佐高氏「そうなんですよね。だから山本五十六の戦略・戦術を論ずる場合に、確かこの中(映画)で激しくやっている時に、将棋を指してるのが出てくるが、その場面だけだと、逆に山本五十六という人が矮小化されていきますよね。」
西部氏「しかも、僕は将棋ってのはある話だとは思うが、とにかく大将たる者、そこで気が動転したり焦ったりしたらダメなので、泰然自若と将棋を指しているという貫禄によって、全軍にある落ち着きを与えるという芝居だろうが、でもそこは難しくて、どういう風に受け取られるかね。」
佐高氏「それとやっぱり女性に博愛の人がすべて良いという話じゃないが、やっぱり男に好かれる人は女にも好かれるという側面はありますよね。」
西部氏「アンタ、優しいのにね(笑) 」
佐高氏「いやいやリーダーの条件って言うか、、そこを描かないっていうのは山本五十六を逆に小っちゃくしていると思う。」
西部氏「そう。ただ僕はもうちょっと、、確かに時代が時代だし、ましてや指導者だから、2号さんや10号さんが居ようがいいが、案外、その異性の存在は、男にとって女性の存在は危ない面もあって、
これは勝手な想像だが、これから何百万死ぬだろう大戦争を仕掛ける時に、本人だって大不安なわけで、その不安は不安でじっと自分で引き受けて、あれこれ考えて決断するのは物凄い厄介なことで、
その時に簡単に女の所に簡単に行っちゃうと、自分の不安を中途半端にして、大物は結構女性の前で見栄を張る。そうすると奥さんじゃない女性は『すばらしいわ』となって、、案外男なんて山本五十六と言えども誰でも、後でヒーローとして扱われているけど、現場感覚だとそんなヒーローなんてほとんど居ない。と考えてると、女の問題は、どう描くかは別として重要なファクターであるんだよね。」
佐高氏「つまり、悩まないって問題は大きいわけで、悩まない人として描かれちゃってる。賢婦人がいて、、」
西部氏「結構こういう弱っている男たちがね、実は、表は大言壮語しているが、心の中で女に救いを求めているという、そういう男たちを本当に山ほど見た。
僕だって、しがみ付きたくなかったわけじゃないけど、それをやったらオシマイだという感覚が根強くあった。まぁ美学と言うか、北海道から来た田舎者の限界かもしれないが。
それを1万倍膨らますと、五十六さんだって危ないとこあったんじゃないかなって気になる。違うかも知れないんだけどね。」
佐高氏「だから揺れを描いてほしかったと言うかね。だから揺れが将棋しかないっていう、それがちょっと五十六ってそんな人だったのかという、、」
西部氏「そう、ヒットラーだって、エヴァ・ブラウンとねぇ、もちろんあの人はアドルフ君はどっかちょっと精神がノーマルじゃないとこあるからだけど、
でも、ヒットラーという人物を描くときに、いっつもエヴァ・ブラウンの事も合わせ鏡のように描かないと分からないってことがある。」
佐高氏「なんか、物凄く謹直な人として描かれすぎる。」西部氏「本当に良きパパみたいなね」
佐高氏「遺族の気持ちも分からないではないが、どうぞお好きに描いてくださいというのが遺族の態度ではないかなと。」
西部氏「特に硫黄島の栗林中将は本当にひたすら良きパパなので、それとの対比で山本がどういう人だったかが気になる。恐らくかなり栗林中将と隔たった生き方・人柄だったんだろうね。」
佐高氏「原田美枝子演ずる奥さんが賢婦人で、そうかも知れないけどというのがある。」
西部氏「例えば真珠湾攻撃の南雲中将に任せとか、肝心要の半年後のミッドウェーも南雲に任せて、成功とは言えない状態に、、
もしもその時、どうして自分が信頼もしていないどっか疑っている南雲に任せたかってな事まで気になったりね。
そういう山本五十六の人柄のブレをね、描くためにはプライベートライフのブレを同時に描いてくれた方が分かりやすかった。」
佐高氏「あのー、ヒトラーのマインカンプに、日本人を劣等民族視している指摘があると。でそういうのを若い将校たちに嗜めたりする場面もあったので、その辺はかなり丁寧に描いている反面、ちょっと神様にしちゃったなと。」
西部氏「例えば真珠湾でも『失敗だった』というセリフがあったが、これはアメリカの空母が実際に居なかったんだよね。だから戦艦をやっつけただけなんだけど、
それもアメリカ軍軍事基地の徹底的破壊を南雲がしないで帰っちゃった。(ある種の派閥争いの中で、、) そうなんだよね。
これも山本五十六のせいじゃなくて、海軍全体の東条英機派・統制派の息のかかった人たちを送り込まれているから、五十六さんにはどうしようもなかったのかも知れないけど。」
佐高氏「まっ、全体的にはかなり丁寧な映画だなと思うが、、」
西部氏「そう思いますよ、特にこの時期にこういう形で、これまでは戦争反対でさぁ、帝国軍人は悪い人たちだと子供っぽい色づけ、それから遠く離れたまぁ、ちゃんとした映画だと思う。 」
西部氏「この映画、奇しくもタイムリーなことになってると思うのは、いわゆるABCD包囲網が、日本に対して経済封鎖を仕掛けてきて、最終段階で油を売らないくて日本は干上がってくる。
それで突破口を求めて、なんとか大東亜共栄圏と言われていたが、それ以上にもう遮二無二でもこの経済封鎖の網を破らなければ国家として自存できないというギリギリまで来てたのは、ちょっと描かれているが、もう一つは援蒋ルートを、、だから日本が真珠湾を襲う前から、既に戦争は始まってる。
奇しくもと言ったのは、現在イラン・ベルシャ湾でホルムズ海峡封鎖あれ、アメリカ・イギリスなどが完全に経済封鎖を仕掛けて、イスラエルその他も加担しながら最終的にはイランの核開発施設を軍事的攻撃する寸前まで行っている。
そこでイランがその突破口を求めてホルムズ海峡封鎖に出るという相当キナ臭い、、
恐らく、あの時の日本もそれに近い感じの、少なくとも為政者にとってはジワジワと首を絞められてるっていうね、そこでバーンと爆発したのが日本として軍事的・政治的に巧みだったか下手だったかという議論は可能かと思うが、
大きなマクロ的な歴史の振り返りから言えば、起こるべくして起こった戦争だと。
ペルシャ湾のホルムズ海峡はどうなろうが、あそこまで状況が煮詰まってきたら、何が起こっても不思議じゃない、その寸前まで来ている。
そんなことを考えさせられるという意味で、僕は観客がそこを分かってほしいなと思う。
よくさ、白人帝国主義なんて一言で言うけど、具体的に、、
例えば日本人がアジアを侵略したと、この場合の侵略って言うのは、あってないような国際法を、、自分の方から、軍事的先制攻撃を仕掛けるという意味での日本の侵略は数々あるが、
でも、その前にインド・ビルマにイギリスはいる。フランスはインドシナにいる。オランダはインドネシアにいる。アメリカはフィリピンにいるって、、オマエたちどうしてそこに居るんだよって言われたらね、人種の問題じゃないけど、白人たちが権力を握っているその当時の帝国主義諸国が、偉そうにね、日本のことをああだこうだ騒ぐなんてのは、僕に言わせりゃ子供の時から思ったけど、1ミリも出来るわけないでしょと、。
そういうことを考えさせる映画、、考えてくれと、、」
佐高氏「つまり、繰り返してるなと思うのは、アメリカとイギリスが大量破壊兵器云々で爆撃したが、大量破壊兵器はイラクになかった。あれは侵略ですよね。(間違いなく侵略だよ ) そうすると、それがまた違った形になると。
今、新聞なんか見てても、やっぱりイランは悪者で・・みたいな論調ですよね。だから私はこの映画を見て一番思うのは、そういう状況の中で山本五十六に無限の責任はない。有限の責任の中でそれなりのことをやったと。
だから無限責任でやると凄い辛い評価になるが、あの状況の中で敢えて無限責任を要求するでしょ。山本五十六だったら全部何でも出来たような、でも出来るわけがないわけで、、」
西部氏「本当にそういう事を色々と考えさせられる。映画では、具体的に言われてないけど、僕はあの当時の諜報合戦・スパイ合戦が、真珠湾を襲ってみたら実は空母が居なかったり、、
そうすると、少なくとも仮説でいいけどさ、やっぱりアメリカは戦争に引き込んだんじゃないかと。空母が一隻も居ないようなパールハーバーというのは、アメリカは相当程度のことを分かった上で、日本に襲わせたかもね?!と。
何もそれを書かなくてもそういう風に感じて、それでアメリカの『リメンバー・パールハーバー』なんて戯言にね、よくもまぁ66年前から言い始めたもんだと。
ちょっと話し外れるが、本当に杜撰だなと思うのは、例えば1時間前までに宣戦布告する云々なんて言うが、真面目に考えてくれと。
もちろんワシントンの日本大使館が翻訳が遅れたとか馬鹿な事はあったが、それ以上に、
そもそも戦争というのは、先制攻撃から始まる。どうぞ皆さん存分に備えた上で始めましょうねって、別に将棋さしてるんじゃないから、やっぱり勝つために襲うわけなので、ギリギリまで相手に教えない。
厳密に言うと、あの宣戦布告事自体ね、単なる飾りの、、
そのそこだけ膨らましちゃってね、日本は不法な戦争を始めたなんてね、そういうちゃちな話に戦後の日本は全部巻き込まれるんだから。」
佐高氏「ちょっと話変えるが(笑)、真珠湾のかなり難しい攻撃は、北海道で、、」
西部氏「そうそう、千島でのあそこからずっと南下してった。」
佐高氏「エトロフ発緊急電で、佐々木譲さんが書いてる。あの段階で、やっぱ察知されてますよね。」 西部氏「と思うよ僕は。」佐高氏「察知されてないということはないでしょうね。」
西部氏「よく言われているが、日本が襲ったときにさ、チャーチルが手を叩いて喜んだと。要するにアメリカを巻き込みたいわけね、イギリスは。
ルーズベルトもやりたかったんだけど、開戦の口実がなかなか見つからないと。そこで『リメンバー・パールハーバー』と。
リメンバーという言葉には『記憶せよ』と『思い出す』と言う意味がある。
僕は日本人は『思い出せ 真珠湾を。あれはやむ終えなかった』とかさぁ(笑)『なかなか山本五十六はがんばったんだ』とかさぁ、そういう意味でのリメンバーをしてもらいたと思う(笑)」
佐高氏「石川好はアメリカ人が『ノーモア・ヒロシマ』で、日本人が『リメンバー・パールハーバー』と言うべきだと。
まぁしかしあまりに戦争は、具体的にどういう形で起こるかを知らなすぎるから、丁度良い映画、、」
西部氏「ホントに、ホントにそう思いますよ。それから今の日本人には分からないことかも知らないが、第一次世界大戦が終わって、パリ講和条約で集まったときに、日本は講和会議で提案した。
要するに人種差別をやめようと、ガンガン頑張った。ところがそれを適当に誤魔化したのがウッドロー・ウィルソンだ。アイツらですよ。巧みに日本の提案をチェアマンとしてすっぽかして、人種差別廃止国際条約みたいなのをすっぽかした。
案の定、それから5,6年経って、カリフォルニアで日本人移民排斥って、、そんなことにヒステリー起こしているんじゃないが、
帝国主義が絶頂に達したと同時に、やっぱり人種差別もね絶頂に達してたんだよね。
要するに民族皆殺しっていうジェノサイドっていうのは、別にユダヤ人だけの問題じゃなくて、あの時に帝国主義戦争が勃発した時には、他国民・他民族は絶滅しても構わないという、だからアメリカだってそういう思想のつながりで原爆も落とせるし、東京空襲その他で何十万もねずみのように焼き殺すって事、、怒ってるんじゃない、そういうもんだったって事を、、」
佐高氏「ウィルソンがアイツになってました(笑)
ただ、この映画で強調したかった事で、私もそのとおりと思うのは、当時は新聞ですね、つまりメディアの責任。新聞が煽ってんですよね、完全に。軍部の方がむしろ、特に五十六なんかは戦争したくなかった方だから、躊躇っていると、『そんな事で!』って煽るわけでしょ、新聞が。」
西部氏「いやこれ恐らく映画のレベルでここまでハッキリと主張したのはこの成島映画が最初じゃないかな。ちょこまかはあっただろうけどもあの戦争を強引に押してったのはメディアであるというね、小さい声で言うけど、あの映画に出てくるあのナントカ新聞ってのは朝日新聞の事だよね(笑)
佐高氏「まぁ、朝日、毎日が競ってね」
西部氏「毎日もやってたんだけどね。本当に敗戦の日まで頑張ってるからね、メディアはね。でも世間に知らされてないけども、実は意見を変えたんじゃなくて、新聞社内での権力の転覆が起こるんだよ。それまでジッと控えてたリベラル派が、敗戦と同時に会社の編集権とかを握って、そういう形で戦後が始まるんですがね。」
佐高氏「それがある種の政権交代みたいにして、新聞の責任はなかったみたいになっちゃったんです。」
西部氏「この映画はそれが執拗に描かれてますよね。」
佐高氏「香川照之、編集局長みたいな人がね」
西部氏「三国同盟を結んで、これぞわが民族の正しい道だと言って、山本五十六他にプレッシャーをかけ続けると」
佐高氏「だから昭和20年8月15日に、新聞の戦争責任で辞めた人って、朝日新聞を辞めたむのたけじしかいなかったんですって。一人でもいたのが救いなのか、一人しか居なかったっていうことなのか(笑)」
西部氏「これはちょっとズッコケた話だけど、好戦主義。(戦争の女神の話 略)メディアも戦争が大好きなんだけど、この映画でもちょっと描かれていたけど、やっぱり女たちも、男たちが戦うのを見るのが好きなんですよね。
結構、あの時代の女たちは戦後、夫と子供を戦争に取られてかわいそうな女たちみたいな話か出てこないが、同時にいかに女たちが戦争を煽るのが好きかというのを僕はもうちょっと描いてほしかった。」
佐高氏「なるほど~。まぁ煽られて行くのが男ですからね。そういえば戦後パンパンという変な言葉ありましたよね、娼婦。米軍相手の。
で、あの人たちの事を書いた中で、彼女たちから見ると、日本の男は打ちひしがれてて魅力なかったと。(そうね~) 敗戦国の男たち。で、やっぱり米兵の方が魅力があったと、、」
西部氏「女はやっぱりね、危機的な状況では、金と権力の周りに女たちは群がるんですよね。だからパンパンもそうだと思うけど、
ところでね、たまたまテレビ見てたら、フィリピンの米軍基地があった時の話で、パンパンって言葉が出てきた。米軍基地があった近所の村の名前がパンパンだった。そこに米軍相手の娼婦が、、それ(言葉)が日本に持ち込まれた。
それを見ただけでも米軍が、フィリピン経由で日本にやってきたっていう事は、タガログ語のパンパンという言葉を見ても明らかなんだよね。」
佐高氏「でも、新聞の責任っていうのはもう少ししつこく丁寧に言わないとアレだ。」
西部氏「それと世論というものの怪しげさね。そういうメディア世論の作り出すひとつのムード・雰囲気・気分の中に、多くの人がワーーッとなだれ込むという、やっぱりデモクラシーの根本にはそういう動きがある。
ですから大戦争こそはまさにギリシャの昔から民主主義につきものみたいなところがある。アメリカだって民主党時代に大戦争やることが多い。
だから民主主義はね、平和主義なんて、、平和と民主なんて言葉はねそう簡単に吐くなよと。
だって民主主義というのは多くの民衆の気分を集めないと民主主義は成り立たない。それが世論だが、それは雰囲気であり気分であると。.そうすると戦争と結びつきやすいものだ。」
佐高氏「だから民衆が愚かであるか賢明であるか。賢明だという前提に立っちゃうからね。(西部氏の弟分の佐伯啓思が竹中平蔵を産経新聞でこてんぱんにやったのと話など 略)」
佐高氏「山本五十六って、米内光政とか井上成美とか海軍三羽烏とか言われて、、この映画見る限り、それなりにもちろん山本五十六の支持者も居るが、強力な反対者も海軍の中に居て、そういう人たちに対する働きかけっていうのはあまりないですね。
俺は俺、あいつはあいつの道を行けみたいな、、」
西部氏「昔、戦記物をまとめて読んだ時に、海軍の中にドイツ帰りで、鹿児島出身の神重徳が中堅幹部でいて、強烈に三国同盟で対米決戦、、
陸軍は親米英で、海軍はドイツ派だという単純な対比があるけど、どうも海軍だって中堅幹部たちはドイツ帰りでしょ。1930年代ナチズム・ファシズムが熱狂を持って一般民衆から支持されているという光景を見て帰って、、なんか滅びつつある帝国のねぼやけた戦略・戦術を真似してどうするんだー!っていうね、強烈にドイツ派が海軍の中に居たんでしょうね。
したがって上の方は若干、米内光政から始まって親米なんだけど、やっぱりその中堅と上層部の間に乖離があったんでしょうね。」
佐高氏「だから城山三郎さんは、17歳で海軍の海兵団に入って、ハンモックの上で寝かされて、夜中にそれを訓練だー!と切られて、、だから海軍が合理的だなんて戯言だって書いてある。」
西部氏「(この映画は)歴史の大きなひとコマをもう一度66年ぶりに新しい角度で描こうとした、、」
佐高氏「海軍の山本五十六が居る所にむ、陸軍の青年将校が押しかけて、鉄砲を向けて。そういう対立みたいなものもあったという事が丁寧に描かれているという。」
西部氏「やっぱりね、始めた以上は、本土決戦まで行っちゃったらどうなんだと、徳富蘇峰は言ってたし、それから何十年か経ったら、ベトナムはまさに自分たちの本土で十年戦争をやってアメリカを追い返したし、アラブも色々とがんばってるしね。
日本は見事な戦争をやったんだけども、結構なんか負け方は不甲斐ねーなって(笑) 僕の子供の時からの(笑) もっとがんばりゃ良かったのにって、、」
佐高氏「なんか、急に咳き出てきました、はははははは。」
西部氏「でも彼は戦争始まって2年半で、現地視察に行って墜落事故(ほぼ自殺みたいなもんで) でも不時着した後も生きてて、最後に動けなくなってピストル自殺したと。
でも、そういう時代だから我々のような戦後に生まれた人間があんまり大言壮語できないからね。
なかなか立派な長岡人でしたと。」
佐高氏「なるほど。私がもし書いてればどういう結果になったか分からないが、軍人だからということで否定されるような人ではなかったということですよね。」西部氏「そうそう」
佐高氏「その点は見事に浮き彫りにされているような気もしますですね。」
「週刊金曜日」発行人の佐高氏も、西部氏の前では大人しい(苦笑)
二人は真逆のイデオロギーを持っているけど、映画評のトークとしては知識が豊富で、引き出しが多いので面白かったです。
この昔の西部氏の2本のトークの書き起こし、今日読み返してみて、ぜひ1人でも多くの人に「知って」ほしいと思って再掲しました。
「民主主義はね、平和主義なんて、、平和と民主なんて言葉はねそう簡単に吐くなよと」「日本は見事な戦争をやったんだけども、結構なんか負け方は不甲斐ねーなって(笑) 」
↑なーんて、テレビで平気で言えるのは西部邁さんだけ
西部氏を最後に見かけたのはプライムニュースでしたが、安倍総理批判に終始し、「ジャップ」がどーのと言い出したので・・ちゃんと見ませんでした💧
だけど西部邁氏の、激しい命がけの生き方はとても好きでした。合掌
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西部邁さん入水自殺のニュースを見て、あらゆる事に溢れる知識で語っていた時の、その温和な笑顔を思い出しました。
昔、朝日ニュースターのトーク番組【西部邁・佐高信の学問のすゝめ】で、
特に面白かった回を2本書き起こし記録していたので、この際再掲します
1️⃣本目は、「従軍慰安婦小説と在日朝鮮人」に関するトークの中で、「総連系を引率して韓国旅行し現地女性から罵倒されケンカした話」、「在日の野球選手の話」、「特高に志願した韓国人の話」など。
実地で関係者から聞いた話はとても説得力があり、「慰安婦は娼婦」と言い続けた西部さんに極左の佐高氏ですらスルーでした
2️⃣本目は、東京裁判・ミッドウェー海戦・戦争賛美の新聞社(朝日・毎日)・現在のイランの立場と当時の日本の比較・パンパンの話などです。
まずは、アノ、リテラの記事から
西部邁が自殺を予告していた!「10月22日に死ぬ気だったが、総選挙になったので延期した」 2018.01.21
・・一体どういうことか。西部氏といえば、東京大学時代に60年安保闘争に参加するも転向、その後は保守論客として活躍を続けてきた人物だ。とくに1990年代には『朝まで生テレビ!』(テレビ朝日)に“レギュラー”出演、改憲はもちろん、自虐史観批判、核武装や徴兵制の導入まで主張し、歴史修正主義団体「新しい歴史教科書をつくる会」にも理事として参加。“ネトウヨ”の生みの親のひとりでもあった。・・
西部氏の評価、全く間違ってます。西部氏は真の愛国者だっただけ。そしてリテラの1万倍頭が良い。
小さな器で、巨大な器を評価しようとするからおかしな記事に・・(;一一)
では、8年前に極左の佐高氏とやっていたトーク番組を。少し長いけど、面白いです
«従軍慰安婦小説『めぐりくる春』 対談 (西部邁・佐高信) 【学問のすゝめ】»2010年9月 8日
朝日ニュースター【西部邁・佐高信の学問のすゝめⅡ】は、
2年目のテーマは「本」。人類の遺産とも言える「古典」、今の時代を映す「ベストセラー」、そして今 読むべき「お奨め本」など保守派の碩学、西部邁とリベラル派の代表、佐高信が更に自由に語り合います!
こんな番組で、今回は、従軍慰安婦小説と在日朝鮮人に関してだったので、西部・佐高氏2人の対談を記録しました。(ただし、長いので流れはそのまま要約、その小説『めぐりくる春』と関係のない話は省略)
佐高信氏は、アノ週刊金曜日の発行人。西部邁さんは《西部邁・平沼赳夫の鳩山クッキング》でお馴染み?かも。
佐高氏「第2ラウンド、今回はヤン・ソギルさんの『めぐりくる春』なんですが、ちょっと西部さんには読みにくい本(笑)」西部氏「いやいや、スラスラと。これ週刊金曜日に連載された、、(笑)」佐高氏「じゃあVTR」
今回取り上げるのは、作家・梁石日(ヤン・ソビル)氏が従軍慰安婦問題を取り上げた『めぐりくる春』。日中戦争が始まった日本占領下の朝鮮半島を舞台に、出稼ぎに出ていた少女スンパが17歳の時に、日本人の警官に騙され、従軍慰安婦にされてからの過酷な運命を描いている。
作者の梁石日(ヤン・ソビル)氏は大阪に生まれ、『タクシードライバー日誌』で作家デビュー。
主な作品に在日を描いた『夜を賭けて』実の父をモデルにした『血と骨』。幼児の売買春・臓器移植を描いた『闇の子供たち』などがある。
佐高氏「梁石日(ヤン・ソビル)って人の作品は、映画なんか含めて初めて?(初めて) あ~」
西部氏「血と骨?! はある酒場の女性が観て、あんまりあんまり残虐なんで西部さん見るなって(笑) 素直に観なかった(笑)」
佐高氏「酒場の女性の言う事聞かれた?(笑)」
西部氏「僕ね、これ読んでて、一言で言うとね、作者に悪いけど、非常に読み易い本でね、
物事の一面は表現されてるんだろうけども、やっぱりね・・・・・薄っぺらでね。読みやすかったけども、物事の一側面をかすっただけで、心に打つものがほとんどなかった。」佐高氏「薄っぺらって、人間が生きていく、、」
西部氏「これ日本の戦争の小説もだが、例えば軍隊というもの、娼婦と軍隊の関係でも人間性そのものの否定だという表現が出てくるけど、でもそうだったら小説の表現はつまんなくなるんではないか。
僕に言わせれば、戦争も、戦争の性も、性をめぐる暴力その他も非常に歪んだ形だが、人間性そのものの発露でもありうるという視点がないと、結局はどっかに悪いやつがいて良い人はかわいそうみたいな話で、子供向けの紙芝居になっちゃうと思う。」
佐高氏「ただこの中に、日本兵と慰安婦の恋愛、、」
西部氏「まさしくそう。気が付いててだから作者の表現の中に矛盾が生じるんじゃないかと。
要するに、韓国人の娼婦と日本兵の間に恋愛が生じて、、そしてそれを人間性というのならば、人間性そのものの否定なんて事は簡単に言えないんじゃないか。
いい例かわからないが、第二次世界大戦だって、好きではないがレマルクがドイツ人にいて、凱旋門とか愛する時と死する時、、あれも簡単に言うと ドイツ人の若き兵士がヒューマニストとして振舞う。ところがドイツの戦争はナチスで言えばここで人間性を否定する、悪しきナチス党員がいたみたいな話になる。
やはり今頃書くなら、そういうどっちをとるかみたいな話じゃ、戦争とか性暴力はないんだと表現してもらいたいなぁ。」
佐高氏「西部さんは要するに従軍慰安婦論争みたいなものがあって、従軍慰安婦は存在しなかったという、、」
西部氏「僕は、"従軍慰安婦"は直どおりに解釈すると、軍の動きと共に兵隊を性の面で慰安する婦人の話と。そういう意味なら別に従軍慰安婦はどっこにもいるもんだが、問題は軍の強制連行で行われたかどうか。
もちろん強制連行があったという証言もある事も知っているし、でも調べたらそれはウソの証言・誇大な証言だったと。
僕は両陣営とも偏執的に強制連行があったあったと証言を集めてくる人たちと、その証言を逐一偏執的にまた調べまくってなかったと言っている人達、、もう勝手にやってくれと。
というのは、この話戻すが、最初の方に先程『日本の警察に騙されて』みたいな事があったが、その前冒頭に『小作地の見回り役としてのコヘイセイ、それを誘い込むわけ』(朝鮮の人をね) そうそう、僕はあんまり経験ないんだけど、僕がいくつか実地に関係者から聞いた話で言うと、
例えば友人のお父さんが、日本軍に協力したという事で樺太でソ連軍に処刑された人の話だが、木浦(モッポ)は当時日本兵の労務者の娼婦も含めて、運び出し基地で、彼はそこから韓国人・朝鮮人を日本に運んできた親分。
ここいう話は多くて、困っている朝鮮人、娼婦を収入が十倍になると誘って集めて、それで運んできて日本の軍隊に就けるとか、日本の鉱山なりに就けると。
そういう事が考えられないまま、強制連行という紋切型の、軍隊の強い日本と当時弱い韓国で、そうなれば当然強いものが弱いものをやっつけてきたハズだ。押さえつけたハズだ。強制連行したハズだという、そういう話がだんだん尾ひれが付けられるのはなんか変だなぁという気持ちはある。」
佐高氏「その命令書があったかという話をこうやるのは、私も違うんじゃないかと思う。例えば城山三郎さんの『特攻』でも、特攻志願の者は前へという話がある。その時に出ない訳にはいかないという状況、それしか選択肢がないというものを、つまりそれは強制ではないという風に(笑)言った場合には、実態とはちょっとズレると思う。」
西部氏「そう、それはズレるよね。だからそこの所はほっんとうに微妙で、しかし反対に強制がないというのも現実としてズレるし、また強制だというのもズレる。
まぁ特攻の話の方が論じやすいけどね。やっぱり学徒出陣も自分は国の為に死ぬと言う気持ちで行っている。
そこまで本当で、然しながらギリギリまで来たら特攻で一人で死んでいくという事は滅多に選ばれるもんじゃないという意味では、志願したくないなと思う人が多かった事は簡単に想像できる。
でも、私心では志願したくない、死にたくない。然しながらその当時時代の中でのパブリックマインドの在り方として青年たるもの志願せねばならん。つまり一歩前に出るか留まるかという時には、私心とパブリックの心のせめぎ合いがあるわけで、人によっていろんなケースがあるので、そこの所を表現する事は、社会学的にはムリだが、文学はそれだって良い気がする。」(中略)
西部氏「各謝罪談話の話は、100%否定はしないが、過去の歴史上にあった事柄について、後世がそれについて反省するとか、謝罪するとかそういう事を軽々しくやるという事の中に、
それこそ人間性についての間違った判断が、、つまり人間の感情、認識自体が歴史の中にいて時代の中に居て、そういう中にいない我々があれは悪かったとか良かったとか、果たしてどこまで言えるかという、、そのことに対して物凄い軽はずみな、オマエさん達は何者なんだと。」(佐高氏、小泉・安倍氏批判 略)
西部氏「当時の法律も知っているし、
ロシアの南下政策・韓国がロシア人を軍事顧問として雇っていた状況も全部知った上で、、しかし日本は軍国主義が強まった事は確かだが、その歴史上のやむおえざる事情も絡み合っているので、反省・謝罪ではなく、遺憾であったという言葉に留めるべきだとずっと思っている。」(中略)
佐高氏「ヤン・ソギルは、様々な体験を経て、夜逃げしたりタクシードライバーずっとやったりした人だが、ヘンリー・ミラーに没頭した、ある種の日本のヘンリー・ミラーみたいな所があるので、腰が据わってる書き方はしている。」(かっけの話などに脱線 略).
西部氏「・・話戻していい?
これもわずかな経験なんだけど、日本に来た韓国人の事『僑胞(キョッポ)』って言うが、僕一度、在日で総連系を連れて韓国旅行した事がある。偉そうに言うと僕が引率って感じで。徐兄弟って拷問にあったでしょ? あの人がスパイだったという話ではなくて、あの後だったのでなかなか怯えて、、
つまり脛に傷があったから傷持ったまま本国へ帰ったら、何かの具合でKCIAにやられるんじゃないかという、帰れないという人達が何人かいて、大丈夫だと僕らが連れて行ったことがある。
その時4箇所、ソウルから南下して慶州・百済のプヨ?・・最後釜山行ったりして、色んな町でバーなんかに入ると、カタコトの日本語を喋れる女性達が、連れて行ったキョッポに対して、物凄いアグレッシブルな事をいう。罵倒に近い。
『アンタ、所詮キョッポでしょ』と『カネが欲しくて国を捨てて日本に渡った人達の子孫でしょ』と『韓国人のクセして韓国語を喋れないの』と。
僕は義憤に駆られて女性達を叱った。『色んな事情を抱えて日本に居たから韓国語が喋れないだけであって、自分の母国が懐かしいって来ているだけなのにそのからかい方は一体なんなんだ』と柄にも無くケンカしたことがある(笑)
韓国の本国の人達は統計的に分かっているんじゃないかと。あの当時の韓国は貧しいから、少しでも安定した金銭収入にありつきたいと日本列島に渡ったんじゃないかという、本国の人達は共通認識として思ってるんじゃないかと。
韓国語を喋れなくなった在日の子孫にそういう言い方をするのは、そういうのをやっちゃいけないって国際作法にしてもらいたい(笑)」(ブラジル移民の話 略)
佐高氏「北朝鮮の帰還事業もそこにしか希望を託せないと、、それからね、ジャイアンツの新浦っていうピッチャーがいたでしょ? あの人はまさに在日で、(向こうに行って野球やってたでしょ) そうです。それから広島の福士が、関川夏央が『海峡を越えたホームラン』という本の中で書いたが、まさに渡ってから苦労するわけです。『オマエはキョッポだ』と『ハングル喋れねぇじゃねぇか』と。」
西部氏「その裏を返して、佐高さんどう思うか、、NHKで去年?、あの戦争の時に韓国人でありながら、といっても国籍は日本だが、特攻に志願する話で、ただその番組の趣旨は結局『かわいそう』って趣旨のフイルムになっているわけ。
でも僕は外交上の礼儀作法から言ったら、一応外国人が日本の為に決死の覚悟でカミカゼ特攻という作戦、、あれは原則志願だから、志願してくれたという事に、日本人が果たしてしっかりと感謝したのかどうかと。
僕はしっかりとありがとう、ご苦労様でしたと、あんな志願したら必ず死ぬのに志願してくれたことについては、後世の者としては、ご遺族に日本として感謝すると。感謝状と共に差金ね(笑)」(中略)
西部氏「・・・そういう番組を作るといっつもね、さもこんな酷い戦争の酷い乱暴な作戦に外国人が巻き込まれたと、犠牲者であると、そういう脈絡でしか作られない物語が、僕は嫌だな。」
佐高氏「この『めぐりくる春』をめぐってシンポジュームみたいなのをヤンさんも含めてやった時に、
インターネットでユーチューブかニコニコ動画か、バーーッとこうくるわけだが、その大部分が『証拠を出せ』って(笑)ばっかりなんですよ。『証拠出せ証拠出せ』って。
それと『何十年経った後に名乗り出たじゃないか』という話で、それについては在日朝鮮人のエッセイストの女性が、日本以上に儒教の国だから、故郷に居られない、ね、つまり慰安婦とされた場合、????できなかったというのがある。それは日本だって似たようなものありますよね?」西部氏「もちろんそう。娼婦をやるという事はね。」
佐高氏「だから証拠を出せって(笑) じゃあ、そこで一旦決着したらアメリカの原爆も非難できないのかという話になる。」
西部氏「だから、ともかく僕は結論は簡単すぎるけど、過去の歴史については、自分がその場に居たとしたらどこまでできたかという想像力を最大限駆使した上で、、申し訳なかったと言わざるを得ないと覚悟した上で、然しながらやっぱり国際社会だから、条約というレベルもあれば、、それからこれは誰もハッキリ言わないけど、あの当時は、帝国主義の末期というより最高潮の段階なんですよ。あけすけに言うと侵略する力を持っている、侵略した実績を持っているかどうかに於いて一等国、二等国、三等国が仕分けされるような世界史の段階だった。
しかもその段階を作ったのは別に日本ではなく、欧米のイニシアティブ。
だから日本は免罪と言ってるんじゃなくて、そういう事を全部ひっくるめて、仕分けをしながら語ってもらいたい。」
佐高氏「ただ、今までこういう従軍慰安婦についての小説についてほとんど書かれてこなかった。ねっ。『朗読者』との違いはどうなんだろう?」
西部氏「やはり男であれ、女であれ、裏表で、オープンと秘密とかかなり複雑なもの。
それを愛しているか愛していないか、悪いか良いかという形で二者択一するような形には出来るだけ気をつけてもらいたい。
例えばこれね、ヤン・ソビルさんにケンカを売ってるワケじゃないが、こういう文章が気になった。『日本兵士は恐怖のあまり娼婦という女に抱きつき、娼婦は日本兵に対する恐怖のあまり、兵隊から逃れようとする』と。
もちろんそういう人も居たと思うし、大まかに言えばそういう風に見えたかもしれないけれども、しかしそれはいかにも単純すぎるし、ヤン・ソビルさん自身が互いに惚れ合う兵士と娼婦の話を承認している事にみられるように、そんな風に兵士と娼婦の関係をぶった切るのは僕はちょっとアレだと思った。そこの所もうちょっとね、、(情婦マノンのストーリー 略)
つまり娼婦と外国人の間には、恐怖と憎しみと色んなことがあるだろうが、同時に滅多にない男女のドラマも出現する。」(美輪昭宏の話など、略 )
佐高氏「西野瑠美子って人が色々聞き書きして書いた従軍慰安婦の本のネタ元にしながら、
ヤンさんがフィクションの翼を広げてアレしたが、従軍慰安婦と兵士の間に子供が生まれて、どっかに里子に出すというか、、」
西部氏「お腹の中の子供を溶かしちゃうっていう言い方とかね、確かにあったと思う。でもそれは軍隊関係の娼婦に限らない事で、貧しいって事も関係ないのかなぁ、
つまり娼婦ってのは人類と共に最も古い商売のひとつで、なんなんだろうと思う時がある。人間って言うのは、、(一度だけ、東大に入る前に、赤線で娼婦を買って嫌だった詳しい話 略)
人間ってそんなとこあるから、戦争物だから暢気な話は書けないにしても、もうちょっと男も女も歴史も何もかも含めてもっと民間と軍隊ももっともっと人間的に書いてもらいたかったって気はするなぁ。」
佐高氏「まぁ西部さんが最後まで読み通してくれたっていう事で(笑)」
以上
西部氏が一度も「従軍慰安婦」と言わず、一貫して「娼婦」と言っていたのが、全てを物語っている気がします・・
2本目につづく・・
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«沖縄に来た「少女像」制作の自称・芸術家夫妻と、元北朝鮮工作員立命館大学教授(徐勝)の活動 【虎ノ門ニュース】 » 2017年2月 3日
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前記事で、辛淑玉氏の日本人ヘイト番組を紹介しましたが、
その番組で特集していた「在日コリアンの歴史」を、この際少し手直しして再掲します。
(前半は「在日韓人歴史資料館」内の様子と解説。戦時中・後の朝鮮人の生活。炭鉱事故の事、関東大震災の時の事件、創氏改名などのレポートとアンジュングンと伊藤博文の話など)
これは、私が2009年にブログを始めてすぐに書き起こししたもので、歴史面でまだはお花畑に片足突っ込んでる状態💦
その時は5回に分けて記事にしたけど、今回は前半・後半の2回にしました。今読み返すと当時の私の感想がユルユルです(苦笑)
《<韓国特集> 「在日コリアンの100年」 その1 【痛快!おんな組】》2009年5月22日
朝日ニュースター【痛快!おんな組】<韓国特集> のレポートです。
(かなり長いし、画像も入れたいので2回に分けて書きます。今回はゲストの姜徳相氏の生い立ち等の井戸端会議。)
ゲスト:元一橋大学社会学部教授で現滋賀県立大学名誉教授で歴史学者、在日韓人歴史資料館館長の姜徳相(カン・ドクサン)氏
(関東大震災といえば姜徳相先生。二歳で渡日と紹介)
辛淑玉「姜先生・・一世??でらしたんですね。」
永六輔「(自分も)33年。同世代」
姜徳相「いえ、一世ではなんいです。向こうで生まれたと言う点ではね、二世です。ただ二歳で来てるでしょ。ですからふるさとの山だとか川だとか友達だとかそういうの一切ないんです。(ただ生まれただけ!?)そうです。私は東京渋谷育ち。そういうことです。」
辛淑玉「私も渋谷生まれ!(笑)。そうすると出産の為だけに韓国に戻ったのではなくて、産まれてすぐこちらに来たと!?」
姜徳相「そうです。1932年生まれですから、34年の12月にこっちに来てるんです。」
辛淑玉「歴史学者としてもたくさんの著書がありますが、姜先生は日本の戦前・・・在日としての、あっ自分は在日なんだと、認識したのはいつ頃の事なんですか?」
姜徳相「もう、私のうちはクズ屋ですから、・・・親方がいてね。うちの親父は親方なんですが、下に(??)がいてこれみんな同胞です。ですから周りの人と違うんです。クズの山がこうありますしね。隠しようがないですね。だからずっと最初から違うと認識は持っていたと思います。」
辛淑玉「お父さんとお母さんは日本語はどんな感じだったんですか?」
姜徳相「お袋は、日本語は出来ません。もう死ぬまで朝鮮丸出しの日本語でした。親父はね、外へ出て色々やるでしょ。ですからもう全然朝鮮訛りがありません。これはなかなか立派なもんです。」
辛淑玉「先輩世代で、日本の大学の教授になられるって事は、在日にとっては、物凄いキラ星のようなもので、その時に勉強したり学ぶって事は、姜先生の世代ってのはもう本当に難しかったですよね。勉強好きだったんですか?(笑)」
姜徳相「特に歴史ってのは、やっても何も就職とかね結びつかない。ですから私が歴史を学んだっていうのは、子供の頃は歴史、大っ嫌いなんです。どうしてかっていうと必ず神武皇后・豊臣秀吉、日清戦争の樋口、・・・広瀬中佐ね。(この辺の名前合ってますかね^^;)そんなものが出てきて、その下には必ず朝鮮があるわけです。
だから加藤清正が虎退治っていうと、クラスのやつが皆見るんですよね。こう小さくなっていましたね。だから早く過ぎれば良いなって。で、あの頃の教科書、神武天皇のおじいさんだったか・・・雲の上に乗っているんです。先生に何で雲の上に落ちないんですかと聞きに行って物凄く怒られた。職員室へね(笑)。そういう事があって歴史は好きじゃなかった。
歴史をやるようになって、これ、いつから始まったのかなって事を調べてね、二年前ぐらいに、錦絵に出てくる朝鮮で、神武皇后から始まるんですね。加藤清正の虎退治。 幕末明治にこういう考えが完成したんだなと。そういうことを本に書きましたけどね。それはあの時の非常に嫌な思いってのがあって、集め出したらそういう傾向がきちっと出てくるもんでね、面白かったと思います。」
中山千夏「お年頃からすると戦争が終わった時が(13歳)13歳ですか。それまでの学校っていうものはもう本当に、本当に嫌な教育の、ね。」
姜徳相「遊んでも、腕力は強かったですよ。ケンカでは勝つんです。口も達者でしたからね。だけど最後に『朝鮮人野郎!』で終わりです。もう勝負あった。」
中山千夏「絶対的なカードなのねー。」
永六輔「同世代の日本人としてうかがうんですけど、学童疎開はどうなさってたんですか?」
姜徳相「私はね、自分で疎開したんです。東京空襲があったでしょ。三月十日。四月の空襲のすぐ後に宮城県に疎開しました。集団疎開じゃないです。縁故疎開。」
辛淑玉「集団疎開と縁故疎開の違いはなんですか?」
永六輔「集団疎開は文部省が立派な大人になって戦争に参加できるように、学校ごと」
中山千夏「クラスの友達全員が一緒に。」
姜徳相「それは、小学生、、、私は中学生でしたから。中学一年から二年にかけて」「動員もしました。軍事工場じゃなくてね、二年ですからね、田舎でやったのは開墾。畑を耕して。」
永六輔「僕らの近くの被差別部落と朝鮮の人達は学童疎開に参加出来なかった。」
朴慶南「えー、そこに区切りとか差別とかあったわけですか」
姜徳相「うん、あった」
辛淑玉「当時、周りには同じ在日の同胞はおりました!?」
姜徳相「はい、いました。女の子でしたけどね。私は二組であの子は四組なんですけどね。
で、金玉子(キムオッチャ)って言うんです。玉子(たまこ)さん。で、ガキどもが名前をね、キンタマキンタマってね。いじめるんですね。本名だったんです。その子はね。
私はね三年の時に創氏改名した。『神農』の名前に変わって、だけど日本名に変わったけど、下の方の『徳相(トクソウ)』はね、変わらないんですよ。だから神農 徳相(シンノウ・トクソウ)ってのはね、担任が変わったりね、課外の音楽の先生とかね分かんない先生来るでしょ。出席簿見ると、まず名前の変な異常さに気がついてオマエどっから来たんだと。」
朴慶南「神農はなんで!?」 中山千夏「中国の神様ですよね~」
姜徳相「神様の農ですね。姜氏はね元々族譜を見ますと、『神農しセイはキョウなり』というアレがあるんです。でそこから来たんです。で姜は大概、神農になるか、大山、神田。」
朴慶南「大体この苗字は、金なら金田とか、朴は新井とかね。なにか共通性があるんですよねぇ」
辛淑玉「私は辛だからシンさんシンさんで、新山になるんですよねぇ(笑)」
ここまでが序章です。最初の「二歳で渡日」って聞き慣れない日本語でした。学童疎開と縁故疎開の違い、私も知りませんでした^^;
確かに昔は、酷い差別があったかも知れません。うちの親も結構言う方で、子供の頃はそれがすごい嫌でした。
私は、この在日の人の話に限らず、戦時中の話とか戦後の生活の話とか興味があります。当時の苦労は現代に生きる私たちには想像もできませんからね。つづく・・・
次の記事は「在日韓人歴史資料館」内の様子と解説です。戦時中・後の朝鮮人の生活。炭鉱事故の事、関東大震災の時の事件、創氏改名などのレポートです。
◆レギュラー出演者 (順不同、敬称略)
辛 淑玉(シン・スゴ) 人材育成コンサルタント 中山 千夏 作家
永 六輔 放送作家 朴 慶南(パク・キョンナム) エッセイスト
境分 万純(サコウ・マスミ) ジャーナリスト 山根 春美 フラワー作家
◆ゲスト出演者 在日韓人歴史資料館館長 姜徳相
《<韓国特集> 「在日コリアンの100年」 その2 【痛快!おんな組】》
『在日韓人歴史資料館内の映像』と姜徳相氏によるの説明です。(地名がよく分からないのでカタカナにしてあります^^;)
「ここは船ですね。
最初の頃に出航していた船ですね。済州島と大阪の間を往来した船です。
君が代丸って言います。航路は下関からレイスイ。博多からレイスイ。1920年代。1910年から朝鮮は日本領になるんです。
それで、総督府という植民地としての地位になって、まあ従属した形です。
ですからその間に、朝鮮から日本に労働者として移動してくる。
あるいは戦争中には炭鉱などに強制的に労務動員される。そういう形で在日っていうのは作られているっていうことですね。」
「これ、大変面白い。
朝鮮の北の方のタンゲってとこなんですけどね。
ここからこうーー来て、東京までの汽車の切符です。42年ですね。
昭和で言うと16年ですか。17年ですか。
で値段がね、39円55銭。今の貨幣価値にして・・・、あの頃、普通のサラリーマンの月給にして50円あったかなかったかじゃないですかね。」
「これはね、炭鉱ってのはすごく劣悪な労働条件ですね。保安施設も非常に貧しいわけです。
これは宇部っていう山口県の炭鉱で海底炭鉱なんです。海の下に石炭山があるんですね。
だから、陥没しちゃったんです。海が。海水がワッと入ってきてここの人は全滅をしたんです。
ところがこの鉱山はこの人たちを水をかき出して死体を取り出すと物凄く金が掛かるわけです。で、この山はもう駄目なんだ。だから埋めちゃった。
ですからここに居た数百人の人はまだ骨も回収されない。そのまま。その時の賃金の支払い票とか、その後の色んな捜査が行われているということですね。まだ死体はこの中にある。骨も回収されてないですね。そういうのが宇部の炭鉱の話で、大変に有名な話です。」
「これはね、1930年代の、多摩川の砂利採取の労働現場です。
そして今でも多摩川の川っ淵、チョウス、シチュウ、イナダ、ノボリト、南武線のツタヤマ、
あの辺は朝鮮人はとてもたくさんいます。
その砂利採取をした人たちがあそこに定着した、それの子孫なんですね。」
「で、これ一日30銭で働いて。で、生活はというと極貧です。多摩川の川べりにあった彼らの住居です。」
「これがね、当時の・・・朝鮮人には家、貸さないんですよ。ですからやむなくね、こういう河川敷だとか、こういう基地を占拠して自分で家を建てる。
これは朝鮮式のオンドルです。これ炊き口ですね。円筒が向こうに通ってて、これオンドル小屋です。こういう家を建てました。
で実際に私もこういうとこに泊まった事がありますから。
戦後暫くまで残っていたとこです。そこにはまさにこういう朝鮮性そのものの生活、が残っていた所です。」
「・・・これね、金持ちのおまるです。これ貧乏人のです。
日本の住宅で、なんでおまるが必要かと思うでしょ。それはね、これで分かるんです。」「これは、東京の朝鮮人部落です。
これはさっき言った砂利採集ですね。
でこれは豊島区・・今のカナメ町の辺りです。西武線が通ってます。これです。
池袋から次の駅の間に昔はあったんですね。これ見るとね、おまるが必需品って分かるんです。
トイレと水道がないんですよ。全体の中に一箇所か二箇所しかないんですね。
そうするとやっぱり夜は危険だから、トイレに行けない。そういうことが珍しくなかったです。
だからどうしても、これが必需品だったということが分かりますね。」
「在日朝鮮人にとっては、忘れることの出来ない、すべてある面でトラウマと言っていいと思いますね。
関東震災です。
もう日本政府は当時の偶然的なことで、
一部日本人自警団がやったんだということで蓋をしちゃってますが、実際そうじゃないですね。
戒厳令を軍隊がしいて、朝鮮人が暴動を起こしてると。・・・軍隊が真っ先に出て行くんです。そして警察がその軍隊を道案内して朝鮮人虐殺をする。
それに自警団が俺の町は俺たちが守ろうと言うんで、軍隊や警察に協力すると、そういう形での官民一体の形での体制が出来ている。これが真実です。これ軍隊ですよね。これは警官ですよ。警官は後ろで手縛って連れて来てますよね。そして自警団が日本刀や槍あるいは、とび口これでこういう風に殺している。民衆はこうやって見ている。
恐らくこれ隅田川なんです。エイタイバシの辺りには官憲の記録がちゃんと残っています。朝鮮人を殺したっていうね。多分そうだろうと思います。」
「これは戦争中の日本人になれ。郷に入っては郷に従えと、日本風の生活をしろということを教え込んだ協和会。これ大阪本部です。」「これがね、創氏改名の通信簿で、ちょっと話題になった資料です。
これ見るとね、昭和15年度です。創氏改名なった年、1940年。そして、この人は3年なんですね。
で、3年の時の通信簿、一学期はイ・モヨン、二学期は武田茂と、本名が消されて日本名になるんですね。で、創氏改名が日本でなされていると。私の記憶と全く同じです。
私もこの人と同学年で、3年の時に二学期に担任の先生に教壇に呼ばれて、みんなの前に・・こう言いましたよ『キョウ君は今日から神農に替わったから、みんなそのように心得て』そう言ったのハッキリ覚えてますよ。で、友達たちはアイツ養子に行ったのかなぁと思ったそうです。」
「これが1945年までの状況です。で、この虐殺の問題に関しては、未だに日本政府は一言も調査もしないし、謝罪もしないし、もう頬かむりした状況のままです。
そして、在日が・・よく朝鮮人怖いと言う人いますね。それはね、この時の流言蜚語からなんです。朝鮮人が爆弾投げた。火をつけた。強姦したというね。
これがね間違いだと言うことを日本政府、言ってないんですよ。未だに。あのやっぱりきちっとね間違ったことをやったならやったと、歴史の汚名の回復って言うんでしょうか、歴史的な濡れ衣を・・・きちっとしてくれないと困るなという感じがしております。」
歴史資料館内の説明はここまで。
・‥…━━━・‥…━━━・‥…━━━
在日の人の生活と主張は、よく分かりました。
で、関東大震災時の朝鮮人虐殺数について、当時の政府(司法省)の調査では233人、吉野作造の調査では2711人、最も犠牲者を多く見積もる立場からは6415人(「独立新聞」社長の金承学の調査)と幅が見られ、(ウィキペディアより)韓国の教科書では、多い数をとっているそうです。
あの当時、閉鎖された中で、こんな情報がもたらされたら、皆パニックになるのではないでしょうか。
朝鮮人が暴徒となって放火していると伝える大阪朝日新聞(大正12年9月3日号外)
《 <韓国特集> 「在日コリアンの100年」 その3 【痛快!おんな組】》
中山千夏「これ、去年お出しになった本ですね。写真で見る在日コリアンの100年。(来年がね丁度100年になる)
さっき、ちらっと見せていただいて、凄くビジュアルのとってもいい感じの本」
朴慶南「資料もね、今発掘したり集めたり、残して行ってる。」
中山千夏「貴重な資料がいっぱい載ってますねぇ。」
朴慶南「力道山も写ってますね。」
中山千夏「あたしが子供の頃、、懐かしいですよ。」
姜徳相「玉の海も載ってます。」
辛淑玉「外国人初の力士、横綱っていわれるといつも曙とかが出てくるけど、本当は玉の海。」
朴慶南「だから、力道山も朝鮮人であることを、、最近は慣れているけど、当時はタブーでしたもんね。日本人のヒーローになってたもんね。」
姜徳相「玉の海は自分では最後まで隠してましたけどね。お兄さんがね、韓国で「ヤクザと横綱」って本を出したんです。それで自分の弟のこと書いて、だからこれはまぁいいだろうと言うことで出したわけです。」
辛淑玉「あの私、日本各地に仕事に行くと、男女共同参画なんかに行ってもですね、高齢の男性がポツッと座っている時があるんですよ。全く会場にそぐわない人が会場に来ているんですね。100%在日の先輩。
それで、終わってから大体皆親戚だって言って来てくれるのね。まぁそんなもんですよ。それでね、今でも記憶に残っているんですけど、名古屋の駅をねあれを、あれを建てたのは私達だって、言ったのね。で、つまり枕木一本朝鮮人って言われてて、いろんなとこのね、小さな村に行っても、女性の色んな講演会なんだけど、お爺さんが来てるっていうと、もう在日の先輩なんですよね。」
中山千夏「主題のね、関東大震災の時の話をお聞きしたいんですけど、私驚いちゃうのはね、驚いちゃうって言うよりこれは考え違いかなってお話聞いて思うのは、一番デマの恐ろしい例としてね、
民間にデマが飛んで、それが大事引き起こす一番良い例という風に何となく思ってきたわけですよ。それで限りなく軍隊が果たした役割とか政府の意図があったというようなことは、我々知らなかったんですね。そうなんですか!?
朴慶南「資料を姜先生が発掘されてその辺を明らかにされてるんですよね。」
姜徳相「これまだ、私の考えですけどね、みんながそれをそうだと言っているわけでは無いんですが、
流言蜚語ってのは、出方はね、日本人の朝鮮人に対する差別的な感情、これみんな持っていたんで、それがこうあの時の朝鮮人、爆弾投げるぞという形で出たんで、民間から出たんで、それを警察がキャッチしてやったんだと。(それが一般に・・・)
だけどね、実際はそうじゃない。まだあの頃ね、朝鮮人、東京付近関東一円に二万人くらいしかいませんでした。で、皆、労働現場です。ハンバにいる、そういう季節労働者が多いんです。
ですから、今のように隣に朝鮮人が住んでいる。隣の朝鮮人の生活が臭くてしょうがないとかね、そういうアレがあまりないんです。まだこの頃は。
ですから、一般の人が、色々聞いたり読んだりそういうことでは知っていますが、朝鮮人そのものをあまり認識していないんです。」
中山千夏「あーー、反感を持つほどにも親しんでいないという、、」
姜徳相「ですから、それよりもっとね、朝鮮人は怖いぞという認識を持った官憲がいるわけです。それを商売にしている。
それは何かというと、やっぱり朝鮮の併合あるいは朝鮮の併合過程までに、日本という国家がかなり酷いことやっていますよ。朝鮮に。まぁ実際私は宣戦布告無き戦争と言っていますが、何人も殺しているんです。
だから朝鮮人が日本国家に反感を持っているっていうことは、彼らは十分よく知っているわけです。だから警戒をする。注意をしてる。日本に朝鮮人が来るとそれを視察する。管理するということを商売としてる人がおるわけです。恐らく私はそこから来ていると思うんです。
ですから、地震で権力がガタ落ちするでしょ。警察力は40%になりますよね。で、治安の維持が出来なくなるこうなった時に、まず彼らは何を考えたかって言うとあそこの朝鮮人気をつけろと必ずそう言うはずです。」
辛淑玉「丁度その前に3.1の独立運動がありましたからね。その意味で社会をコントロールする危機感を持ったということですね。」
姜徳相「ええ、3.1以後、ある面では朝鮮の独立運動と日本の軍隊とが直接こうやっているわけです。満州やシベリアでね。ですから、満州、シベリア帰りはみんなそういう経験しているわけです。朝鮮、怖いというね。
ですから、恐らくそういうものを複合したかたちで、戒厳令がまず出されるでしょ。戒厳令ってのは、軍隊が最高の権力を持った時です。ですから、剣付き鉄砲を持った兵隊が、街角に立っているときに、大っぴらに殺人事件があるわけでしょ。それがだめだって言うのが良民で殺すなって言うんだったら軍隊がやめろと、やれば自警団ハハァーとかしこまりますよ。それは。」
中山千夏「そうですよね。戒厳っていうんだから、みんなちゃんとしろって事ですから、人殺しがあったらやめろって言うのが普通ですよね。」
姜徳相「だから、逆なんですよね。軍隊が率先してやっていて自警団が民兵として協力するそういう形です実際は。」
永六輔「あのーお話うかがっているとよく分かるんですけど、最後に謝ってないって日本人が。謝ってない前に知ってないんですよね。
資料館があることは大事なんですが、知ってないって事についてひとつと、伊藤博文良いと思うの。僕らの世代でいうと。あの事件、、それはどういう風に思います!?」
辛淑玉「アンジュングンのですね。」
姜徳相「私はやはりアンジュングンがやったテロをした。伊藤博文を殺した。こういうこというと不謹慎かもわかりませんけどね、自分の生存権をね、奪われた人間ってのはね、怖いですよ。だからもう何をしても良いというね。もう最後の行き場が無いですから。アンジュングンってのはそういう事だと思うんですね。
彼があん時に言ったのは、自分は朝鮮の義兵という、日本に抗議する軍隊です義兵中将という資格で伊藤をやったんだと言ってますね。ですから単なる武器を持って人を殺すというそういう人殺しではない。と思いますね。」
姜徳相「絵葉書を見つけたんです。五枚綴りのね。これ何かというとね、アンジュングンの、、今アンジュングン記念館、ソウルにありますよね。それがね植民地時代、総督府なんかが博文寺という寺を造っていたんです。(へぇーー)寺を造ってね伊藤博文をお奉りをしてた。ところが戦争が終わるとアンジュングンの記念館になった。建物良く似てますよ。同じですよ。
だからさっき言った民族の英雄。それから明治の元勲って言うね、博文とアンジュングン記念館とそこでも繋がってるんですね。最近それ見つけましたね、あっこういうものがあったと、ビックリしましたけど。」
辛淑玉「日本で伊藤博文さんのね、事紹介される時に、テロリスト、アンジュングンって紹介される。そして韓国では民族の英雄っていう形で評価されると。
で、どちらにしても非常に悲しいことですよね。であと、思ったんですけど、先ほどの関東大震災にしてもそうなんですが、韓国政府とか韓国の社会自身も、在日の戦前戦後の歴史って言うのは知らないですよね。」
辛淑玉「]知らないっていうより知ろうとしないんですよね。」
朴慶南「関心が無いんですよね。もう全く。もう無いもののように思ってるんですよ。」
永六輔「資料館、ご案内くださいましたよね。
あの画面見てると日本語が多いんですけど、
あの資料館は両方にもちろん行って欲しいんですけど、
日本人は相当マークしてるんです!?」
姜徳相「いえ、あれは三つ目的があります。
ひとつは在日の同胞たち三世四世になって、お爺さんお婆さんの時代を知らない人に来てもらって、匂いを嗅いで欲しいということ。
日本の方にはやはり、在日ってのは日本の社会で見えにくい社会でしょ。ですからここへ来ると隣に居た人はこういう食器も違ったし着る物も違ったそういう文化を持ってたんだという事をやっぱり見て欲しい。
そして日本の国際化ってのはどっから考えたら良いかっていうね、それをちょっと考えて欲しいという事。
もうひとつは韓国から年間日本に300万位、人が来ますよ。その人たちに寄ってもらって今韓国にもう無くなっているような物もこの在日の資料館にはあると。
そういうもので自分たちとルーツを同じとする人間が日本にこれだけおるんだという存在を知って欲しいという。これ三つあります。」
辛淑玉「では戦後の在日はどうだったのかまた資料館の中を旅してみたいと思います。」
ウーーン・・・言いたことはいっぱいありますが、
まず、玉の海って人は、韓国系ハーフの日本人だったので、やっぱり曙が外国人初の横綱ということじゃないのかなぁ。 中央日報記事
姜徳相氏の意見は、確証があって言っている事ではないみたいですね。それに、テロリストが韓国では英雄って・・・変です!
あと、この辛淑玉氏は、「拉致は絶対にない。日本人はそれよりもっと酷いことをいっぱいした。」と昔、日本テレビのワイドショーで主張していたのを観たので、信用できません。
次は、戦後の民族教育、戸籍問題等のレポートです。 ・・・つづく
そもそも、辛淑玉は、朝鮮・沖縄・アイヌは日本の被植民地連合として手を取り合って戦おうと言っているし・・
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参議院選挙運動たけなわの中、
共同通信出身の青木理の青山繁晴氏への悪口(サンデー毎日の記事)を引用して、有田芳生氏が他党候補の青山繁晴氏を攻撃しています。
私はそもそも!「青山繁晴さんはホラ吹き、詐欺師の類い」と言う、青木理の方が信用できません。
青木理氏は、無名時代にいきなりCS朝日ニュースターで冠番組を持っていたんですが、
その頃から胡散臭いと思って記録し続けてきたので、今日はそれを紹介します(覚書です)
まずは「正義の見方」さまの記事より
【サンデー毎日】元共同・青木理氏「青山繁晴さんはホラ吹き、詐欺師の類い」民進党・有田芳生「興味深い」(画像あり)
有田芳生 @aritayoshifu
青木理さんが自民党から比例区に出ている青山繁晴さんについて書いている(「サンデー毎日」)。同じ職場にいた青木さんならではの証言で、興味深い。結論部分だけを紹介する。
https://twitter.com/aritayoshifu/status/750460599805448192
青山氏は週刊文春を刑事告発したそうですが、青木氏も逃げるなよ。
では、青木理の過去発言を。
※主にCS朝日ニュースターの司会者、BS朝日のレギュラーコメンテーター時代のものです。
●テレビ朝日のコメンテーターとして青木氏が出た時、思い出して書いた記事です
《「タブーに踏み込んだから菅おろしされた」by青木理氏 【モーニングバード】》2011年6月 6日
・・・地上派用のかなりぼかしたコメントなので、言いたいことがよく分かりませんが^^;、
CSでこの人の論調を聞くと、要するに「原発なんて、今すぐ止めんかぃ!!」です。
「菅さんはタブーに踏み込んだ」って、・・・中途半端だし、踏み込んだとはとても言えませんよね(苦笑)
で、この青木理氏、ウィキで調べてもまだまだほとんど情報がない人ですが、 以前、私、このブログでメモってました。《崔洋一×金慶珠対談 『併合100年特集 日韓・在日・映画』・・【ニュースの深層】》より
・・・ちなみに、先週の話というのが酷くて・・・http://asahi-newstar.com/web/22_shinsou/?cat=18
8/16(月)特集:併合100年① 日本にとっての歴史認識とは
ゲスト: 青木 理 (ジャーナリスト) 司 会: 金 慶珠 (東海大学准教授)
ニュースの深層月曜日では2回にわたって、日韓併合100年を機に10日に発表された総理談話の内容や歴史認識のずれを、識者と共に検証していきます。「日本が謝るのは当然!」
「安倍や民主党の若手も器が小さすぎ!」
「何故日本に在日が多いか考えるべき!」
「参政権は当然付与すべき!」
「靖国(笑)」などなど、さすがの私も聞くに堪えませんでした・・・青木理氏はまるっと韓国の立場で話しているので、、金慶珠とスゴイ盛り上がっていてビーーックリしたのを憶えています^^;アカヒ一押しのニューフェイスのようで、朝日ニュースターでも番組を持っていて言いたい放題。 まさにアカヒに都合の良い論客なんでしょうね。今後、重用されるんだろうなぁ・・・鳥越氏と、同じクサイニオイがプンプンするわ~
●竹島問題に関して、あまりに韓国側に立ったコメントだったので呆れて書いた記事です
《青木理解説「"竹島問題"なぜ韓国がこんなに怒るのか」 【ニュース解説 眼】》2011年8月10日
・・日本のジャーナリストを名乗る人間が、この程度の認識なのかと愕然とします。とにかく、「竹島」を持ち出すと韓国を怒らせるから止めろって事でしょ?この青木氏の論法でいくと、『竹島の日条例』を制定した島根県もけしからんってことね(呆)
論理的にもおかしいし、事実も歪めている・・・竹島が韓国の領土なわけはありません。韓国民も騙されています。
ご存知の通り、竹島は国際法上も日本の領土で、李承晩(リショウバン)ラインを勝手に引いて、警備隊を置き、そこから不法占拠が始まってる。
で、両国政府の密約と、日本側の申し入れにより、竹島の建造物等に関しては何十年も本格的にいじらなかったけど、民主党政権になってからあからさまに実効支配を強めているから視察に動いたという経緯があります。
鬱陵島の竹島の博物館(独島博物館) の中に真実が!視察団が騒ぎを起こそうとしたなんて発想は、韓国マスコミに乗せられている証拠。この、青木理は金慶珠と会談した時も、菅談話がぬるい、もっと謝罪の気持ちを入れるべきと言ってました。崔洋一氏より韓国人っぽい思考でしたわ^^;
録画はしてないけど、私の青木発言メモによると・・・↓「日本が謝るのは当然!」
「安倍や民主党の若手も器が小さすぎ!」
「何故日本に在日が多いか考えるべき!」
「参政権は当然付与すべき!」
「靖国(笑)」です。まるで、福島瑞穂のオトコ版ってカンジでした。この青木理氏、韓国・延世大学校韓国語学堂に留学。その後、外信部勤務を経て2002年~2006年ソウル特派員という経歴で、道理ではなく感情のみで一方的に韓国の味方・・ε-( ̄ヘ ̄)┌…
新藤義孝議員や下條正男教授にも取材してから喋った方が、後で恥かかなくていいのにね。アカヒ系の番組でコメンテーターとしても重用されているけど、キケン人物だと思います。
●日本は、朝鮮半島分断の責任を取るべきといっている様な?・・・
《増え続ける脱北者 「私達(日本人)の取るべき態度」 【青木理の眼】》2011年9月22日
・・青木氏「(中略)じゃないと、もう大量の脱北者・難民が出てくる事になりかねない。で、朝鮮半島、未だに分断されていてひとつになってない。敗戦国のドイツは分断されて、統一した。
でも、東アジアでは敗戦国の日本が分断されず、隣の植民地支配から解放された朝鮮半島が分断されて今でも統一が成し遂げられていないという事を考えると、
かつて、植民地支配した日本の我々にやっぱり責任があると思う。
なので粘り強く交渉して北朝鮮を改革・解放に導いてなんとか軟着陸させる努力をまずしなくちゃいけない。
それから気になるのはね、やっぱり、この間しばらく日本の政権は首相がコロコロコロコロ変わってこういう事態が起きているのに、完全に外交が脳死状態ですよね、だからそういう努力をするってことすらやってないわけですよね。
そういう事を考えると、やっぱり野田政権には少し外交を立て直してね、朝鮮半島情勢なんかもなんとか外交努力を積み重ねてほしいなという風に思いますよね。」以上
●皇室への敬語はやめるべきだと主張し運動していたというのにビックリ
《皇室報道とメディア(敬語) 【青木理の眼】》2012年1月17日
二重敬語とは、例えば『ご注意された』とかを『注意された』にしましょうってこと。
保守派というか右派の産経新聞も、リベラル系の共同通信他も基本は一緒で、敬語は使いましょう。ただし過剰にならないように二重敬語は避けましょうというのが新聞社の場合の基準。
ただ、これね、メディアの役割から言って、、メディアとは、ありとあらゆる権力・権威から、理想論だが、独立して、いろんな批判・批評・事実の指摘をしなきゃいけない。するべきというのがメディア・ジャーナリズムの役割だ。
ところが、敬語を使った瞬間にね、やっぱりそりゃ批判や批評はしにくくなる。要するにある対象に対して自分の価値基準を決めちゃうって事なので、やっぱり敬語を使うって事は基本的にはボクはおかしいと思う、メディアやジャーナリズムってのは。例えば、ある新聞社の社内文書なんかを見ると『相手に対して、敬語や敬称を多用すると、率直な意見を述べたり批判をしたりするのは難しくなる』ということ。まさにボクはその通りだと思う。
例えば思い出話だが、1990年代、ボクがまだ通信社の記者になった頃、ある全国メディアの地方支局で若い記者たちが、皇室報道で敬語を使うのは止めようじゃないかという運動を起こした事が、、問題を提起した事があった。・・
●拉致問題の「家族会」もタブーだと
《メディアのタブーの正体・タブーの理由とメディアの役割 【青木理の眼】》2012年2月 7日
少し前だと、拉致問題の時に、家族会と救う会の周辺にいる被害者の方々・支援者はタブーになっちゃった。
実はその前までは、北朝鮮とか朝鮮総連とかはどっちかというとタブーだったが、2002年の日朝首脳会談以降、ナショナリズムが凄い強まって、家族会とか救う会の人たちがメディアに対して物凄い抗議をする。変な事を書くとね。だからみーんな縮こまって一種タブーになっちゃった。
まぁ、トヨタとか皇室に比べるとちょっと小さなタブーだが、タブーになっちゃった。タブーは山のようにあって、実際に新たに作り出されているタブーもたくさんある。このタブーの弊害について明日もう一回考えてみたいと思う。」以上
●竹島問題に関するトンデモ認識
《「汚染水問題“アキレス腱”も…五輪閣僚会議開催へ」&反五輪招致の人達 【ANNニュース】》2013年9月 9日
青木氏「・・・(日本は)植民地支配まで突き進んでいくとってことを考えるとぉ、韓国の人にとってはこれ、領土問題なんだけれども、やっぱりその日本とロシアの帝国主義戦争っていうのがあったんだけれども、日本がその朝鮮半島をその植民地支配するためのこれ、第一歩になったっていうその受け止めなんですね。(はい)
だから、どうしてもそのー、もちろんそのー、植民地支配されたっていう事に対する怒り、それから悔しさ、恨みっていうのがもう物凄くあるわけですよねぇ。(うーん) っていうのも、その第一歩がそのーー、竹島であるということなんですね。
だから物凄く竹島問題、まっ韓国で言うドクト、独りの島と書いて独島って読むんですけども、独島問題っていうのは韓国の人にとっては物凄く感情的で、物凄く怒りを誘発するってことをね、その日本の人達は必ず知らなくちゃいけない・・
●韓国が大好きアピール
《『青木理のNEWSのウラ側』「冷え切った日韓関係② 新大久保コリアンタウンの今は…」 【いま日本は】》2013年11月24日
・・青木氏「はい、新大久保は基本的にニューカマーの人、、日本に住んでする韓国人の方は戦前・戦中に色んな形で、無理やりに連れて来られた方も含めて。
在日の方々と、その後にご自身の意思で、色んな事情で来ているニューカマーと2種類あり、新大久保はどちらかというとニューカマーのビジネスマンやレストランをやっていたりしている人が多い街で、ただ熱気は(笑)スゴイですよね。食べ物ももちろん美味しいし、日本に居ながら韓国を味わえる。
ビックリしたが5年位前は韓国でしか食べられなかった韓国の食べ物が、ここに行けばほとんどある(笑)という意味で物凄く感動・感激したが、ただ一方でVTRにあった、どちらも悪いが日韓関係が冷え込んで以降、この街もかなりお客さんが減って、、まっ震災の影響もあるが、、なかなか困っているという状況。」
●選挙中に細川氏を応援し、安倍政権批判していたBS朝日の番組
《「私達は、<脱原発>統一候補(細川護煕)で都議選に勝つ事が出来る!」by澤地久枝 【いま日本は】》2014年1月12日
これは、完全に放送法第四条違反ですね。(中略)下平アナ「あの澤地さんはもちろんご自分の考えを述べられましたが、私共の放送局は選挙期間が近づきましたら、特定の候補を応援したり、逆の行動をとったりする事は控えております。皆様には是非ご自分の考えで、都民の方ですね、投票して頂きたいと思っております。」 吉田氏「そうですね。」 以上
そもそもコメンテーターに、青木理(ジャーナリスト)・澤地久枝(ノンフィクション作家)・東ちづる(女優)と左くるくる巻きばっか揃えておいて、「特定の候補を応援したり、逆の行動をとったりする事は控えている」と説明されても・・・・ねぇ(;一一)
で、反原発をひとつの争点にするのは良いと思うけど、都政ってそれだけで回るの
特に東京のGDPは韓国以上ある大都市。それなりの運営をしないといけないのに、都知事選を"反原発"だけで安倍政権にノーを突きつける位置づけにするなんて絶対におかしいし、あってはならない事かと(呆)
●いつも日韓関係悪化を日本の政治家のせいに
《『青木理のNEWSのウラ側』「冷え切った日韓関係② 新大久保コリアンタウンの今は…」 【いま日本は】》より抜粋
青木氏「・・非常ーに近しいし、言葉なんかも極めて似ているし、まぁ兄弟でも夫婦でもいろんな形容はあると思うが、、
これ、仲良くするのは当たり前の事で、、もちろん外交的には色んな譲れない問題はあるが、でも日本側も韓国側も一歩踏み出してこの状況を突破してほしいし、そうすれば2015年の国交正常化50年。それからピョンチャン五輪。それから東京五輪。両国で祝えれば応援しあえれば最高な訳なので、
やはり冷静になって、、特に日本側はね、金慶珠氏が仰ったように政治家の軽率な発言をまずしない。
それからもうひとつは在日の方を含む韓国・朝鮮人の方々に対するあのヘイトスピーチのような、もう非人道的というか、差別的というか、もう最もやっちゃいけない事をなんとしても止めさせていくって事がまず喫緊の課題なんだろうなと思う。」
●集団的自衛権などについて悉く論破された様子
《激論!「集団的自衛権」 安保法制懇・北岡伸一座長代理VS青木理・中村雅俊・吉田照美 【いま日本は】 》2014年5月21日
北岡氏「(中略)・・我々は理論的にも72年解釈が最初からおかしいと思っている。」
青木氏「ただ72年解釈をこの40年間以上自民党政権が保持してきた。立憲主義に基づいて政治をすると安倍さんも言っているが、憲法は公権力を縛るもの。確かに外国からの進攻や安全保障の問題も怖いが、権力が暴走するのも怖い。
だから憲法で縛っているのに、それをどう考えても50年近くこう解釈しようというのを変えるのを、単に一内閣の解釈のみで、もっと失礼だが、全員が集団的自衛権行使容認の立場の安倍さんの私的諮問機関で決め、それを受けて安倍さんと与党で決める、こんな事がボクは許されるんだろうかと。それはまさに権力の暴走を誘発するのではないかとボクは思うが?」
北岡氏「全くそう思いません。さっきから言っている通り、安全保障をどうするかというのは安全保障の専門家が議論してそれを有力な手がかりにするべきであり、安倍さんの周辺のライクマインドピープルを集めたとよく批判されるが、
安全保障の専門家を集めたら、大体同じような議論になりますよ。問題は憲法学者で、バラエティーな人がいるのは仰るとおり。・・・
●日韓関係において、すべて日本が悪い・・とし、舛添の外交を評価
《舛添・朴槿惠会談。日韓関係改善の提言・・ 青木理の視点「鍵は慰安婦問題」 【いま日本は】 》2014年7月27日
(「河野談話見直しは止めるとか、そういうのはかなり大きな話になるのではないか?」と八塩圭子氏(学習院大学特別客員教授) )
青木理氏「大きいですよね。極めて分かりにくいメッセージ。つまり村山談話、河野談話があって、もちろんこれ日本国内では色んな批判する人もいるんだけれども(はいはい)
それを前提とした上で、韓国側もじゃあ付き合いましょうという事でここまで積み上げて来た訳ですから(ええええ) それを見直さないけど(笑)検証するっていうのは、韓国側からにしてみれば一体何なのっていう事になっちゃうんですよね(なるほど~)
だからそういうこれまでの積上げをぉ、否定しないでぇ誤ったメッセージを送らないでぇ(はい) で、慰安婦の問題をなんとかこう一個さっき申し上げたように積上げていくような、日本側の外交努力。もちろん韓国側ももちろんですけれども、必要で、で、結果としてこの異常事態を何とか脱してほしいなぁとは思いますよね。
まっその為の舛添さんの会談ってのはその為のステップとしては非常に重大っていうか、良いステップになる可能性は秘めているとは思いますよね。」
吉田照美氏「ほーー、はい、分かりました。はい。さっ・・・」
●そもそも青木理がデビューしたのもアカヒ系のCS朝日ニュースターで、重用されたのもBSアカヒ
《アカヒの電波工作。朝日新聞大株主のCS放送局「朝日ニュースター」とは 》2014年8月14日
・・今日は、その反日偏向番組のいくつかを紹介します
それぞれの番組のメインの司会者が、シンスゴ・葉千栄・・金慶珠・上杉隆・青木理・金子勝・・
サブが・中山千夏・永六輔・下村満子・荻原博子・落合恵子・吉永みち子・重信メイ・中村うさぎ・二木啓孝・佐高信・石坂啓・・
というラインナップ。今思えば、皆アカヒマインドのオンパレードだったなぁ・・・(遠い目)
それもそのはず、この朝日ニュースターの主要株主は 朝日新聞社 83.2% (2011年3月31日時点) テレビ朝日 朝日放送 という構成ですから。・・
●「慰安婦問題」の朝日誤報に関するコメント
《朝日新聞「池上彰コラムを掲載拒否から一転ドタバタの件」へのコメンテーターのコメント 【とくダネ!・朝チャン・ミヤネ屋】 》2014年9月 4日
宮根氏「青木さん、どうですか?」
青木理氏「うんまぁ当たり前の話ですけど、僕らもそうだし番組もそうですけどぉ、その他人を批評したり批判したりするわけだから当然コチラも批判される覚悟を持たなくちゃいけないって意味で、
まぁボクも今朝読んでみたんですけど、何故この程度の原稿をペンディングにしたのかというのは疑問ですよね。ただそのねぇ、さっきねぇ、紹介して頂いたように、ツイッターで社内の記者達がそういう形で発言したというのは、メディアとして社内にまだ言論の自由というかね、自分達の会社のおかしな所を言える空気が残ってるっていうのは非常に救われる様な思いがしましたけどね。」
宮根氏「ボクも読んだんですけど、池上さん、非常にまっ厳しいですけど愛のある、、(バランスとってますよね) コラムで、だからさほどあれっダメだ!とか断罪しているような空気ではないんですけれども、、」
青木氏「なんか聞くところによるとぉ、その一部の朝日の幹部の人がぁ『いやぁ、これちょっと厳しいな』みたいな事を言ってペンディングにしたっていうようなどうも事らしいんですけどもぉ、、」
宮根氏「・・・やはり耳の痛い事っていうのはね、色んな事を発言したり喋る以上、そっちも受け止めないといけないっていうのはね、やっぱりね肝に銘じておかなきゃいけないね、我々も、、」
岩田氏「真実を一番元にしてそれを掲載・出版する訳ですから、その辺り慎重に今後も行ってほしいですよね。」
宮根氏「だからクリスティンね、その一連の慰安婦問題、それから原発の吉田調書の扱い、まぁこれ国会でも取り上げようかどうかっていう話も出てるみたいですけどね。」
春香クリスティン「そうですよね、でもそもそも論で言うと、メディアって1つの意見があったらその反対意見も載せるべきだと、私は思うんです。そういう意味では今回外部の池上さんが意見を書かれたっていうのは本当はありがたい事だと思いますけど。」
宮根氏「本来、自分達の事を批判してくれてるものを載せないというの、これ言論の自由というか、、そういうとこありますよね?」
青木氏「ましてや外部の筆者の方ですからね、お願いしている訳ですから、だからそれを載せないっていうのは、だからよっぽど事実関係に間違いがあれば別ですよ。そうじゃない、今朝の原稿見る限りそうじゃないので載せないっていう判断ペンディングしたのはやっぱりちょっと誤ってましたよね。まぁ朝日も今日は認めているわけですよね。」・・
●朝日新聞誤報問題は、「本質がズレて行ってしまうのが怖い」と
《朝日新聞謝罪会見で米国メディア・ニューヨークタイムズは?【いま世界は】 & 青木理のいかれたコメント【いま日本は】 》2014年9月15日
青木理氏「誤報というのは、誤解を恐れずに言うとメディアにつきもの。どんなメデイアもジャーナリストも記者も多かれ少なかれ誤報はしちゃう。
で、それは磐村さんが言うように訂正しなくちゃいけないので批判されるのは当然。
ただ一方で、ちょっと本質がずれちゃってるところがある。例えば吉田調書は本物で、その中には東日本は壊滅するのではというのが書かれていて、朝日の誤報問題で、東日本壊滅まで一時いっていた本質が語られない。
慰安婦の問題も、別にこれで慰安婦の存在が無くなった訳じゃない。だからちょっと本質がズレて行ってしまうのが怖いのと、
もう1つは、この間朝日新聞に浴びせられている批判、誤報への批判は当たり前だが、例えば『売国』だとかね、『反日』だとか、その政権の意向?(威光?)だったり、今日本国内の嫌韓・嫌中のムードが物凄く色濃く滲んでしまっている所は、
やっぱり少し冷静に見て、誤報は批判するけども、メディアに向かって『売国・反日』というのは果たして正しいのかと考えさせられるところではありますよね。」
●怒ってるズ・田原氏が、青木氏を「非常に信頼しているジャーナリスト」と紹介
《田原総一朗・青木理・ジョナサン・ソーブル、笑える議論「検証!日本メディアの課題と「報道の自由」 【激論!クロスファイア】》2016年5月10日
(冒頭、田原氏が「青木氏はボクが非常に信頼しているジャーナリスト」と紹介)(中略)
・・田原氏「日本に偏見のない国境なき記者団が出した順位は日本が72位で、安倍内閣になってダーッと下がっているが?」
青木氏「酷いじゃないかという警告的な意味が強い。韓国より低いのはおかしいという声もあるが、今の韓国とどっこいどっこいか、政権との距離感とか下手をすると下だと納得できる。(加藤前局長の話) 放送を所管している大臣が『電波止めるぞ』と言うのも世界的に見たら考えられない。ので決して間違った評価ではない」(
ジャーナリスト) ジョナサン・ソーブル氏「評価はポイントで客観的にやっているわけではなく、"印象"なので方法的に問題という意見もある。」(ニューヨークタイムズ東京特派員)(中略)
青木氏「論外だし、加えて言うと最近、TBSに対して安倍さんの応援団・非常に熱心な支持者の人達が作っている団体が記者会見して、場合によってはスポンサーに物申すべきではないかと言っている。つまりスポンサーは生命線なので、そこに物理的な攻撃しようというのは脅しだし、ましてやこの場合は安倍さんに近い議員なので論外だ。」
●結局なんか、この人達と根っこが同じ気がします
《【風刺問題】2006年週刊金曜日主催市民集会の皇室中傷・侮辱芝居 (佐高信・本多勝一・中山千夏・永六輔) 》2015年1月19日
・・もう類友ですよね(呆)
こういう構図なので、週刊金曜日はアカヒの補完勢力だと思っていました。
サヨクの批判するヘイトスピーチって、韓国・朝鮮・在日に向けてのものだけだし、独善で勘違いも甚だしい集団。
他を侮辱する下品さからして・・そもそも週刊金曜日って日本版(例のフランスの風刺週刊紙)「シャルリー・エブド」かもね。
そんな集団の人達が、テレビコメンテーターとして偉そうにコメントしている日本のテレビ業界って本当に異常です
佐高信が「ヘイトスピーチと
レイシズムを乗り越える国際ネットワーク 」共同代表って・・笑えない冗談ですね。・・
ちなみに"怒ってるズ"とは
《「私たちは怒っています!高市『電波停止』発言は憲法・放送法の精神に反している」(青木理、大谷昭宏、金平茂紀、岸井成格、田勢康弘、田原総一朗、鳥越俊太郎)》2016年3月 1日
【高市総務相電波停止発言】「高市さんに恥ずかしい思いをさせなければ」田原総一朗氏、岸井成格氏ら6人が抗議会見 2016年2月29日 産経新聞
田原総一朗氏、鳥越俊太郎氏、岸井成格氏ら放送業界で活動しているジャーナリスト有志が29日、高市早苗総務相の「電波停止」発言に抗議する記者会見を東京都内で開き、「私たちは怒っている」「発言は憲法、放送法の精神に反している」とする声明を発表した。
呼び掛け人には、田原氏らのほかに、田勢康弘氏(会見には欠席)、大谷昭宏氏、金平茂紀氏、青木理氏が名を連ねた。・・
ところで、有田芳生氏がその名を上げたのは「オウム事件」ですが、菅直人のスキャンダルも
《仙谷氏、中国漁船衝突事件の船長釈放で“民主党政権のウソ”認める 国会での大嘘が明らかに!》2013年9月24日
弁護士としては、菅直人不倫騒動・出版社提訴を担当・・・
戸野本優子とのダブル不倫騒動
週刊文春によると1998年11月、全日空ホテル23階にて、キャスターの戸野本優子とともにいるところを週刊誌の記者に撮影された。 これに対し菅自身は男女関係を否定[77]。その際の「一夜は共にしたが男女関係はない」「(妻から)脇が甘いと言われた」という表現が、世間の流行語となった[78]。本件については、日本テレビ系の「ザ・ワイド」において、オウム真理教事件の取材で名を馳せた有田芳生が詳細な調査を行い、連日、報道していた[79]。その後、戸野本が手記を暴露本「瓦解」として出版。2002年5月の週刊新潮によると一連の騒動について、菅は出版社を提訴したが、そのときの顧問弁護士は仙谷由人であった。
なんだかんだで、みーんな繋がっているのね(苦笑)
青木理はじめ「怒ってるズ」もだけど、一方的に相手の事をボロクソ言うクセに 、「議論」から逃げ回っているのが本当に卑怯だと思います 安全な所にいて陰口ばかりで恥ずかしくないのかと。
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前記事の続きです。
番組前半で、中山千夏が、「あのね、『きつねのチャランケ』という民話があって、北海道で買って読んで大感動した。つまり、日本国憲法みたいな民話なの(笑)何でも揉め事を話し合いで解決、、
チャランケをするきつねの口から美しい言葉が川のように流れ出て、相手も納得した話。つまり言葉の力がスゴク信じられている。だからスゴイなぁーと思って、皆で真似した方が良いなと思った」 ・・・
とか言ってたのに、「美しい言葉」なんて全然使ってない!し、 日本人差別発言(ヘイトスピーチ)がエスカレートしています。 (苦笑)
で、注目は、アイヌ氏の「北海道アイヌも混血はしている。ロシア系と朝鮮系」という発言。
辛淑玉「そして、北海道のウタリー(同胞)アイヌ協会が出来、皇民化教育っていうのは、私達割とピンと来るんだけど、徹底する。
あらゆる物を奪い取られて、心も精神も文化も家族も分断されていくわけ。アイヌ協会が出来たのは戦後?」
出原昌志氏「戦前もあった。60年代に北海道ウタリー協会という風に名前を変えてたという事。」
辛淑玉「やっっと、自分達の力で声をあげる事が出てきた。ただ、ただ、」
アイヌ氏「ウタリーというのは、同胞とか仲間という意味で自分達の民族名称を名乗れない時代だった。私は旭川アイヌ協議会っていって、最初から人(人間の事をアイヌというから)アイヌ協議会という名前ですから。最近やっと札幌の方でもアイヌ協会と」
中山千夏「ねー、ニュースに出てた。やっと民族の名前をちゃんと掲げるようになったと」
辛淑玉「話はそれるが、私イヨマンテって聞いた時、昔懐かしい歌謡曲(歌で盛り上がる)どういう歌?!」アイヌ氏「イヨマンテの事を理解していない歌」
辛淑玉「イヨマンテというのはどういう意味?!」
アイヌ氏「動物の魂をおくるという、、熊祭りとか呼ばれているが、ヒグマおくり・狐おくり・くじらおくり・カジキマグロおくりとか力の強い動物とかに感謝する祭り。」
辛淑玉「(イヨマンテの歌とか関係ないのに)部分部分つまみ食いをされていくわけ」
(中山千夏が子役時代舞台でアイヌの少女の役をやった話 略)
出原氏「柳瀬ブルースというのは、アイヌ民族の宇佐英雄さんの作曲した曲、釧路の夜も。」
辛淑玉「へーーそうですかー、なんか胸がジンときちゃいますねー。」
(中山千夏が大人になってから「お荷物小荷物?」という番組でやったアイヌ人役でシャモをやっつける話 略)
アイヌ氏「イヨマンテも北海道の道条例で禁止された。が、私は86年に無視してやった。ソ連時代は向こうでも禁止されていたが,ロシアになった途端に、樺太とモスクワの北の方で先住民がイヨマンテやった。」
中山千夏「禁止したのはどんな理由?!」アイヌ氏「まぁ、残酷だとかいう、、」
中山千夏「じゃあ闘牛も禁止しなきゃ」
辛淑玉「フン、自分達がアイヌ殺したのは残酷じゃないのかって(笑)ハハハハハ」
出原氏「例えば、クジラの踊りというのがあって、亡くなったクジラをカラスが突っついて食べるっていう、それが残酷だとか言ってねぇ(笑)民族の文化を理解せず、それが残酷だって。」
辛淑玉「北方領土を返還ってよく言うが、私の友人が『北方領土はアイヌに返せ』って言ってた(笑)。あれはどう思うか?!」
アイヌ氏「元々。アイヌの土地で、明治時代に千島・樺太から強制的に北海道に連れてこられたが、隠れて残った人もいる。だから未だにロシアに住んでいるが、私達の自治区を作って欲しい。そこで魚を獲ったりして自活したいというアイヌがたくさんいる。」
辛淑玉「今、アイヌの人口はどれくらい?!」
アイヌ氏「北海道で10万人くらいで、関東周辺には1万人くらい.ロシア・サハリンにも少しだがいる。混血はしているが北海道アイヌも混血はしている。ロシア系と朝鮮系と」
辛淑玉「アイヌと会うと、ロシア人っぽい人や幅が広い。」朴慶南「沖縄の人と重なる感じがする。」
アイヌ氏「いつも沖縄行くと、ほとんど地元の人だと思われる。(笑)」
辛淑玉「ちなみに今お召しになっているこれは?!で意味は?!」
アイヌ氏 「これはうちの姉が作ったもの。
旭川で一番多いのは、アイユシと言って矢が、両方にトゲがあり、病気が来ない様に魔よけの意味。
地方によってはモレウという渦巻き模様がある。」
朴慶南「帯広からアイヌ民族の男性が来て、埼玉・群馬の保育園で歌や踊りや文化を教えていて、保育士も一緒に習っているが、
子供達がそれぞれ自分で衣装を作って、そこにアイヌの模様を入れてたりして、、それをよく見に行くが、その文化が先生も子供達もみんな大好きで、うん。」
辛淑玉「できればね、歴史をちゃんと教えないとなぁー。文化だけアレしてもねぇ。歴史を教えなかったら、、
私ね。アイヌ語で作って欲しいものいっぱいあるの。例えばパソコンはアイヌ語でなんていうかとかね。今も生きてて今も継承されているから」
アイヌ氏「日本語でも外国から来たものそのまま使っているから。各地のアイヌ語教室が13あるが、それぞれ造語を作っているがなかなか統一できない。」
(言葉の話 略)
辛淑玉「だから私達、植民者のコトバ(日本語)で今喋ってるんですよ。(笑)はははははは
でも何故アイヌの人達が多くの人の目に止まらないのか、CMのあと」
辛淑玉「『レラの会』の平田幸さんにもここから参加して頂くが、レラの会とはどういう会か?!」平田氏「私の母親が、札幌にいるチカップミエコさん(アイヌ刺繍で有名な)と作った関東の会で、
レアというのは『風』という意味で、古式舞踊を中心として活動している。」
辛淑玉「今、お召しになっているのはご自分で作られた?!」平田氏「そうです」
辛淑玉「ちょっと立って,後ろも見たいな。スゴイきれいねー。これも魔よけの?!」
平田氏「これは全部厄除けで、悪いものが入ってこないように。」
辛淑玉「平田さんは、自分がアイヌだって認識したのはどんな時か?!」
平田氏「私は小学校2年生まで知らなくて、
幼稚園の時からおじいちゃんにアイヌの踊りを教えられてたが、
それがアイヌの踊りだと知らないまま教えられていた。毎日殴られたりしてた。」
辛淑玉「おわーーーっ、厳しく?!」.
辛淑玉「ここに書いてある山本多助さんっておじいちゃんなんですね(笑)『ウタリーよ、真に覚醒し決起せよ・・・本道はアイヌの国なのだ』
すごい(笑)」
平田氏「すごいスパルタで。」
辛淑玉「普通、在日の家でも民族教育厳しいと子供は逃げるが、」
平田氏「小学校でも幼稚園でも、お説教が始まると二時間ぐらい。でずっと正座。」
辛淑玉「うわーーーー」 平田氏 「その説教が嫌で、ただ行ってて。」(小学校で、アイヌだといじめられた話、先生にもアイヌだからと言われて泣いてた話 略)
辛淑玉「まだ生きてるっ?!その先生、、仕返しに行こうか。はははは」 平田氏「いい死に方はしないなぁと」
辛淑玉「いい死に方してもらっちゃ困るよね。早く死んでくれ、早く死んでくれ(合掌した手をすり合わせる)はははは
辛淑玉「先住民族アイヌに対する無関心とか無視というのはどこから来ているのか」
出原氏「ひとつは戦前、優勝劣敗の社会進化論で
、滅びゆくアイヌというのが随分新聞でも載ってた。」
辛淑玉「自分達は殺してるのにね(笑)」
出原氏「単一民族国家感がね、昔の頑なな政治家が言ってるのとは僕は違うと思う。
アイヌを認めていないという事は単一国家だなぁと。」
辛淑玉「賠償も保障も何もないからねっ(怒)」
出原氏「こういう歴史でも、例えばアイヌの土地を奪った時に、皇室が2割の御料地として奪って、財産になっている。
こういった歴史を日本人自身が、学者でも戦争責任とか植民地支配になると、天皇の戦争責任であったりするが、そこは上手ーく回避している。
単一民族というのなら、アイヌの言葉も文化も権利回復も全部行って、初めて多民族国家だ。」
辛淑玉「だって『旧土人法』が1997年まで、、うーん」
中山千夏「これの反対運動は署名したりしたけど」
出原氏 「日本政府は80年には国際会議、81年かな。
アイヌは完全に同化してそんな民族はいないんだと公言してた。
91年くらいまで少数民族がいるかもしれないしいないかもしれないというのが政府の見解で、
今は先住民族として認めたというが、しかし植民地支配の歴史は一切認めていないし、権利回復もしていない。」
辛淑玉「教科書にも書いてない。」中山千夏「勝手に滅びたと言いたいのね。」
出原氏「さっきの北方領土の話もあるが、みんな揃って『北方領土返還!』と言っているが、でも北方領土は、、」
辛淑玉「オマエの物かって(笑)」
出原氏「アイヌ民族が存在しないという事が前提なので、
これは徹底した差別だ。」
中山千夏「あの、単一民族っていうよりも、やっぱり凄く問題なのは皇国史観。
つまり皇民であると我々は。それはあらゆる民族や人種よりも強い結束であるという、皇国史観がスゴイ問題だと思う。」
出原氏「ここに、日本国民と書いてあるが、ここで日本人も臣民に統合されたわけ。アイヌより先に統合されたのは日本人。で疑問を持たずにアイヌを踏みつけ、侵略の歴史を重ねるっていう、、」
中山千夏「あと、文化の面で言うと、東北の人達も和人(倭人)だけど、すごい言葉や歴史の皇国教育された。というのは大和の中に大昔は東北の方は入ってないわけだから、皇国意識が低いわけだったので、東北の人はスゴイ皇国教育をされた。」
辛淑玉「歴史を学ぶとか言うと、すぐに朝鮮の歴史とかね。違うだろうって。まず自分の足元ね。日本人にとったら」
(このあと、アイヌの弓の舞と解説)
辛淑玉「勉強しようと思ったら、まずはレラ・チセ(西早稲田のアイヌ料理屋)に行くと。ちなみにアイヌは、今まで消してきたけど、物凄い大きな動きをした時期があり、デモをやった。アイヌの人がアイヌだと言って東京でデモをするのは大変な事でしたよね?」アイヌ氏「旧土人保護法を撤廃してもらって、新しい法律を作ってほしいと12年前まで続いた。」辛淑玉「一番求めた事は何か?」
アイヌ氏「実際出来たのは、『アイヌ文化振興法』という法律で、自立化基金5千億円を要求した。アイヌは明治から格差があって、読み書き出来ない人もいれば、アイヌの宗教を禁止されて、日本の宗教が嫌いだと日本の価値観についていけない。どうしても合わない、仕事やっても。
自分達で雇用を作って皆で生きていこうというのが自立化基金だったが、それは外されて文化を振興しなさい、広めなさいという法律が12年前に出来て」
辛淑玉「でも、それって見世物の延長線上じゃないのか?!」
アイヌ氏「で、一部の人はアイヌ語を取り戻そうと勉強し、
派遣でアイヌの踊りや刺繍を教えたり、アイヌの楽器を作ったりしたが、多くのアイヌは皆貧しい。
だからとてもじゃないけど文化保護だけじゃ満足できない。
で、今は定住権を認められたから、自分達の権利を少しでも取り戻したいという運動をやっている。」
辛淑玉「新しい戦いが、新政権と共にスタートしたと思うが、今の政権に絶対にやってもらいたいと思うのは何か?!」
アイヌ氏「明治に同化政策で学校でアイヌ語を使うと怒られ、98年間使えなかった。97年からは各地でアイヌ語を学んでいるが、限界がある。
北海道のラジオでアイヌ語講座をやったり、NHKでも『アイヌ語でしゃべらナイト』という番組を毎週やっている。ラッコ・トナカイ・コンブ・シシャモなどアイヌ語をみんなに知って貰いたい。」
永六輔「トナカイってアイヌ語だもん」
辛淑玉「家庭はどんな感じか。
家族の写真をお借りしたので、見て頂きたい。」
アイヌ氏「左が妻と子供。
右が姉たちとお袋です。姉は踊りをやったり、刺繍をやっている。
うちの家族の方は、親子アイヌ教室っていって、歌をアイヌ語で歌ったり一生懸命やっている。」
辛淑玉「『アイヌ語でしゃべらナイト』っていいね。朝日ニュースターでもやってもらいたい。(笑)」
(河村カ子トアイヌ記念館の説明、修学旅行生を受け入れていて、歴史の話、踊りの体験・楽器を作成・アイヌ料理を体験の話)
(それぞれ公演のアピール。アイヌの古式舞踊公演の詳細説明 。鶴の舞のVTR ) 以上◆レギュラー出演者 (順不同、敬称略)
辛淑玉(シン・スゴ) 人材育成コンサルタント 中山千夏 作家
永六輔 放送作家 朴慶南(パク・キョンナム) エッセイスト正直言って、アイヌの事、あんまり知らなかったので驚きました。(全て鵜呑みにはしないけど)文化や言葉は取り戻してほしいし、北方領土を自治区にしたいなら、それもいいかなぁと思う。
でも、アイヌの人は、文化・生活を取り戻したいと言ってるだけなのに、「同じ植民地・植民者の言葉」「残虐した」「殺した」と日本を貶める在日韓国人とその仲間たち、アイヌ民族を絶対に利用しないで欲しい。(中略)
なんでそんなに憎い日本に居座って、国内問題を外野がギャーギャー言うんでしょう。口を開けば日本の悪口ばかり・・・言葉の端々に憎しみが滲んでました。
友好的な在日の人もいるとは思うけど、こういう言動・行動は、逆効果。
すっごーーーーいキライ、シンスゴとその仲間たち
この番組はこれで終了~だけど、シンスゴ達は、前編の中国人被害者家族にも、中国のネットサイト運営者やいろんな中国人に取り入ってるし、アイヌにも同情的に近づいてるのが、ただ、ただ、不気味なんだなぁ・・以上
天皇陛下に謝罪しろと言っている人達。いつもの顔ぶれ
権利回復の謝罪と賠償の署名活動
2007年、先住民族の植民地支配を正す権利の回復のため謝罪と賠償を含めた署名が行われている。[47]
以下が呼びかけ人である。 金時鐘 (詩 人)佐高信 (週刊金曜日編集委員)辛淑玉 (人材育成コンサルタント)田中優子 (週刊金曜日編集委員)中山千夏 (作 家)朴慶南 (エッセイスト)針生一郎 (丸木美術館館長)藤崎良三 (全労協 議長) 丸山未来子 (おんな組事務局)
で、今から5年前、アイヌの血を引く砂澤陣さんがアイヌ利権・アイヌの真実・「差別の再生産システム」を語っているんですが、上記の【痛快!おんな組】の井戸端会議を全否定しています
「強制移住されたと言う在日と同和が絡んでえげつない」って
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ジュネーブで行われた、国連女性差別撤廃委員会にて、
杉田水脈さんが出くわした、チマチョゴリ&アイヌの民族衣装の100人超の小汚い軍団 は、「マイノリティ女性の現状と課題」というレポートを提出していた、部落解放同盟、札幌アイヌ協会、アプロ・未来を創造する在日コリアン女性ネットワーク、在日本朝鮮人人権協会、IMADRの5団体のようです。
2/16ジュネーブで行われた、国連女性差別撤廃委員会(CEDAW)日本審査(後半)の速報です。 更新日:2016年02月18日
女性差別撤廃委員会CEDAWから日本政府に対する質問、懸念
・マイノリティおよび移住女性の政治参加の状況の情報をもとめる
・数世代にわたって日本に居住する在日コリアン女性に投票権が無いことを指摘
・日本の教育においてマイノリティ女性 はジェンダー格差をさらに受けているとコメント
・マイノリティ女性の識字率や教育レベルに関する統計を提供するよう促す
・アイヌ・部落・在日コリアン・沖縄女性の雇用における差別に関し、包括的な差別禁止法を制定する意図があるか質問
・部落女性の雇用に関し、特別措置を再度行う意図があるか質問
・アイヌ・部落・沖縄・在日コリアン女性を対象としたヘルスケアがないことを指摘
・包括的な差別禁止法を制定する意図に関する質問が答えられていないと指摘
・マイノリティ女性への教育支援の措置について情報を求める
・女性の政治参加において多様性が反映されるべきとコメント
・アイヌ・部落・沖縄・在日コリアン女性に関する統計を求める
(質問に対する政府の回答)としては・・・続きを読む
そこで、今日はアイヌを利用して、日本民族の対立を煽る人達(在日朝鮮人と反日日本人)の、聞くに堪えない日本への憎悪発言ばかりの2009年放送の【痛快!おんな組】という番組を紹介します(やや要約)(※以前のものに、分かりやすく手を加えました!)
以前紹介した、朝日ニュースターというCS局でやっていたものですが、今考えるとよくこんなヘイトスピーチ流していたなぁと
《日本にヒドイ事されたと手を取り合う人達》2009年09月22日のつづきです。
しかも【痛快!おんな組】は、めでたくこれが最終回!!(要約です。アイヌ語が分からないので違っているかも。指摘して頂くと助かります<(_ _)>)
(まずオープニングトークで朴慶南(パク・キョンナム)(左端)が、
番組で以前取り上げた、関東大震災時の朝鮮人虐殺事件の、荒川の河川敷(並ばされて機関銃で撃たれたという場所)で、
毎年やっている慰霊祭に参加したが、やっと宿願の慰霊碑が建ったという詳しい解説をして、
スタジオの全員で、「行こう行こう!と」盛り上がり、
永六輔氏は、風力発電の公害問題を中山千夏と一緒に熱弁。(うっかり「未亡人」と言って「ヒドイ言葉!!」とシンスゴに怒られていました^^;) その反対運動家(未亡人)と共闘しているらしい。あと雑談(略)
辛淑玉「今日は相当バトルがあるんじゃないかと、
そうですね、(最後だから)言いたい事、、いつも言ってるクセに(笑)とか、、
今日もいつもの通り、この後は、ステキなゲストをお招き致しておりますので、(説明)。
いつもね、戦後の要するに植民地支配とかって言うと、まぁ台湾であったりとか、朝鮮半島であったりだとかっていう見方をする人はとっても多い。
だけども日本のね、国家としての(最初の最高の)植民地ってのは、やっぱりアイヌですよっ。うん、殺しまくって殺しまくって殺しまくりましたからね。で、未だにそれが歴史教科書にも何も出ていない。
そこで今日は、アイヌに対する国家による殺戮、そして差別の問題を実際にここで語って行きたいと思います。(中山千夏、大拍手)・・・・」 CMへ
(-ゲスト紹介- 略)川村シンリツ・エオリパック・アイヌ
辛淑玉「えー、生活の中に実はアイヌの言葉がたっくさんります。例えば知ってるものって何かあります?」
朴慶南「私はですね『イアンカラッテ』(あなたの心にそっと触れさせて頂きます)っていうのを、必ず公演の時に最初に話すんですね。とってもアイヌの言葉って心に響く暖かい良い言葉がすごく多い。」
辛淑玉「・・・雑誌のノンノ(花)もアイヌ語で、キロロ(喜び)もそうなの。で、東京にアイヌがいないと思っている人が多い。不思議だよね。アイヌって移動の自由がないと思っているのか知れないけど、実際には?!」
出原昌志氏「5千人~1万人いると言われている。高度成長期の後。
それも関東の民族団体が東京都に申し入れして調査した。
全国にいる。」
辛淑玉「在日も日本国籍取得すると、在日とカウントされないので、
文化・生活の継承してても全体は把握できていなくて色んな施策が出来ないという事がよくある。」
朴慶南「子供のお母さんが『私アイヌなの』って話して、付き合っていた。」
「地名で良くある。日暮里、我孫子も」
辛淑玉 「歴史の中でも、、
これは自分で買った本(南極に立った樺太アイヌ)だが、『しらせ』は教科書にたくさん出てくるけど、道案内をしたアイヌの事は全く触れていない。歴史に出てこない。
もう一つ凄いなと思ったのは、私、教材でも使っていたが、八甲田山の捜索隊としてアイヌを使っているんだよね。
それでいて、その存在はナイという形でやってきて、、それで伺いたいが、出原さんは、シャモかアイヌか?!」
出原氏「シャモです。日本人の事で、あまり良くない隣人の事。」
辛淑玉「あははははは、散々ヒドイ事したからねっ」出原氏「シサムというのは良き隣人の事。」辛淑玉「アイヌラマット実行委員会とは何か?」
出原氏「東京の東部地域で、
市民・労働組合が一緒にアイヌ民族の権利回復に向けて連帯していこうと作った共闘組織。」
辛淑玉「なんか問題、事件とかあったのか?」
出原氏「河村さんも一緒に共同代表して頂いてるんですが、
放送大学でアイヌ民族は民族として成立した事がないとか、民族でないものがアイヌ新法を制定運動やったのは大きな問題であるとか、自ら和風化・同化したとか、
コウノモトミチという3代のアイヌ学者が放送大学で発言し、4年間繰り返し流された。民族が抗議をしても流された。足立学習センター内の放送大学に、河村さんから提供されて申し入れを始めた。その時足立区にもチャランケを申し入れたり、そういう経過で作った組織。」
辛淑玉「チャランケっというのは?!」出原氏「話し合いの事。」
中山千夏「あのね、『きつねのチャランケ』という民話があって、北海道で買って読んで大感動した。つまり、日本国憲法みたいな民話なの(笑)何でも揉め事を話し合いで解決、、
チャランケをするきつねの口から美しい言葉が川のように流れ出て、相手も納得した話。つまり言葉の力がスゴク信じられている。だからスゴイなぁーと思って、皆で真似した方が良いなと思った。」
辛淑玉「でも、日本国憲法ってのは、先住民族の権利って何も規定してない。」
中山千夏「そうそう、いないっていう前提だもん。」
辛淑玉「自分がアイヌなんだと認識したのはどんな時だったか?」
アイヌ氏「私の育った環境は、アイヌ記念館を経営しいたので、意識はあったが、
父親が亡くなってから、特にそういう気持ちが強くなった。」
辛淑玉「私とか、キョンナムは他者から『朝鮮人』って言われて『えっ?!』っていうことで、
そこで初めて自分の事を確認するみたいな作業が続くが、
『河村カ子トアイヌ記念館』というのは、どういう所か?」.
アイヌ氏「大正5年に、明治生まれのおじいちゃんが作った。
当時は給与地といって、アイヌが一箇所に集められて、第七師団ってのが来て、軍人がアイヌの学校とか見物に来た。すると土人小学校の子供達は、軍人の前で踊りをやったり、見世物にされた。それはヒドイというんで、おじいちゃんが資料館を作って、ここで見てくださいと、但しアイヌ文化を理解してくださいという事で作った。」
朴慶南「土人という言葉がずっとあったってヒドイ。」
辛淑玉「私ねっ、アイヌを散々殺しまくってね、支配しまくったそのクセがね、植民地支配でバンバン出てきたと思う。(怒)」
朴慶南「少年よ大志を抱けってのは、それこそアイヌの土地を奪って殺していくっていう事がそこにあって、それから台湾や朝鮮に侵略して行ったという歴史があるって北海道大学の先生に聞いた。」
辛淑玉「アノ人、大志を抱け以外何も言ってないからねっ(笑)はははは」
アイヌ氏「それより、アイヌ政策を考えたのは新渡戸稲造とアメリカ軍人のフォーレスケプロン。アメリカの同族法を真似して旧土人保護法ってのを作った。」
辛淑玉「どうやって民族を抹殺していくのかを、アメリカ仕込みでやった。」
辛淑玉「ちょっと歴史を少し振り返ってみたい。
(フリップ)出原さん、簡単に流れを説明してくれますか。」
出原氏「ここに出てないが、元寇(モンゴルが攻めてきた)で、戦前は神風、、北条氏が阻止をしたと。
だけど実際は、朝鮮半島でのモンゴルの戦いがあって、
丁度台風の時期だったという事で、
実は知られていないが、北からもモンゴルが攻めてきた。北海道の方から。それはアイヌ民族が抵抗して阻止した。そういう民族に偉大な歴史があるが、それが全部消し去られている。」
辛淑玉「シャクシャインの戦いくらいからでしたよ。音として聞くのがね、うん。」
出原氏「200年前にはクシャマインの戦いがあり、シャクシャインの戦いがあり・・・(民族虐待・女性に対する性暴力に対する蜂起の歴史詳細 略)」
(「だまし討ちだよねー」「だよねー」「だましだよねー」で、シャモの話で盛り上がる。)
出原氏「で、明治維新になって、天皇制国家が成立し、開拓使を置いた。この時点でアイヌのが土地が全部モシリになった。開拓使というのは、まさに植民地のこと。朝鮮総督府と同じような権力。その後戸籍法交付。」
辛淑玉「スゴイね。ここで旧土人と。新平民と同じ。」中山千夏「創氏改名もあって」
辛淑玉「河村という名前はこの時に付いたのか?」
アイヌ氏「そうです。川のそばに村があったから。」
辛淑玉「シンリツ・エオリパック・アイヌというのはどういう意味?!」
アイヌ氏「先祖を敬うという意味でシンリツが先祖、エオリパックが敬う。アイヌが人とか男という意味。」
永六輔「アイヌは言葉はあるけど文字は無いというのは本当?!語り伝えて、、」
アイヌ氏「ありません。はい」
辛淑玉「だから、色んなものが、人が殺される事によって文化・歴史の伝承が出来なくなっている。
実は私、出原さんとあったのが増上寺だが、そこで開拓の為に同化をさせる為に、アイヌを教育するのに、東京に送って、、教育と言う名目の拉致。そして虐待して、殺されていくわけ。」
出原氏「全部で38名強制連行されて、監視体制の中で二年間で4人亡くなった。」
辛淑玉「その学校があったのが、芝の増上寺のところ。あの時何していたのか?」
出原氏「東京イチャルパって言って、慰霊祭をしていた。2003年から関東のアイヌ団体の方『ベラの会』が呼びかけて集まって、その開拓使会学校に強制連行されてきたアイヌと自分たちの事が重なる。それで先祖の慰霊と首都圏で亡くなっていったアイヌの人達を一緒に慰霊をしている。」
辛淑玉「増上寺もそうだが、そういうイベントをやるのは凄く大変じゃないか? 理解されないし、反対も多いし。」
アイヌ氏「要するに皇民化教育ですね。アイヌは徹底的に教育されて、、だからアイヌは樺太・千島にはアイヌとウイルタ・ニクフ民族がいた。ウイルタ・ニクフは土人。アイヌは旧土人といって、、私達よりもっと少数のウイルタの人達は未だに名乗れないがたくさんいる。」
中山千夏「えっ!?、たくさんいる?!知られてないねぇ、そういうの!」
辛淑玉 「ちょっと先住民族の定義をここでちょっと(フリップ)」
出原氏「(説明 略)戦後は、どの民族も対等でそれを侵してはならないとなっているが、.
ただ先住民族に関しては例外にずっと置かれてきた。なぜかというと国内植民地になってて、自分達の近代国家形成が問われるという事で、
ここにある『先住民族は侵略者が来る以前の民族の後継者、不法に奪われた土地を取り戻し、自らの社会制度や文化、言語を将来の世代に伝えようとしている人々』」
辛淑玉「国連とか、国際社会の中では、アイヌは先住民族としてもう明確に、、うん。認知されている。」
朴慶南「政治家で、日本は単一民族国家と言う人、たまによく出てくる。ヒドイ話だ。」
中山千夏「私、初めてアイヌ民族以外にいるというのを初めて知った。」
出原氏「1926年には、5民族を囲い込んで、観光地と生態観察の場にして、しかもその人達をソ連への陸軍なんかの学校のスパイ養成としてやって、戦後は国家はそんな事知らないと言って、一切伏せた歴史がある。」
朴慶南「博覧会で見世物にされた事があった。人類館で、朝鮮人・沖縄の人・アイヌの方達が、、ほんとに。」
中山千夏「小笠原の人も文物だして、西洋人もいるからね、小笠原は。」
辛淑玉「尚且つ、見世物とされ、自分達とは違うものとして、医学や科学の観察・研究対象になっていった。(研究は随分された、研究材料的に、文化も :中山)
私はこの『日本の侵略』という本に出ている、
大学の教授の後ろに壷がたくさん並んでて、何かと思ったら、アイヌの人の頭蓋骨で、それを一生懸命説明しているが、まずねっ、これ掘り起こしたわけでしょ?!」
出原氏「そうですね。不法に墓を発いて、」朴慶南 「標本のようにしているんでしょ!?」
中山千夏「断りなしに?」辛淑玉「断りなし。これいつの頃?」
出原氏「昭和天皇に見せて、説明をしている。戦前。」
辛淑玉「そういう形で標本として、、で、死んだ人の墓を本人や遺族に全く関係なく掘り起こして、そしてそれ返したのか?!」
アイヌ氏「いえ、まだ北海道大学の納骨堂に入っている。」辛淑玉「納骨堂は作らせた?!」
アイヌ氏「はい。私は旭川だが、5体あったのを旭川は返してもらって、市で納めてもらっている。」
辛淑玉「それで、なにしろ土地を奪う。アイヌって国とか国境の発想はないですよね?! ちなみにアイヌの人達はみんな同じ言語なのか?!」
アイヌ氏「いえいえ、相当広い地域に住んでいたから中国・ロシア・アメリカ・日本ね。だから言葉も様々で、例えば北海道と東北も違う。」
辛淑玉「で、土地を奪われ、この『旧土人保護法』というのは?!」
出原氏「主食のサケを獲るのを禁止したのは日本だけ(漁業権を認めなかった)。当時、日英通商条約でイギリス人が、日本国内にドンドン入ってくるのに、ソレを見られたら恥ずかしいっちゅうことで、一定の保護政策と言っているが、狩猟をする民族に対して、15000坪の農地を与える代わりに、農耕民族になりなさいと(給与地)でそっから離れることが出来なくなり、しかもその土地は300チョウある内の20チョウしか農耕ができないとかね、そういうヒドイ土地。
もうひとつは、徹底化した皇民化教育。アイヌ小学校を設置して、もう徹底した皇民化教育をすると。」
辛淑玉「お父様やおじいちゃまは当時の話はしていたか?!」
アイヌ氏「旭川では、江戸時代に松浦タケジロウという人が来て、ガイドした人が村長のクチンクレという人で、
石狩に連れて行かれて強制労働させられた時にかなりの高齢だったが、
石狩で承認とチャランケ(話し合い)して、全員旭川に連れて帰ってきたので、旭川の村は維持されて残ったが、
海岸の方の人は強制労働で滅びてしまった。そういう時代だった。
明治の初めは、アイヌは日本語喋れない、読み書きはもちろん出来ない、そういう時代だった。」
辛淑玉「お父さんは戦争と重なるが、戦争の話はしていたか?!」
アイヌ氏「父親は明治26年生まれなので、太平洋戦争の時は50近かった。
当時はみんな農業に失敗してしまって出稼ぎ、、キコリになるか鉄道の人夫として働くしか道が無くて、鉄道で一生懸命働いてもアイヌと言われて賃金が安い。最初から差別された。
悔しいので友達と二人で札幌行って測量技師になった。倭人が行けない険しい所でもテンリキョウとかピョンヤンに行って測量した。名前が金を稼ぐ人の通り、給料をもらって、記念館を作り直した。」
辛淑玉「お母様はどんな方?!名前は?!」
アイヌ氏「江戸・明治・大正・昭和と日本人が北海道にやってくると、成功する人は一部で、屯田兵の場合は失敗して帰ってしまう時に、口減らしでアイヌの家に置いていく。それが1万人位いて、私の母も屯田兵が置いていった子供。で、アイヌの家に育ってアイヌ語の方が分かる。」
朴慶南「旭川でフチというアイヌのおばあさんに会った時に、『倭人はアイヌの子を育てないけど、アイヌは倭人が捨てた子供達を育てたんだ』って言った。
辛淑玉「在日の先輩たちも、アイヌに助けられた人たっくさんいるよね。」
朴慶南「沖縄でも言われた。沖縄戦の時に自分達を庇ってくれたのはアイヌの人達だったって。うん」
(長いので後半に続く・・・アイヌの血を引く、有名な砂澤陣氏の反論アリ)
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前記事の続きです。
愛川欽也氏のテレビ司会者としての発言をザックリ集めてみました(メモ代わりです)
とは言っても地上波ではなく、CS朝日ニュースターで長年やっていた自称・日本一分かりやすいトーク番組【パックインジャーナル】の司会者としてですが。
「国家」というコトバや、「君が代」「日の丸」が大嫌いで、「憲法9条」が大好きで、鳩山総理の所信表明演説演説を聞いて涙を流した御仁です。。。
●毎度「日本が世界から嫌われている」と繰り返す人達
《世界から嫌われている日本!? 【パックインジャーナル】》2009年4月11日
・・・例えば、テーマの「北朝鮮衛星失敗」に関し、その流れで核の議論になり、
怒りながら「世界から嫌われている日本がですね、北朝鮮のお陰で消えてゆくような国家になっていい道を行くのか、・・・」
「日本はなんでどこの国からも何で嫌われるのか・・・」
●ポケットから憲法手帳をかざして喋るさまは、北朝鮮の金正日を彷彿
《憲法9条 狂祖様》2009年5月 5日
愛川氏「憲法9条ってのは本当に理想ですよ。」「僕は東京新聞でちっちゃいの書いていますけど、日本が世界に誇れるのは日本国憲法。このほかに何があるんだろうと思うくらい素晴らしいと僕は思う。思わない人もいて結構なんです。それを発言できるのがこの憲法の中身だから・・・」
「憲法は文化だと思うんです。・・・良いものは誰が作ろうといいんです。マッカーサーだろうがサッカーサーだろうがなんでも結構。・・・やっぱり中身だよね。
9条の理想ってのは日本でも完全に果たしえていないくらいの、これは夢なんですよね。物語の中での文化の頂点ですね。・・・・僕も学童疎開して行って、戦争のために本当に苦労しました、おかげさんで。戦争のために本当は苦労なんかしちゃいけないんですよ。そういうことの中からこの憲法9条に関しては、どっかでね意思表示してなかったら、段々しかしそういうやつらが死にます。そうするとねぇ、これはねぇ大きく変わるような気がするんですよ。」
-ソマリア、手練手管で誘導して自衛隊の存在をアピールしなきゃという人たちが着実にポイント稼いでる。武器使用させようとか。麻生さんが集団的自衛権を言い出している。9条賛美。あと学校教育(憲法成り立ちを教えていない)に問題ありの布石トーク。
愛川氏、おもむろに薄い赤い手帳を取り出してかざし、
「僕ね、年中鞄で憲法(の手帳)持って歩いているんです。これになって15年位になりますかねぇ、・・・何で持ってるかと言ったら・・・ただ入れてるとねぇ、日本人なんですねぇ、お守りなんです。(笑)」
山田「それね、みんなで持つ運動を起こすだけでも意味ありますよ。・・・コレ、毛沢東の感じかなんか・・・わかんないですけど。これね、手帳ですからこれを持つってのがファッショナブな時代になるといいですよね、コレ(手帳)がね」
●政権交代のための番組だと宣言
《政権交代が番組使命だったのね・・・》2009年5月18日
愛川氏「山田さん!今この時期はね、山田さんのような影響力の大きい方がね、とにかく一回政権交代させてもらいたいんだよ。そうすると、そのことに、ブレーキをかけるような言い方は!すべて、あんまり、たたえないね!今大事なことは、とにかく、まぁこの番組、考えたら10年間ずーーーーっと政権交代でした。思えば・・・。政権交代出来なかったらこの番組はその日でやめましょうよ。そんなもんですよ。・・・・・」(言論封鎖に苦笑いの山田氏)
●私が思う偏向番組のトップはこの番組
《偏向番組ベストスリー》2009年6月12日
・・特に、自称日本一分かりやすい絶好調のトーク番組【パックイン】は、嘘も垂れ流し。
ちょっと思い出しても・・・「日本は世界から嫌われている」←ウソ
「安倍さんは下痢で逃げた」「麻生さんは度胸がない。総理になりたかっただけ。しがみついてるだけ。」等々
「従軍慰安婦」「南京」「植民地」の話題で、日本を貶める。
あと、拉致問題は日朝関係にとって、とるに足らない問題とか、たっぷり支援して日朝国交正常化しなければいけないとか。
極めつけは、天皇陛下を「天皇」と呼び捨て。「憲法九条」は死守の姿勢。
政権交代の為の番組だと言い続けてる。
●番組中、突然「辞める!」とダダをこねる愛川氏
《反日番組終了のお知らせと愛国戦士たちの討論 (動画追加)》2009年9月 6日
最初の民主最高顧問民主党の藤井氏への電話インタビューでは、元気マンマンだった愛川氏が、三反園氏の「来年の参議院に勝たないと本当の政権交代じゃない」との分析発言にキレて、「50年間も我々は耐えてきたのに、そんなこと言うな」みたいな発言の後、
「辞める」「もういい」「ラジオも一日で辞めた」「ご意見番になりたくない」「田原みたいになりたくない」と言い出し、周りの出演者がなだめても、「勝手連はもういいっ」とゴネっぱなし
で、CM明けに別のテーマに入っても、「僕はね・・・・」とボヤキだし、また辞める発言。
燃え尽き症候群なんでしょうかね~。あれだけ麻生さんを口汚く罵って、民主大応援して政権を奪取したんだから、これからは、見守りながら批判するのが本当だろうに。。。この人も政権交代だけが目的だったってことかっ[E:think]
ワガママというか、無責任というか、オトコのヒスって見苦しいわ。もう観察するの、やめ~た(苦笑)
●自民党の総裁選に関して、自民党は河野太郎を選んで民主党以上のリベラルになれば生き残れるという議論
《第二民主党ってなんだ?!(河野太郎はありえない) 【パックインジャーナル】》2009年9月19日
愛川氏「僕は、何も凄い事を望むんじゃなくて、『政官財の癒着の中でぬくぬくとやってきて、それを許してきた国民の皆さんには本当にありがとう。私達はほとんど民主党と同じ考えだ。だから民主党がマニフェストを怠ったら今度はこっちがやりますよ』っていうような、第二民主党。あるいは民主なんて言わないで自由党でいいから。そういう穏やかな政権交代が、国民のためだけにするような政治体制が生まれれば、この東アジアの中で良い国になってくれたら、、なんか保守なんて言葉使ったら、旗って言えばすぐ日の丸とかね、、」
二木氏「保守と右翼は別ですからね」
山田氏「世界の潮流から見ると、民主党は大きい政府のドイツの社会民主主義に近いような分類にだんだんなってきている。それの対抗軸はアメリカの共和党みたいな小泉・竹中路線に近い、小さい政府で合理主義で競争原理でというのが潮流。
もう一つは異民族排斥の右翼政党。右翼政党ってのはヨーロッパでも今ドンドン、、だから日本だって世界の潮流でいくと、自民党はある程度、共和党的な、、河野さんの政治になっていくのか、あるいはみんなの党がそれを担うのか分からない、そういうグループ。
あとひとつは、右翼政党が出てくる可能性がある。アメリカが外国人が入ってきたり、朝鮮だ中国だ、ってことの中でも皆イライラしている気分がそこに出てくるから。そんなのがこれからの軸になってくるような、、」
二木氏「今、アメリカのオバマさんが日本でいう国民皆健康保険に対して、物凄い排斥が起きているのは排外主義の右翼だ。」
愛川氏「世界であんなにデカイ国で金も持ってる国が、国民健康保険を作ろうとする、その大統領を引き摺り下ろそうとするのを見て、あんまり立派じゃないなと。だから何も凄い事言わなくて、保守とか旗とかじゃなくて、民主党よりもっーとリベラルの政党が出来たとして、その代わり今度野党だから監視しますよと、50年の歴史の中でやってきた悪い事は全部知ってます、だから、、」
●故人献金なんて追及するのはアホ?!的な発言
《故人献金問題追求はネガティブキャンペーン?!(追加動画アリ) 【パックインジャーナル】》2009年10月04日
・・最初に八ツ場ダム視察じゃなくて、敗戦選挙区回りをするべきという川村氏の熱弁
愛川氏「・・次の国会ではね、あの鳩山さんが自分の財産を選挙に使ったというような話の国会の代表質問みたいなものがあったらね、私達は、もはや呆れるね。僕はそう思う。」
萩原氏「だって本当に私達は、そういうところで政権交代を望んだわけじゃなくて、
本当にこうやって国を変えるんだっていう政策を提示してくれたんで、
ああじゃあそういう風にして欲しいと思って一票入れたわけですよね。
だからそれに対峙するような案がなければ、人の足ばっかり引っ張ってて、票は戻ってこないですよねぇ。」
.
山田氏「だから要するに、全体の絵っていうのか、我々は今何が課題でもってもの優先順位が何なのかっていうのをやるのが政治なんですよ。
確かに鳩山さんのアレも問題ですよ。でもその問題が一丁目一番地の問題なのか日本国のっ、て話なんですよ。で、言ってみりゃ新聞の一面トップを飾るような話なのかっていう事だと思うんですよね。」(スタジオ笑い)
「そこが問題なんですよ。だから今度国会で論戦やるにしてもね、まぁ鳩山さんはなんかヘンな事やったけども、それで国政が止まるんだったらば一体なんの為の日本国なのかって話ですよねー。」
愛川氏「ところがね、ホッーントに我々国民はね、そういう風な事が好きなんですよ。ノリピーがっ! だからつまりそれは正直言ってね、国民の意識がね、相当勉強してきたはずなのに、大事な事はスキャンダルと言われる様な事で、自分が裁判官にでもなったような発言をしながらやってく、、
そんな事じゃなくてやっぱりこの不況の中でね、日本がとにかく政治を変えて、無駄をなくして、税金を上手に使ってもらおうという事で、選んだ総選挙が何だったかというところに落ち着くようなね、
そんな演説を、僕は谷垣さんがね、代表質問でしたら、『我が党の長い歴史の中でどの位無駄な物造ったか分からん』っと、『我々は民主党を上回る場合によっては、社民党を上回るような攻撃的な野党になろう』、
こんな事を言ったらね、僕はそっくりこれからの谷垣自民党応援番組を13年やりますよまた。」(爆笑)「いや、ホントそんな気がするの。だけど期待できないなぁと思うから、この頃。まぁ寿命も寿命だしね、ふっと、、山田さんそういうわけですよ。」
●尖閣ビデオ流出がせしからんという議論
《尖閣ビデオ流出で誰が得をするか? 【愛川欽也のパックインジャーナル】》2010年11月06日
愛川氏「私はつくづく思う。地上波テレビは『国民は早く見たくてイライラしていた』から当然の流れだと言っているが、
はて、流出ビデオなんて見たいってやつは、周りに1人もいない。そんなにみんなが見たがっていたのかなと。
日中の政府は参ったなと思っている。中国は握手したいけど(国内事情で)出来ない時に、「国民全部見たがっていた物」だったのかと、僕の中では不思議でしょうがない。菅政権が頼りないというような材料が並んだが、これが出ることによって誰が得をするのか? 」(中略)
愛川氏「本当の意味で、道路はタイヤの跡がつくから分かるけど、ヘリコプターの映像じゃないと分からない。反日・反共の気持ちで見る以上は、かえって助長させる。そんな事より日中が仲良くする事が大事。大半の中国人も日本人も仲良くしたいと思っている。」・・
●「sengoku38」(一色正春氏) の議論
《尖閣衝突事件を『独島(竹島)』に例えた田岡俊次氏 【愛川欽也のパックインジャーナル】》2010年11月13日
田岡氏「だけど軍艦にね、軍艦に『独島』って名前つけるって政府の方針だもん。」
横尾氏「だけどね、そういう一つの象徴、今言ったように『独島』は象徴だから、愛国心ってさっきも言ったように、もう非常ーーに面倒くさい問題なんですよ。だからその事を煽らないように、政府も政治家もメディアもちろん抑制するし、国民もそういう事を理解しないと大変な事になっちゃう、、」田岡氏「性欲とか食欲とか似てましてね、本能みたいなもんだから、煽るのはいいけどね、その通りしたらろくなことはないんで。」
愛川氏「しかし、もう一回言いますけど、この結論の出し方でね、例えば彼を一応逮捕して、そして愛国心で煽られた人達は、こんなにちゃんと彼は良い事をしたのにって、、もう良い事は何かわかんなくなっちゃってる。」田岡氏「多分ね、次に有罪にならなかったとすると、懲戒免職になったとしよう。
そうするとまた彼を担いでね、田母神氏のように、(そう)(そうそうそうそう)また彼もデモの先頭に立って、、それをまた真似するやつが出てきてね、ほっときゃこれ10倍、100倍になっていくわけで、こういう話が。」
愛川氏「10倍、100倍になっていくようにメディアが応援団を作ったりね、人気者と言われているような市長さんとかが大騒ぎするような、、そういう事を考えていくと、この番組はそう偏向してませんよね。中身、どう二木さん。」
二木氏「うーん、本人はわかんないね(笑)・・・
ただ、その保安官が巡視船の中で震えてて、船長が『どうしたんだ』と、、確信犯なら震えないと思う。やっぱりいたずら心みたいなものが半分ぐらいあったんだと思う。 」
●自民党政権だとすぐにでも戦争が起こる・・みたいな妄想話と、沖縄から米軍は出て行けー!の話
《民主党への処方箋って何!? 【パックインジャーナル】》2010年11月20日
愛川氏「・・・まぁCMの間の話も放送したくなっちゃうんだよね。みんなが話していたのは、
『そうだっ!やっぱり去年の選挙で選んだんだから、
その民主党への処方箋を私たちも考えていかなくちゃいけない』と。
そうじゃないとねぇ、正直言って長く生きていると、大東亜戦争前のね、日本と似てきたような状況が全国でいろいろと生まれているんですね。
こういう事になったら、日本は世界から本当にほっっっん気で嫌われる国になりますよ。私はつくづくそう思う。
もうね、つまり武力で外交のできる時代は終わったんだっ!って事だけはね身に染みて思わなかったらね(そう:下村) そういう事を言う人達の話は危ないですよ。
あのね、そういう時代は・・まだやってますよ、確かにね。だけどそこはまだ落ち着かないでやってるんでしょう。
日本は原爆二つも落とされて、そして近所の国にもこんなに迷惑をかけて、同胞だってこんなに山ほど殺されて、それでやっっっと目が覚めたように、
武力で解決しないっていう憲法を作った国で、そのことはどんなに変えようともこの事は変えないっていう考えでいなかったらね、ホントに曲がるって事は怖い事ですよー。」・・
●キンキンにとって、核とインタネットは同等らしい
《インターネットは「暴力を使わない”核”」「渋谷の駅の便所の落書き」by愛川欽也 【パックインジャーナル】》2010年12月 4日
愛川氏「おまっとうさんでした。愛川欽也パックインジャーナルの時間です。
あのー、僕はどうもあのー、パソコンを始めて、ボタンどうもダメなんですけどもね、でもあのー、うちの若い衆が非常に名人なんですよ。
で、僕は原稿書いてすぐ、、あっツイッターなんか始めましてね。で、何でもとにかく今やっているんですけど、実は、僕自分では出来ないんだから、なんだろうな、えーあの、ツイッターもどき。私は最近ツイッターもどきになりました。
で、そのあのー、ホームページなんかもね、一応、公式ホームページ、ええ。大して公式じゃない。どうせ自分でやってんだから。
で、そういう事を考えてちょっと逆に、このインターネット、自分じゃ出来ないけど、うちの若い衆なんかにやらせて、傍でこう見てると、まっスゴイもんですねぇ、勝手気ままにお書きになったものがそのまま情報としてワーーーーーッと流れていて、
で、それ自体にまぁなんだろうなぁ、まぁうんと悪く言ったら便所の落書きね。
で、今度はその便所の落書きを消す会社が大きく儲かって、野球のチーム買おうなんて話があったり。
つまり本当に訳の分かんない時代が来て、僕は二つ、人類はとうとうそういうものを作った。
一つはね、僕は核だと思うんですね。まとめて人を殺す核。もちろんこれを平和的に利用すると、まぁー発電ってのもあるんでしょうかね。なんかそういう平和利用もある。
それと同じようにこのインターネットっていうのも確かな情報も知らせる。一方ではめっちゃくちゃの渋谷の駅の便所の落書きと変わんないような物も流してもそれは、、
で、困るのはね、私たちはその便所の落書きを見るのが多いんですよ。そうすると家の中にいて便所の落書きが見える時代になったっていう事で、
それが丁度テレビのワイドショーとこう一緒になって、ワーーーッと来ると、それが僕はね、世論調査を形成していくという事になるとね、
これ山田さんね、やっぱりこれは、あの暴力を使わない核のような気がする。・・
●日の丸・君が代通達問題で東京都職員の逆転敗訴の件
《「日の丸・君が代がなんで嫌いなのか」 【パックインジャーナル】》2011年1月29日
愛川氏「(強制している国は独裁国家が多いという話) つまり強制する国は怖い国ですよ。その怖い国になるかならないかって事を端的に言えば、この国は怖かったんだから。ほんの60年ばかり前に。
その怖かったっていう事を、、やっぱり怖い方がいいやって思うのかっ、怖い国はヤダっていう別け方で、ボクは非常に分かりやすいと思うんだっ。
えー、そういう形で世論調査してください。怖いのが良いと思う国・怖くない方が良いと思う国。これ大事だと思いますよ!そっからしか始まらないと思いますね。」
●「大阪維新の会に負けたくない、自民党の新憲法原案」と題し、ボロクソに批判
《自民党の憲法改正原案は「軍国主義・内向き・国民を管理」 【パックインジャーナル】》2012年3月 3日
愛川氏「古いところにはなんか良いものもあるんで、ボクはやっぱり軍国主義時代とハッキリ言ったほうが良いと思うねっ。そういうものに日本をもう一回求めるというのが国民の意思なら・・これはまた話が別だね。
で、ボクはそうじゃないと思う。(そうじゃない:下村) そうじゃないという風にボクは思いたいし、そういう風に生きてきてから。しかもこの番組をやってることだって、ボクはずーーーっと一貫して『日本の憲法は世界一素晴らしい』と言い続けているから、だって、当たり前にそう思うから。」
下村氏「ただ、残念ながらね、段々ワタクシも戦争体験の中国・満州でという子供の時、、そういう世代が段々亡くなってきて、橋下さんのように全く体験なしで突然バンッとこういう事を平気で言う世代の方が圧倒的に多くなっている時にぃ、それがなんかこう怖さとかなんとかほとんど知らない世代が中心になった来たという怖さねっ。」
愛川氏「もう一つはね、ちゃんとメディアや学校なんかで試験もないし、歴史をちゃんと教えない国家だから、、」
下村氏「そう、南京大虐殺もなかったって(笑) あれも、、(先週やりましたけどねぇ:横尾) ねぇーー。」
愛川氏「そうすると、問題はなんかそういう人達が嫌いなんだねぇ、こういう話は。で、キライなように丁度原発がキレイだって言うんであれほどもうもう、何がキレイだかわかんないけど、えらいことになっちゃってキレイだったらキレイどころじゃないよね。
つまり、こういう事がよっぽどスゴイ事が起きない限りは、なかなか伝わらないよね。で、考えてみると、やっぱりボクは原発ってスゴイなと思うのは、原爆2個で平和憲法が出来たのかもしれない。
今度は原発2つか4つかぶっ潰れて、このことでなんか行くのかなと思ったら、もう周り蓋しちゃって、もう一回水色で塗り直せば良いのかなと。なかなか、みんなが考えるような事ってほんっっとに、、」
10何年番組やってきて・・・09年の政権交代直後は、狂喜乱舞のハイテンションだったのに、数ヶ月でボヤキになって・・・菅政権で期待を高めて・・・またボヤイているうちに朝日ニュースターが閉鎖という流れでした。
後にも先にも私の中では、この【愛川欽也パックインジャーナル】が日本一の偏向番組ですが、
それ以上に、在日+反日日本人が日本を罵倒するヒドイ番組がありました
《辛淑玉(シンスゴ)とその仲間達の信じられない"朝日ニュースター"での日本ヘイト発言》2013年09月27日
どっちもテレビ朝日系のCS「朝日ニュースター」という局の番組でした・・・(遠い目)
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《アカヒの電波工作。朝日新聞大株主のCS放送局「朝日ニュースター」とは》
・・今日は、その反日偏向番組のいくつかを紹介します
それぞれの番組のメインの司会者が、シンスゴ・葉千栄・・金慶珠・上杉隆・青木理・金子勝・・
サブが・中山千夏・永六輔・下村満子・荻原博子・落合恵子・吉永みち子・重信メイ・中村うさぎ・二木啓孝・佐高信・石坂啓・・
というラインナップ。今思えば、皆アカヒマインドのオンパレードだったなぁ・・・(遠い目)
それもそのはず、この朝日ニュースターの主要株主は 朝日新聞社 83.2% (2011年3月31日時点) テレビ朝日 朝日放送 という構成ですから。
で、ボヤキがてら、《旧 テレビにだまされないぞぉ》では《朝日ニュースター》 カテゴリー作って記録してました
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TBS【サンデーモーニング】(1/19)で、
佐高信がフランスの風刺画に関して、「風刺・ペンが向かう先は強者でなくてはならず弱者に向かってはならない」 「笑いは”こわばり”をほぐすもの。あれはそれではない」 と偉そうにコメントていたんですが、
ならば、9年前のアレは!?と思い出しちゃいました(;一一)
2006年、『週刊金曜日』主催の「ちょっと待った!教育基本法改悪 共謀罪 憲法改悪 緊急市民集会」において、皇室を中傷・侮辱した芝居です。
知らない人の為に、【マスゴミ】週刊金曜日による皇室中傷・侮辱芝居【反日】 に記録されたものを書き起こしましたキチガイですよ、もう・・
「陛下のガンも笑いのネタにした皇室中傷芝居」(週刊新潮12/7号より抜粋)
その瞬間、あまりの下劣さに観客も凍りついた。11月19日、日曜日。東京の日比谷公会堂で開かれた『週刊金曜日』主催の「ちょっと待った!教育基本法改悪 緊急市民集会」である。
会場を埋めた2000人近い観客の前で、悠仁親王は「猿のぬいぐるみ」にされ、天皇陛下のご病気もギャグにされる芝居が演じられた・・・
その日、東京は冷たい秋雨が降っていた。
高橋尚子が参加した東京女子マラソンがあり、交通規制が都内に敷かれていたその時間に、日比谷公園の一角にある日比谷公会堂でそのイベントの幕は開いた。安倍政権への対立姿勢を鮮明にする左翼系週刊誌の「週刊金曜日」が主催する緊急市民集会である。
同誌の本多勝一編集委員の挨拶から始まった集会で、問題のパフォーマンスがおこなわれたのは、午後2時半頃からである。司会を務めるのは、同誌の発行人でもある評論家の佐高信氏だ。
「えー、今日は特別な日なんで、とても高貴な方の奥さんにも来ていただきました。この会場のすぐ近く、千代田区一丁目一番地にお住まいの方です。」
佐高氏がそう言うと、舞台の右袖から、しずしずと美智子皇后のお姿を真似たコメディアンが出てきた。
黒いスカートに白のカーディガン、頭には白髪のかつらと、帽子に見立てた茶托を乗せている。そして、顔は前面だけおしろいを塗って女装した男である。会場は拍手喝采だ。
「本日は雨の中、多くの国民が集まっている中、何の集会だかわかりませんが」
と切り出すと、大きな笑いが起こった。「そう言えば、先日、主人と一緒に、ソフトバンクの王貞治監督にお会いしたんです。王さんは”日の丸のおかげで優勝できました”と仰っていましたが、この人が日の丸のおかげなんて言うのは、おかしいんじゃありませんか? 」
そう言ってコメディアンは笑いをとった。先日の園遊会で、王監督が、天皇陛下に話した内容を皮肉ったのだ。続けて、「そう言えば、去年は皇室典範を変えるとか変えないとかで、マスコミが随分騒がしかった。でも、ウチの次男のところに男の子が生まれたら、それがピタッとおさまっちゃいましたね。」
と悠仁親王のことを話題に。そして、
「今日は、実はその子を連れてきてるの。ちょっと連れてきて」
と言うと、スタッフが舞台の下からケープに包まれた赤ちゃん人形のようなものを壇上の”美智子皇后”に無造作に手渡した。
よく見ると、猿のぬいぐるみである。
”美智子皇后”は、そのぬいぐるみに向って、
「ヒサヒト!ヒサヒト!」
と声をかけながら、その猿の顔を客席に向けたり、ぬいぐるみの腕を動かしたりする。場内は大爆笑。
大受けに満足の”美智子皇后”の芝居は続く。
やがて、抱いている猿のぬいぐるみに向って、
「ヒサヒト!お前は、本家に男の子が生まれたら、お前なんか、イーラナイ!」
と叫んで、舞台の左側にポーンと放り投げるパフォーマンスが演じられた。だが、このシーンで場内は静まり返った。
若者の中にはクスクスと笑いを漏らす者もいたものの、さすがにここまで来ると観客の大半が凍りついてしまったのである。そして、ここで登場したのが「話の特集」の元編集長でジャーナリストの矢崎泰久氏と、作家であり、タレントでもある中山千夏さんだ。二人は、何十年もの間、行動を共にしている”同志”である。
静まりかえる観客
「これはこれは。さる高貴な方の奥さんではないですか。その奥さんに聞きたいことがあるんです。」と、矢崎氏。
「天皇なんてもう要らないんじゃないんですか。天皇なんてのは民間の邪魔になるだけでしょ?」と聞く二人に、”美智子皇后”は、
「あら、アタシは民間から上がったのよ。」と、応える。中山女史が、
「そもそも天皇になれるのが直系の男子だけという方がおかしいでしょ?男でも女でも、長子がなれるようにすべきじゃないでしょうか。それで、ハタチぐらいになったら、本人の意思で天皇になりたければなり、なりたくなければ一般人になってそれで終わり。普通の市民のように選挙権も持てるようにすればいい。そうしていけば、天皇家というウチはなくなります。」と持論を展開。すると、矢崎氏が、
「そう言えば、今日はご主人が来てませんね?」と”美智子皇后”に尋ねる。
「ハイ。」
「どこか悪いの?」と、矢崎氏。
「ハイ。知っての通り、病でございまして。マエタテセン?じゃなかった、エーと、あ、そうそう、前立腺を悪くしまして。あまり芳しくないのですよ」
「それはご心配でしょうねえ」
「そうなんです。」
そんなやりとりが続いた後、突然、矢崎氏が、
「それで、あっちの方は立つんですか?」と、聞く。
”美智子皇后”は面食らいながら、
「私の記憶では・・・・・出会いのテニスコートの時は元気でございました」と、応える。場内は、シーンと静まり返った。天皇のご病気までギャグにされたことで、さすがに観客がシラけてしまったのだ。
「笑い声なんてなかったですよ。何て下劣なことを言うのか、と思わず拳を握り締めてしまいました」と当日、イベントに参加した観客の一人がいう。
「その後も園遊会で来賓とお話しする両陛下の物真似で、笑いをとっていましたね。憲法や教育基本法の集会だと思っていたのに、結局、この人たちがやりたかったのは、安倍晋三のこきおろしと、皇室を中傷することだけだったんですね」
だが、呆れるばかりの内容は、まだ続いた。
今度は、元放送作家でタレントの永六輔氏が舞台に登場。永氏は、
「ここ(日比谷公会堂)は、昔、社会党の浅沼稲次郎さんが刺殺されたところなんです」
「君が代は、実は歌いにくい曲なんですよ」などと語り、アメリカの『星条旗よ永遠なれ』のメロディーで『君が代』を歌うというパフォーマンスを見せるのである。
当日、集会に来ていた白川勝彦・元自治大臣がいう。
「永六輔さんが、はっきりとした歌声で君が代を『星条旗よ永遠なれ』のメロディーで歌いました。うまかったので、自然に聞こえましたよ。へえ、こういう歌い方があるんだ、とびっくりしたというか、妙に感心してしまいましたね」
君が代を『星条旗よ永遠なれ』のメロディーで歌うーーーーそれは、この緊急市民集会とやらの”正体”がよくわかるものだったのである。
”反権力”に酔う人々
今回、”美智子皇后”を演じたのは劇団『他言無用』に所属する石倉直樹氏(49)である。永六輔しに可愛がってもらって、全国各地のイベントで活躍している芸人だ。
「僕たち(注=メンバーは3人いる)は、テレビではできないタブーに切り込む笑いをやっているんです。持ちネタは、色々ありますよ。杉村太蔵や橋本龍太郎、それに創価学会だって、やってます」
と、石倉氏がいう。
「中でも最近は美智子様の芸が目玉になってきていますね。実はお笑い芸人として活動を始めた頃、ちょうど昭和天皇がご病気になって、歌舞音曲は慎め、と仕事が次々キャンセルされたことがありましてね。その時、これはおかしいぞ、と思いました。16年経った今も、お世継ぎがどうのこうの、とやっている。何とも言えない怖さを感じます。美智子様のことは好きなんで、できれば綺麗に演じたいんですけどね」
悠仁親王を猿のぬいぐるみにしたことには、
「この小道具はよく使うんです。普段は、名前をそのまま言わないんですが、あの集会では、ついフルネームで言ってしまいました。
(ご病気については)矢崎さんと中山さんに下ネタをふられ、乗せられてしまいました。僕は基本的に下ネタは好きではない。永六輔さんには以前、永さんがやっておられた渋谷の劇場にも出させてもらいましたし、去年は沖縄公園にも京都のコンサートにも出させてもらいました。京都では、僕が皇后で、永さんが侍従の役で、色々やりましたよ。僕自身は、これを(市民)運動としてやっているつもりはないし、あくまで自分が面白いと思うことをやっているつもりです」
お笑い芸人としてタブーに挑戦するーーー石倉氏は腹を据えて演じているらしい。
だが一方、司会を務めた佐高氏の反応は全く違う。
「皇室を中傷する劇?いやいや、そもそも劇の中で皇室なんて一言も言ってませんよ」
と、こう語るのだ。
「あくまで、”さる高貴な奥様”としか言ってないんですから。だから皇室の中傷などではありません。それは受け取る側の見方ですから、こちらがコメントする理由はありませんよ。そんなことを言うなら核議論と同じで、こっちも封殺するな、と言いたいですね」
永六輔氏は、なんと言うか。
「僕はあの日、3時に来いと言われて会場に向かったんですけど、車が渋滞して遅れ、3時半に到着したんです。だから、そのコント自体、見てもいないし、全然分からないんですよ。だから、『週刊金曜日』に聞いてくださいな」
と、知らぬ存ぜぬだ。
石倉氏に比べて、二人は何とも歯切れが悪い。矢崎氏と中山女史に至っては、取材申し込みに対して、梨の礫だ。
永氏は、かつて、童話『七つの子』など野口雨情の名作を根拠もなく「強制連行された朝鮮人の歌」などと言ってのけ、関係者を激怒させた”前科”がある。
その関係者の一人、作曲家のすぎやまこういち氏は、今回のことをこう語る。
「そうですか。まだ(永氏らは)そんなことをやっているのですか。呆れますね。下品です。自分に置き換えて考えてみればいい。自分の孫が猿のぬいぐるみにされて、放り投げられたり、病気のことを揶揄されたりしてごらんなさい。人権に対する意識も何もない。彼らは、いつも人権、人権というくせに、実はそれが彼らの正体なんですよ」
主催者である「週刊金曜日」の北村肇編集長は、同志の編集後記でこの集会の模様をこう記している。
<冷たい秋雨の中、二〇〇〇人近い人びとが集まった。不思議なほどに穏やかな空気が会場には流れ途切れなかった。永田町の住人に対する、満々たる怒りを深く共有しながら、しかし、そこに絶望はなかった>
”反権力”とやらに酔った人々-彼らにつける薬は、果してあるのだろうか。以上
まさに”反権力に酔ってる”だけの自己満足にしか見えない。
こんな事やって国民の共感が得られると本気で思ってるんだろうか?
で、「さる高貴なご一家の奥様」シリーズは週刊金曜日お抱えネタのようで、少なくても2001年からやってたようです
風刺漫画
隔週掲載の1コマ漫画が、今週号(396号〔1月25日〕)から「金曜アンテナ」欄に登場します。作者は、フリーエンターテイナーの石倉直樹さんです。
石倉さんは、米ニューヨークでパントマイムを学び、社会風刺コント集団「ザ・ニュースペーパー」をへて、フリーエンターテイナーとして活躍しています。また、本誌「虫メガネ」でおなじみの松崎菊也さん、松元ヒロさんの3人で、「他言無用プロジェクト」を結成し、鋭い社会風刺を繰り広げています。
昨年11月3日の「『週刊金曜日』創刊8周年”大演会”」でも、他言無用プロジェクトの3人は抱腹絶倒のコントを披露してくれました。なかでも、石倉さん演じる、「さる高貴なご一家の奥さま」は絶品で、会場の爆笑を誘っていました。
イラストでは、最新の出来事をユニークな視点で切り取っていただきます。コントとはひと味違った社会風刺をお楽しみいただければ幸いです。
で、結局ことの顛末 は・・・
最終的に同誌は、佐高信発行人および北村肇編集長名にて「人権及びプライバシー上、一部の表現に行きすぎや不適切な言動があったことで、誤解や不快の念を生じさせてしまいました。集会主催者として配慮を欠いたことを率直に反省しおわびするとともに、今後開催する集会等の運営には十分に留意をしてまいります」との見解を示し、誌面上で謝罪・反省の記事を掲載した。》
以前、朝日ニュースター という局があり、アカヒ記者やOB、在日や反日日本人をいっぱい投入し、朝日新聞社の中から放送していました
《アカヒの電波工作。朝日新聞大株主のCS放送局「朝日ニュースター」とは》より
・・今日は、その反日偏向番組のいくつかを紹介します
それぞれの番組のメインの司会者が、辛淑玉(シンスゴ)・葉千栄・・金慶珠・上杉隆・青木理・金子勝・愛川欽也・・
サブが・中山千夏・永六輔・下村満子・荻原博子・落合恵子・吉永みち子・重信メイ・中村うさぎ・二木啓孝・佐高信・石坂啓・・
というラインナップ。今思えば、皆アカヒマインドのオンパレードだったなぁ・・・(遠い目)
それもそのはず、この朝日ニュースターの主要株主は
朝日新聞社 83.2% (2011年3月31日時点) テレビ朝日 朝日放送 という構成ですから。で、ボヤキがてら、《朝日ニュースター 》 カテゴリー作って記録してました
例えば、このニコニコ大辞典の『パックイン』解説 でなんとなく全体像も分かって頂けるかと・・・
もう類友ですよね(呆)
こういう構図なので、週刊金曜日はアカヒの補完勢力だと思っていました。
サヨクの批判するヘイトスピーチって、韓国・朝鮮・在日に向けてのものだけだし、独善で勘違いも甚だしい集団。
他を侮辱する下品さからして・・そもそも週刊金曜日って日本版(例のフランスの風刺週刊紙)「シャルリー・エブド」かもね。
そんな集団の人達が、テレビコメンテーターとして偉そうにコメントしている日本のテレビ業界って本当に異常です
佐高信が「ヘイトスピーチと
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《朝日新聞が「南京事件」を「南京大虐殺」として火をつけた本多勝一の「中国の旅」とは》
2ヶ月前、Chinaが"南京事件"と"(従軍)慰安婦"をユネスコ世界記録遺産に申請しましたが、
そもそも「南京大虐殺」というのも、朝日新聞記者だった本多勝一の書いた「中国の旅」が発端です。・・
《風刺画と表現の自由・「私はシャルリ」現象と岸井氏のコメントに違和感 【News23】 》2015年01月13日
岸井氏「・・あの規模には本当に驚きましたよねー。、フランス革命以来200年以上ね、大切に守ってきた、言論表現の自由、それが危機に見舞われているとそういう状態でしたからね、その危機感の表れだと思うんですよね。
また世界が反テロで団結した歴史的な日にもなったと思います。
だから私達日本人もこれを機に、言論・表現の自由がいっかに大事か、そういう事を再認識するそういう機会にしたいと思うんですよねー。」
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2006年5月放送分の、CS朝日ニュースター【ニュースの深層】という番組で、
上杉隆がキャスターの日、ゲストの中川昭一氏と朝日新聞OBの遠藤正武とのバトルが、朝日新聞内部の庇い合い体質をよく表していたのを思い出したので、文字起こしして記録しました(やや要約)
NHK番組改変問題「朝日新聞虚偽報道」事件を知らない方も(あとで解説しますが)とりあえず読んでみてください。
上杉隆氏「・・えーっと、今日は番記者の方もかなり多数別室に来てご覧になっていると思うんですが、まず本題のBSE・食の安全に入る前に、どうしてもちょっとジャーナリストとして1つだけ伺いたいのがありまして。
実はここ【ニュースの深層】の建物は朝日新聞の中にあります。
で、えー、朝日新聞というと丁度今から1年位前、NHKの番組改編問題に関して中川さんの記事が出ました。これですね。
まあ番組改編が。NHKの番組に事前に、中川さんが介入して結果として圧力をかけたという(朝日新聞の)記事なんですが、まっ率直なところこれ圧力をかけたんですか?中川昭一氏「まっっったく事実無根ですね。
突然、朝日新聞の社会部の記者が、私が長崎に居る時に電話かかってきまして、何年も前の話で突然電話が掛かってきたもんですから、こういう民間団体の模擬裁判をNHKが放送するという事の記憶はありましたけれども、確か放送は1月30日だったと思いますけれども、それに関心を持っていた事は事実ですけども、曖昧な記憶だという事を、その記者に申し上げたらこういう風(大騒ぎ)になって。
徹底的に調べた結果、NHKの人が予算の関係で私の所に来たのは2月の2日だったと思います。3日だったかな。」
上杉氏「2月の3日、放送の後っていう事ですか?」
中川氏「ええ。に、お会いしたという事がもうハッキリしました。その後この記者、私が一度会いたい、公開の場で会いたい、って言っても一切逃げて出て来ない。
卑怯ですね。どうぞ出てきて、今からでも遅くないから出てきて下さい。逃げまくってますね。社を挙げて守っているんじゃないの?これ。」
上杉氏「そんなことは・・まあ私、朝日の人間ではないんですけど、」中川氏「じゃあ貴方が言うことない(笑)」
上杉氏「そうですね(笑)、まあ基本的には率直な印象としては中川大臣もまあ今日ここで言ってますし、また安倍官房長官に関しては、同じように記者会見の中で、、」
中川氏「完全に私の場合は後に会ってるんですから。それが違うんだったら、どうぞジャーナリストの良心があるんだったら、きちっと証明してください。ええ、逃げまくってますよ。この人は。」
上杉氏「まあこの記者の方はまだ朝日にいらっしゃるんで、是非【ニュースの深層】に出て反論して頂きたいと思います」
中川氏「・・しかも昇進してるとかいうからねぇ。」上杉氏「昇進?そうですか(笑)」
中川氏「名前言ってもいいけどね、この場でね。」上杉氏「まあ火曜日8時、是非この記者の方は来て頂きたいですね。」
中川氏「おお、ここで対談やらしてください。是非やらしてもらいたい。」
上杉氏「はははは、次回。お呼びして・・・よろしくお願いします」
中川氏「ここで堂々とやりたいね。 逃げまくるなと。一年半、、」
ここからは最後の〆の場面です。朝日新聞のOB(遠藤正武)と中川氏のバトル。
上杉氏「大臣から色んな話を伺いましたが、どうですかね?大臣のお話。」
遠藤正武氏「そうですね、あのねぇ、非常に為になるね、興味のある話を聞かせて頂いたんですけど、
冒頭の話でね、やっぱり朝日新聞と中川さんと安倍さんと、まあ非常に対立した関係にある・・・今でもあるんですけども、その話が出たので、(微妙な問題ですから)それでまず最初にこういう問題のある中で中川さんがスタジオに来て頂いた事について凄く感謝して、、」
中川氏「いや別に朝日新聞と私が対立しているんじゃないですよ。朝日新聞の中の、ごく一部の、、」 遠藤氏「そうなんです、うん。」
中川氏「マスコミ人とはいえない人間が、卑怯な態度を取っているというだけの話で」
遠藤氏「で、まぁその事についてですね、ぼくも朝日新聞のOBとして全部背負って立つつもりはまったく無いんですが、
そいでもう1つは取材というのは、1人の個人の記者がほんと責任をもってやる事であって、まぁそれを社がバックアップする体制はあるにしても、第一義的にはそういう記者そのものの責任なんですよね。
それで、、我々の常識としては、最初にその記者が中川さんに電話で聞いた時にですね、中川さんが『ああそれ、全く、全くそういう事は無い』とハッキリ100%こう否定されたら、もうあとの質問は無いはずなんですよね。」
中川氏「『4年前の何月何日にねぇ、誰とどういう話しました?』って突然ですね、電話かかってきて答えられます? ボクはそれほど頭良くない、記憶力無いな。だから『私の記憶が間違っているかも知れませんけど、そんな事は無いと思いますよ』と言ったんです。」
遠藤氏(しどろもどろ)「分かりました。だから、あのー、ま、これはそのー、その記者と中川さんでここでやり取り、が実現したとしても、これは言った言わないの事になるので、この問題はあの、もう短い時間の中でとっても議論できないと思うんですが、
あのー、やっぱりその・・今後の事もあると言うかね。今後、記者の質問に対しては、その、NOと言う時は、もう完璧にNOと言って頂ければ、、」
中川氏「それを仰るんだったら、裏づけ取ってからやって下さいって事ですよ。じゃあ取材した方の勝ちだと、、反証責任はこっちにあるという事ですか? (いやっ、、)
私はだから反論したんですよ。議員会館の面会票まで出して反論したんですよ。まず時間的に(それは後日、、) そうですよ、だったら訂正すべきじゃないですか。その時はそうだったかも知れないけど、百歩譲ってそうだったとしても、事実関係を私は証明したんだから。その後反論しないまま逃げまくってるんですよあの記者は。
それをだから、そういう風におっしゃると会社がそういうのを守っているじゃないか、庇ってているじゃないかと。」
遠藤氏「いや、それはねぇ、バックアップ体制はあるけれども別に守っている訳じゃなくて、、」
中川氏「正義は守ればいいんだけど、卑怯を守る必要はありませんよ。」
遠藤氏「だからそのね、彼は"卑怯"であると、、その記者がいうのはね、やはりそれは少し、いくらなんでもね、その人の全否定になる訳ですから、彼はその要するに真実を証明しようとして中川さんにアプローチしてる訳ですから、、」
中川氏「だからそれが違ったんだったら、私と党を挙げて 安倍さんも含めて、出来るだけの事をやって、是非公開討論もやりましょうと言っても一切出てこないじゃないですか。」
遠藤氏「だからそりゃ、あのー、一対一で行くというと結局水掛け論になりますからね」
中川氏「だから公の場でやりましょう。」
遠藤氏「だからそう、色んな資料をですね、まだそれは集めている最中です。」
中川氏「ああ、また反論するわけ。」遠藤氏「いやまぁそれはどうか分からないけれども、、」
中川氏「社を挙げて。(そんな事はないですよ、そりゃ、、)あ~じゃあいよいよ裁判という事になっちゃうね、これね。」遠藤氏「それも1つの方法だと思います。」上杉氏「どうもありがとうございました。」
中川氏「んー・・・あまりそういう事を言うとね、やっぱし社が守る、あの本田さんを守る、、聞いてる人は守ると誤解されるかも知れないれないから。」
遠藤氏「しかしバックアップ体制がないと、記者が活動できないという事もあります。」
中川氏「だってそれは社の記者だから、最終的には社の責任じゃないですか、そうすると。」
上杉氏「この件に関しては私もずっと取材していましたがまっここではとりあえず・・」(時間切れ)以上
中川さんが意図的に口にした「本田さん」という本田雅和記者は
というような人物で、「朝日の三ホンダ」の一角
南京事件報道などで有名な本多勝一、1989年のサンゴ捏造記事を書いた本田嘉郎カメラマンと本田雅和記者をあわせて「朝日の三ホンダ」と呼ばれている[17]。
また、評価としても、いかにも朝日の記者というカンジ
朝日新聞社の後輩である烏賀陽弘道も「記者会見でいきなり自分が演説を始めたり、延々と質問をして会見をジャックしてしまう記者は、朝日の先輩で二人いました。本田雅和記者と菅沼洋一郎記者です」と証言している[16](本田は、記者会見で、長時間の質問をする事が多い)。
で、この番組に出ていた朝日新聞OBの遠藤正武、こっちも凄いタマ。
麻生さんがゲストの時に、「竹島の海底の名称を韓国式に変えさせても良いじゃないか、創氏改名したんだしぃ」みたいにグイグイ迫っていました(・・;)
麻生さんに売国を勧める遠藤正武@反日朝日 - nicozon
www.nicozon.net/watch/sm14914748
朝日新聞の記者って・・・正義とか国益とか全然関係ないのが良く分かりますね。何より無礼だし!
朝日ニュースターは、そういう記者やOB、在日や反日日本人をいっぱい投入し、朝日新聞社の中から放送していました
《アカヒの電波工作。朝日新聞大株主のCS放送局「朝日ニュースター」とは》より
・・今日は、その反日偏向番組のいくつかを紹介します
それぞれの番組のメインの司会者が、シンスゴ・葉千栄・・金慶珠・上杉隆・青木理・金子勝・・
サブが・中山千夏・永六輔・下村満子・荻原博子・落合恵子・吉永みち子・重信メイ・中村うさぎ・二木啓孝・佐高信・石坂啓・・
というラインナップ。今思えば、皆アカヒマインドのオンパレードだったなぁ・・・(遠い目)
それもそのはず、この朝日ニュースターの主要株主は 朝日新聞社 83.2% (2011年3月31日時点) テレビ朝日 朝日放送 という構成ですから。
で、ボヤキがてら、《朝日ニュースター (110)》 カテゴリー作って記録してました。
例えば、このニコニコ大辞典の『パックイン』解説 でなんとなく全体像も分かって頂けるかと
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《NHK「ETV2001 問われる戦時性暴力」番組改変問題も、そもそも朝日新聞捏造記事の波及から》 より
NHK番組改変問題を憶えてますか?
ザックリ言うと、「ETV2001 問われる戦時性暴力」(2001年放送)で、政治家が介入したと朝日新聞が騒ぎ立て、NHKと朝日新聞が紙面と放送でガチバトルしていたアレです。
私はその番組を見てないけど、当時、サヨク番組で何週にも亘ってずーーっとこの話題を取り上げていたので良く憶えています。(その泥仕合の模様はwiki で)
その番組では、朝日新聞を大応援してNHKと安倍さん・中川さんをボッロクソに言ってました。CS朝日ニュースターの【愛川欽也パックインジャーナル】なんですけどね(笑)・・
何度も過去に記事にしたけど、安倍さん・中川さん・麻生さんの悪口ばかりの二時間番組とか、在日だらけで日本人の悪口ばかりのキモ番組とか・・長年垂れ流しし続けていたなぁ・・(遠い目)
朝日ニュースターが消滅したのは、ネット社会になって、その人達の言論が通用しなくなったせいだと思います。この中川さんと朝日OB・遠藤氏の議論聞いて確信しました。
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